猟犬フタハチ。
――二足歩行する人型の巨大ロボット兵器が目撃されたらしい。
誰が口火を切ったのだったか、異国の戦場に関する噂話に、サークル“ブリエ”の面々は音声チャットで愚にもつかぬ談義に花を咲かせる。与太話ではあるが、人気ロボットアニメを題材とする対戦型アクションゲームのプレイヤーとしては十二分に興味深い話題だった。
「リアルでロボットに乗れるならさァ、オレ、傭兵になってもいいな」
「ナンセンス! フィクションだからいいんだよ。巨大ロボも、戦争も」
「現実的に兵器を人型にするメリットあるの?」
「ロマン」
「乗るって言うけどさ、そもそも有人機とかあり得るのかな? 二足歩行ってめちゃくちゃ揺れると思うけど」
「まあ無人機だろね」
「ノーロマン」
「やっぱりコックピットに乗り込んで操縦桿を握らなきゃ絵にならないよなァ」
「リモートかオートなんじゃないの」
「人工知能に直接戦闘をさせるのはあり得ませんな、条約違反ですぞ」
「そうなん?」
「大昔、人工知能を搭載した無人機をこぞって濫用してさ、お手軽に戦争ができるからって、バンバン戦争して互いに殺しまくって、却って人死が増えたってさ、負の歴史があるよな」
「逆に遠隔操縦ならゲームと一緒じゃんね」
「あはっ、ウチらの得意分野だ」
最大8人で構成された小隊同士の対人戦において、ブリエはランキング中位のやや上方に位置する中堅サークルである。課金額にしてはプレイヤーの腕前で健闘している部類だから、このような軽口を叩く。
「フタハチなら無双できるん違う」
「できませんわよ」
水を向けられ、これまで沈黙していたエースプレイヤー“フタハチ”が、アニメから抜け出たような――そのように加工しているような――やや舌足らずな少女の声とお嬢様口調で、にべもない答えを返す。
「ワタクシはヒトを撃てませんもの」
「それは……」
「アナタがたは撃てまして?」
「……何マジになってんだよ」
「切に問いたいのです。アナタがたは――」
白けた空気の中、フタハチがなおも問いかける声がぷっつりと途切れた。
「――え?」
ゲーム画面がブラックアウトし、数拍を置いて強制的に緊急ニュース速報に切り替わる。あらゆる機器が非常事態を示す警告音を鳴らし、テレビの向こうからアナウンサーが必死の形相で叫ぶ声が響いた。
――どうか、命を守る行動をとってください!
ブリエのメンバーの一人“マーサ”である女は困惑し、テレビ画面に目を凝らす。若狭湾洋上において武力攻撃事態。海上防衛軍が対処にあたっている。周辺住民は急ぎ避難を。
「避難? え? え? 近い! どど、どうすんの!? どこに? えっ? ええー?」
マーサが暮らす京都府福知山市から若狭湾までの距離は70kmほど。アパートから数km先には陸上防衛軍の駐屯地があるのだが、それが幸いするのか災いするのかも判断がつかない。九州の実家まで逃げるか? バイクか車を買っておけば良かったのに。この状況で交通機関がまともに機能するものか? 指定避難場所は公民館だったか。アパートに残った方がマシか?
判断に迷い、有意義な情報はないかとモバイル端末を操作するが、サーバーがパンクしており何も調べられない。テレビに視線を戻すと、闇深い洋上で戦火に照らされた、甲冑を身に纏った騎士といった意匠のシルエットが、砲撃をかいくぐり軍艦の甲板に飛び乗る光景が映し出されていた。
「ロボットだ……!」
不謹慎にも愛好するアニメーションの世界が現実になった感激に身震いした刹那、人間の数倍はあろうという巨体が、右拳を艦橋に叩きつける。
――人が死んだ。目の前で死んだ。ぐしゃりと潰されて死んだ。死んだ。母国の軍人が殺されたのだ。なのに、痺れるほどの感動を覚えている。アナウンサーの悲鳴に我に返り、自己嫌悪を覚えながら、ひとまず、戦場からできるだけ離れることを決めた。
マーサが思うよりもずっと、アパートの外は平常通りに見えた。いつも通りの金曜日の夜。路上に立ち止まってモバイル端末を操作する姿が多いくらいか。手近にあった飲食物を詰めたリュックサックを背負い、フェイクニュースではないのかなんてやり取りに聞き耳を立てながら、国鉄福知山駅に向かって早歩く。
海上防衛軍の包囲を突破した巨人が砂浜に降り立った光景を最後に、現地の映像は途絶えたらしい。そこから陸路を西進して舞鶴軍港を攻撃するのではないか。福知山駐屯地から多くの車両が東に向かって出動している。陸上防衛軍が動いているなら現実の出来事なのか。去就に迷う人々の会話を拾いながら現状を分析していると、手前にあるコンビニエンスストアの駐車場から声をかけられた。
「おーい! お姉ちゃん、どこ行くんやあー!?」
「駅まで!」
足早に通り過ぎようとしたとき、周囲の空気が一変した。そうだ、早く逃げなくてはと。
(迂闊だった――!)
