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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
二、蜘蛛
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傀儡操体之術

 地面に降り立つと同時に、飛蝗の顔が人の顔に戻る。はなは声を失って唇を震わせていた。

「おい、新入り。お前は魂命果を喰わなかったのか?」

 飛丸がゆっくりと歩み寄りながら、新九郎に尋ねた。

「……そうだ」

「ふうん、そんな奴がいるとはな。お前、何者だ? ただの傀儡子じゃあるまい」

 遠くの方で悲鳴があがった。既に一家の者たちは、辺りの家を手当たり次第に襲い始めていた。新九郎はきびすを返すと、はなの手を取って駆け出そうとした。


 その二人の前に、羽をたたみながら飛蝗男が舞い降りる。そいつが顔をあげると、飛蝗の顔がみるみるうちに人の顔に戻った。

「玄太!」

 背後で同じように降り立った気配がする。新九郎は後ろを振り返った。

「八作……」

 新九郎たちを挟んだのは玄太と八作であった。新九郎は懇願した。

「頼む玄太、八作、この娘を見逃してくれ。私たちは友達じゃないか」

 新九郎の言葉を聞くと、玄太がだらしなく口を開けて笑った。

「ヒヒ……女…よこせ」

 言い終わらぬうちに、玄太は両手を出して娘につかみかかろうとする。新九郎はその手を前腕で丸く円を描くようにさばきながら、態勢の崩れた玄太を横から押し飛ばした。

(駄目だ、話が通じる状態じゃない)


 新九郎は腰の袋からなにやら取り出した。それは三本の短棒を紐でつないだような格好をしている。新九郎はその短棒につながった紐を引っ張りながら、三本の短棒を五尺ほどの一本の杖につなぎ合わせた。

「けやっ」

 八作が奇声をあげて、はなに襲いかかる。新九郎は杖でその頭に一撃を加えると、逆側の柄から長く出ている紐を八作の首に巻き付けた。

「ぐ?」

 八作が目を白黒させるのも構わず、新九郎は杖を振り降ろして八作の顔を地面に引き落とす。そこに玄太が後ろから襲いかかろうとするのを、新九郎は杖の紐のない先端で喉、眉間と素早く突きこんだ。

 相手がひるんだところで紐を八作の首から外し、紐を玄太の腕に巻き付ける。二尺ほどの紐の先には軽い分銅が付いており、新九郎はそれを自在に操る。腕を紐で捕らえると、新九郎は玄太を踊りを踊っているかのように左右に振った後、宙でとんぼ返りをうつように回転させて背中から地面に落とした。

傀儡操体之術(くぐつそうたいのじゅつ)

 傀儡子の技は人形を自在に操ることだが、それが転じて人体を自在に操る術が傀儡操体之術であった。さらに人心を読んだり暗示をかけ自在に操るのが傀儡操心之術であり、玄太と八作の二人に昔からの友人と思わせたのもその技の一つであった。


 しかし今、玄太と八作の二人は新九郎を躊躇なく襲っている。それは偽の記憶がなくなったためというより、そういう冷静な判断ができる状態にないためと思われた。

(植え付けられた種と、あの実が二人の正気を奪っている)

 新九郎はなんとか二人の攻撃をしのいでいたが、その間にもあちこちで悲鳴があがり、傷つけられた住人が家屋から這いだして逃げてきていた。その背後から、盗賊の一味が襲う。一味の何人かは月明かりの中に飛蝗の顔が一瞬浮かぶ者もいた。

「ーーお前、何者だ? 何故、俺たちを探っていた? 何が目的だ」

 声を発しながら、飛丸の姿が飛蝗に変化していく。それに連動してか、部下たちの顔も次々と飛蝗の顔へと変化していった。


 飛丸の影が動く。次の瞬間には、新九郎の目の前に飛丸の爪が伸びていた。新九郎はそれを杖で受け流しつつ、そのまま紐で手首を巻きとる。杖を振って飛丸を操ろうとするが、飛丸の思いも寄らぬ怪力でそれを阻止された。

「面白い技だがーー非力だな!」

 飛蝗の顔をした飛丸が、無造作に新九郎の横っ面を張り飛ばす。凄まじい力で打たれて、新九郎の体は吹っ飛ばされ地面に転がった。

「新九郎様!」

 はなの声が響く。一撃を受けただけで、新九郎は意識が朦朧としてきた。

(ば……化け物の怪力だ…)

 新九郎は立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

「お前が何者か話してもらう。が、どうやらお前自身を痛めつけるより、いい手があるようだ」

 ぼんやりとした視界のなかで、飛丸がはなに近づいていくのが見える。はなは既に玄太と八作の二人に捕らえられている。

「や……やめろ…」

 新九郎の脳裏に、首を折られた娘の姿が甦った。


 新九郎は落ちていた杖を手に取ると、分銅付きの紐を飛丸の首に素早く巻き付けた。そのまま飛丸の背後にまわり、背中を合わせるようにして飛丸を担ぐと、頭から飛丸を地面に落とした。

 決死の動きで、新九郎はよろめきながら飛丸から離れる。普通の人間なら、首を逆に極められたまま脳天から落とされることで、首を折るか神経を痛めるはずである。悪くすれば即死の技であった。

 しかし予想に違わず、飛丸はゆっくりと起きあがってきた。

「……いいねえ、面白い技使うじゃねえか。まあ、お前が誰でもよくなった。とりあえず、死ね!」

 飛丸は腰の刀を抜いて、目にも留まらぬ速さで急襲してくる。しかし新九郎は、それに対する防御をとれる体力がもうなかった。

(ここまでかーー)


 新九郎が観念した時だった。キン、という金属音とともに、新九郎の眼前で刀が止まる。そこに一本の錫杖が差し出されていた。新九郎はその主を見た。

「行者どの……」

 それはあの山中で飛丸に殺されたと思われた修験者の姿であった。

「こいつの正体は俺も聞きたい。ーーが、今はお前に訊きたいことがある」


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