自らの言動が群衆のパニックを後押ししてしまったことを覚った刹那、若い男達が大声を上げながらマーサを追い抜き、駅の方向へ全力で駆けていった。数秒後、これを追走する群衆に突き飛ばされ、受け身を取れず駐車場に突っ伏す。
「いったあ……」
左手首を強く打ったほか、あちこちをアスファルトで擦りむいた。気づけば歩道は人という人で溢れかえり、車道に出る者がいるらしく、クラクションと怒号が絶え間なく耳に入る。立ち上がる気力も起きず途方に暮れていると、やけに聞き馴染みのある声とともに、黒革に包まれた手を差し伸べられた。
「どうなさいましたの? 立てまして?」
「私が説明してほしいよ……あの……あなた、まさか……フタハチ、なの?」
「あら? あらあらあらあら! アナタ、マーサですの!?」
握った右手を引き上げる力がやけに強い。立ち上がると見下ろすほどの身長差がある。造り物めいた美貌の白い顔は親しげな声音に反して何ら感情を示さず、これを飾る不自然に光沢がある青い髪の中から、獣のそれを模した耳らしきものがパタパタと躍っていた。
――フタハチがゲーム中で用いるアバターが、そのまま現実に抜け出たようだった。
「ふふん、ご覧の通りフタハチですわ! マーサはアバターに比べてずいぶんと地味ですのねえ」
「大きなお世話だよ!」
「マーサは成人していますのよね? プロフは盛っていませんわね?」
「うっ……本当は19歳だけど、成人は、してる」
「それは結構! ここで逢えたは僥倖ですの。神のお導きと信じて、再度アナタに問いますわ」
やけに光を反射する黒い瞳にマーサの困惑顔を映し、変わらぬ無表情の上で、フタハチが獣の耳をピンと立てる。
「今、ヒトの手で、ワタクシたちがこよなく愛好する巨大ロボットを使って、ヒトの生命が奪われています。親愛なるマーサ。アナタはヒトを撃てまして? あの、ロボットを操るヒトを撃てまして?」
しばしの逡巡の後、絞り出すような声が返った。
「……生きるためなら、撃てると思うよ」
「――危急の事態ですから諸々の説明は無事に生還できたらいたしますわ!」
陸上防衛軍福知山駐屯地。トレーラーの助手席にマーサを乗せ、フタハチがハンドルを握る。チャイルドシートの上から伸びる日本人離れした長い足が、アクセルを踏み込んだ。
「お覚悟はよろしくて?」
「……既に吐きそう」
「文化人として至極真っ当な反応、大変よろしいと思いますわ!」
若狭湾から陸路を西進した、所属不明の――あり得ないと思っていた有人機と推定される――人型ロボット兵器に急襲された舞鶴軍港に向け、正門を出る。先発した軍車両により露払いされた無人の道路を、法定速度を完全に無視したスピードで猛進しながら、表情のない横顔がマーサに声をかけた。
「短い時間となりますが、会敵するまでに聞きたいことはございまして?」
「えっと……あなたはロボットなんだね?」
「ご覧の通りですわ! OTAKU大国HINOMOTO産だからこそ実現できた造詣で、人間そのものではないと認識できるよう触法ギリギリのラインを攻めていましてよ」
「……その耳は何?」
「ヨークシャーテリアですわ。安価な感情表現のツールとして重宝していますの」
「……他に手段あったんじゃない?」
「ワタクシは消耗品ですから、表情を作る機能を実装していただけませんの」
「悪いこと聞いた?」
「いいえ? コスパ良くヒトの暮らしを豊かにすることこそがワタクシたちの存在意義でしてよ」
犬の耳をパタパタ踊らせながら、フタハチがトレーラーを高速道路に進入させる。速度が更に上がり、車体を激しく揺らした。
「……消耗品とか存在意義とか」
「気を悪くなさいまして?」
「いや――」
どこか釈然としない感情を言語化しようとしてうまくいかず、沈黙が続く。綾部JCTで若狭舞鶴方面と京都市方面との分岐を経ると、京都市方面に向かう反対車線はひどく渋滞していた。福知山方面は、若狭舞鶴方面と同じく通行止めとなっている。舞鶴軍港の次は福知山駐屯地が戦場になることを暗に示していた。
(――あの人達を守るために戦う?)
発車前にフタハチに手渡された大型のモバイル端末を抱える左手首がずきずきと痛む。命が惜しいだけなら逃げ出すことはできたが、その選択をしなかったのは、少なくとも彼らのためではない。湧き上がる葛藤から目を逸らすように端末を見詰める。
「複数の無人航空機が空撮した映像を送りますわ。メイン画面に見下ろし視点、サブ画面に戦場の全体像。マーサに合わせてカスタマイズしていましてよ」
「ゲームと同じ、か」
「戦闘用デバイス起動後は音声で指示をくださいまし。人工知能は自己判断でヒトを攻撃できないように造られていますから」
「ン……」
黒いモニターに引き攣った醜い笑みを浮かべた女の顔が映っていて、どうしようもない自己嫌悪がマーサを責める。
「――ここから先は一人で参りますわ」
舞鶴軍港まで5kmほど。山道を登りトンネルを抜けたところで、フタハチがブレーキを踏みつつ耳を立てた。道路脇で停車し、後部の荷台に移る。その後に続き、マーサは息を呑んだ。全長10mほどの横たわる鉄の巨人。子供の頃から愛したロボットアニメのそれを具現化したようなフォルムに、どうしようもなく高揚する。その胸部を開放し、操縦席とも呼べない狭い空間にフタハチが潜り込んだ。
「戦闘用デバイスを起動しますわ! 起動後はワタクシの裁量が大きく制限されます! マーサはこの場から指示を!」
「わわっ、わか、わかった!」
無人航空機の射出音。鉄の巨人の胸部が閉じ、数拍を置いて起き上がった。ビルの街、夜のハイウェイの上、道路灯に照らされた女性的な細身のシルエットは、まさしくフタハチの分身と思える。
『マーサ、聞こえまして?』
「聞こえてるよ!」
大型のモバイル端末が発するフタハチの音声に応答し、マーサは深呼吸をした。モニター右上部に、無人航空機が空撮する映像を加工したものが映し出される。大きな赤い光点が3つ。U1、U2、U3と仮称を付与されたこれに青い小さな光点が接近しては次々に消されていった。
(人が死んでいる……殺されているということ……なのに!)
ぞわっと鳥肌が立つ。この状況を心のどこかで愉しんでいる自分に。
『マーサ?』
「ごめん、わかってる、わかってる。まずは武器を装備して」
『御意。超電動ノコギリの安全装置を解除しますわ。近接武器の二刀流、飛び道具とシールドはなし。ワタクシの持ちキャラと同じです、マーサ』
「ゲームと同じ、ゲームと同じだ……」
モニターの全体が鉄の巨人と化したフタハチの背後から見下ろした映像を映した。その足元にいる卑小な自分の姿を凝視してから、意を決する。
「走れ、フタハチ!」
『御意!』
両手にそれぞれ巨大なノコギリを握り、フタハチが車道を駆けていく。モニター上ではトップアスリートが短距離走をしている程度のスピード感。フタハチが全長10m、人体の6倍の大きさだとすれば、人間のそれと遜色ない動作を6倍の速度でこなしているということか。
(思っていたより速い……!)
5kmの移動に2分も要しない。判断を急がなければ。
「U2に接敵! まずは不意打ちで一機墜とそう! 囲まれないように気をつけて!」
『御意! 引鉄は任せましてよ!』
人工知能は自己判断で人間を攻撃してはならない。大昔の負の教訓により課せられた制約。
――人間は、人間の意思で殺さなければならない。
『会敵! 跳びますわ!』
炎に包まれた軍港がメイン画面に映る。カメラの性能か、炎が照らす故か、U2と命名された、フタハチの2倍近い大きさの鉄の巨人が、小さな歩兵たちを槍で薙ぎ払う様が鮮明に見えた。フタハチが跳躍して鉄条網に覆われた外壁を飛び越え、U2を正面に捉える。両手のノコギリの刃が高速回転し、獰猛な殺意を漲らせた。
「ぶった斬れっ!!」
『御意!』
小さな敵を蹂躙するため屈んでいるその巨大な頭部、騎士の兜を思わせるそれに刃を突き立て、重力落下と共にがりがりがりがりと縦に斬り抜いた。
(すんなり斬れない、動きが止められる! 質量差は!? いけるのか!?)
一瞬の思考の間にフタハチが着地する。迷う暇がない。
「足を蹴る!」
『払いますわよ!』
人体ではあり得ない可動域で腰が高速回転し、フタハチの細い右足がU2の巨大なそれに回し蹴りを浴びせた。フタハチの胴体より太い右足が地面から引き離され、U2が地響きを立てて倒れる。斬撃の跡から、赤黒い血が涙のように流れ落ちた。
「……っ!」
頭部が操縦席だったのか。人を殺めた衝撃と勝利の快感とがぐちゃぐちゃに混ざり合う。
『マーサ! 指示を!』
フタハチを示す緑の光点に向けてU1とU3が移動していた。U1の接敵がやや早いか。
「槍をU1に投げて! ヘッドショット!」
『特殊格闘ですわね!』
刃の回転を止めたノコギリを背中に装着し、U2の手から零れ落ちた30mほどの槍を拾う。槍投げの形に持ち上げ、助走をつけて、こちらに歩いてくるU1の頭部に投擲。兜がひしゃげ、バランスを崩し尻餅をつく。そこに人間がいるのなら無傷ではないだろう。
「とどめ! 踏み潰して! 足を止めずU3を警戒! ノコ構え!」
『御意ですわあーっ!』
フタハチが跳躍してU1の頭部を踏みつけ、空中で背中のノコギリを両手に握る。刃を再び高速回転させたその時、U3の槍が横薙ぎにフタハチを捉えた。モニター上では緩慢に見えるが瞬間の速度はフタハチの上を行く、単純計算で8倍ほどの質量が放つ圧倒的な暴力。双刃で受けるが、勢いを止められず吹き飛ばされた。海面に叩きつけられ、何度か跳ねてから水没する。
「――やられた!!」
空撮ではフタハチの姿が見えない。偶然なのか? 意図したものなのか?
「フタハチ! 無事なの!?」
『耐水、耐圧に影響するほどの損傷はありませんが武装を失いましたわ』
「水中でまともに動ける?」
『泳げはするという程度ですわね』
「どうしよ、どうしよ、どうしよ、どうしよどうしよどう――」
U3がモニター越しにマーサを見詰めたと感じた。偶然ではなかった。空撮する無人航空機を見上げている。蛇に睨まれた蛙のように、マーサの思考が停止した。――まずい。30mの槍を振りかぶったと知覚した瞬間には、モニターのメイン画面がブラックアウトしていた。
『マーサ! 端末を捨ててお逃げなさい!』
「えっ? えっ??」
モニター右上部のU3を示す赤い光点がゆっくりと軍港の周辺を東西に動いている。
『アナタを捜していますわ! 早く逃げて!』
「逃げる? いや、逃げ、や、いや……やだあ、いやだあ」
『マーサ!』
命が惜しいだけならこんなところに来なかったが、愛国心であるとか、他人の命を守りたいとか、そういう真っ当な意思は希薄だった。ロボットを操縦してみたいという邪な欲望は多分にあったが、人間を殺したいと思ったわけではない。ただ、ただ――!
「フタハチはどうなるの!? ただ嬲り殺されるわけ!?」
『人命には替えられませんのよ、マーサ!』
「フタハチの替わりだってどこにもいないよ!」
トレーラーの運転席に座り、モバイル端末を助手席に置いてハンドルを握る。無人の道路であれば、普通自動車の運転免許でも単純な走行くらいはできそうに思えた。
「フタハチ、急いで上陸! 私がそっちに行く!」
『無茶をなさらないで!』
「私が囮! 背後から足を叩き壊して!」
『もおおおおおおーっ!!』
フタハチの人工知能らしからぬ悲鳴と同時にアクセルを踏み込む。思っていた以上に荷台が左右に振られ、車体があちこちにぶつかった。軍港まで1kmというところで90度の右折を曲がり切れず、無人の郵便局に衝突する。エアバッグに打たれた胸にモバイル端末を抱き、車外に降りて軍港を見やった。事故に気付いた車道のU3と目が合う。
「い、今だフタハチっ!」
『マーサのバカあああああーっ!!!!』
軍港から飛び出したフタハチが、背後からU3の右膝裏を両足で蹴りつけた。バランスを崩してよろめいたところに組みつき、仰向けに倒そうとするが、大人と幼児ほどの体格差がこれを阻む。判断を間違えたと後悔するマーサに向けて、U3が槍を振りかぶった。
『させませんわっ!!』
両手を離し、フタハチが走る。投擲された槍に飛びついて軌道をずらし、減速しようと両足でアスファルトを削った。火花を散らせながら弧を描いて反転し、U3に正対する。
『マーサ!』
「ヘッドショット!!」
投擲。頭部を庇う太い両腕が吹き飛んだ。衝撃に尻餅をつくU3に、フタハチの飛び蹴りが続く。そして拳による、首のない頭部への執拗な連打。機体そのものを破壊する力はないにしても、操縦者の意識を奪うには十分であろう衝撃。U3が仰向けに倒れたとき、追撃しようとする鉄の巨人にマーサが力なく呼びかけた。
「――もういい。もういいよ、フタハチ」
『……御意、ですわ』
「殺したかったんじゃないよ……。生きたまま捕まえられるなら、そうしてほしいよ」
『マーサ』
「すっ、好きで、好きでっ、殺したんじゃあないよお……っ!」
嗚咽するマーサに無言で頷き、フタハチがU3の頭部に手をかける。何パターンかのクラッキングを実行したところで兜を脱ぐように装甲が外れ、血と吐瀉物にまみれたコックピットと、そこにぐったりと座る操縦者が姿を顕した。短く刈り込まれた金髪と鍛え抜かれたであろう精悍な肉体の男。
――同じ人間だった。
U1とU2の操縦者も同様だろう。マーサが事実をぼんやり咀嚼する間に、フタハチがU3の解析を進める。
『――思考で操縦するからこそのヒトの形ですのね』
「うん?」
『きっと、このヒトたちは選び抜かれた優秀な軍人でいらしたのね。一介のテロリストではあり得ませんわ』
「……そっか」
『ワタクシのような消耗品では――』
「やめて!」
『……』
「もういいよ。その人も、軍人さんたちに預けて」
人間だった。――ただの人間だった。
「――マーサ! 本当にバカなことをなさって!」
U3の操縦者を防衛軍に引き渡し、鉄の巨人の鎧をかなぐり捨てたフタハチが、路上にへたり込むマーサに駆け寄った。
「馬鹿なことじゃ、ないよ」
「死ぬところでしたのよ!?」
「……そもそも、最初から、死にに来たようなものだったじゃないか」
「それは! それは……それは、おっしゃる通りですわ」
青い髪の上で、犬の耳がぺたんと項垂れる。
「……ごめん。そうじゃなくて、私は、私はただ……友達の、力になりたかったんだ。フタハチに頼られて、嬉しかった。みんなとゲームで遊ぶ日常を壊されたくなかった。戦争になったらもう無理だって、もう壊れてしまったって、人を殺してしまって、関わってしまって、わかっ、わかってる、わかってるけど……!」
溢れる涙と裏腹に、言葉はぐちゃぐちゃな感情を整理できぬまま途絶えた。正面に正座するフタハチを、無言で抱きしめる。金属製の体が硬い。
「フタハチぃ……」
「はい、マーサ」
「自分のことを、消耗品だなんて言わないでよお」
「……」
「もう二度と、言わないで」
「ワタクシは……」
「友達で、いてよ。対等な、関係で、いてよ」
――そういうことなのだ。口をついた言葉に、ようやくマーサは理解した。フタハチは、取り戻したい日常の象徴であり、それが壊れてしまったことを示す象徴でもあるのだ。感情を吐き出しきった感覚に、緊張の糸がぷっつりと切れ、意識を失う。心身ともに限界を超えて疲弊していた。
「主従関係ではなく……ということですのね」
寝息を立てるマーサの背中に手を伸ばし、フタハチは独りごつ。何の表情も示さぬ白い顔が、弧状に削れているアスファルトを見詰めた。
「今宵は三日月でしたわね」
西の空、日没後の僅かな時間にだけ観測できる、古くから祈願成就を信仰されたアイコン。いくら空を見上げても、観測できない。
「――ワタクシも涙を流せたらよかった」
街灯を反射して輝く瞳は、一切の感情を零さない。