襲撃
飛丸は商家を襲撃して得た財宝をより分け、その半分ほどをながもちや箱にしまい込んだ。盗賊たちは昼間から酒をあおって騒ぎ、夜の仕事の疲れといわんばかりに眠り込んだ。夜になると、飛丸は一味に向かって怒鳴った。
「二、三人荷を担いで、俺についてこい」
新九郎は寝ぼけた顔をしている玄太と八作を促し、飛丸に同行した。
飛丸は夜の道を歩いていったが、新九郎たちはその後を重い荷を担いでついていった。
やがて一件の、瀟洒な屋敷にたどり着いた。飛丸はその裏手の通用門に回り込むと、戸を叩いた。
「何用だ」
門の中から男の声がする。飛丸が、「ヒだ」と短く答えた。
「時雨」
「五月雨」
中から発した合い言葉に飛丸が答えると、門がようやく開いた。飛丸に続いて、新九郎たちも中に入る。裏から中庭に回り込むと、かなり立派な造りの屋敷であることが判った。
「ここに置いていけ」
中からの声の主らしい男が、屋敷の回廊を指さした。言われた通りに荷を置くと、飛丸が言った。
「よし、お前たちは帰れ。これは駄賃だ」
銅貨を数枚貰うと、三人は屋敷の外へと出ていった。
しばらく夜道を歩いた後、新九郎は玄太と八作の二人に尋ねた。
「今の屋敷は、誰の家なんだ?」
「なんだおめぇ知らずについて来たのかよ」
「ありゃあ、唐沢弥五郎の家だぜ」
「何者です、それは?」
玄太が得意顔で口を開いた。
「ここいらじゃ中根忠兵衛に負けずとも劣らずの商人よ」
「最近、山名家に出入りしてるとか聞いたがな」
山名家というのは、伯耆の国を治める守護の山名家である。管領である山名宗全の親戚であり、現守護の山名豊之は父親の教之から三年前に家督を譲られ、この伯耆の地に来ているはずであった。
「飛丸一家は仕事の後、いつも唐沢弥五郎のところに行くのですか?」
新九郎の言葉に二人は顔を見合わせた。
「いんにゃ、俺の知ってる限りじゃあ初めてだがな」
「そうですか」
新九郎はさして関心がない様子を見せて話題を別に変えた。
大仕事の後、飛丸一家は見た目上解散した。しかしそれは次の呼び出しがかかるまでの仮の姿でしかない。新九郎はそれまでの間、前に立ち寄った街道沿いの町で過ごすことにした。
はなと呼ばれる娘のいる飯屋が、彼のいきつけになった。新九郎は娘と言葉をかわすようになり、娘がまだ十五であることや、母親を病気ではやくに死なれて父を支え店を手伝ってることなどを知るようになった。
「ーーしかしはなちゃん、ここいらは活気がある土地だね。皆、生き生きと飲み食いをしてる」
「そうねえ、この辺の税が安いからかしら」
「税が安いのかい?」
意外なことを聞いて、新九郎ははなに問い返した。
「それは、守護の山名豊之様の取り立てが厳しくないということかい?」
「いいえ。この辺では税は大山の修験者様に納めるの。それが山名様の税より安いから、あたしたちは少し暮らしが楽なのよ」
「そうなのかい、大山は随分と遠いが……なるほどねえ」
新九郎は屈託のない笑みを浮かべてみせた。
(構ができているのか)
新九郎は近頃、一向宗の間に広まっている仕組みの事を想起した。一向宗では信者たちのつながりを示す『構』というものが組織され、村や守護の管理区域とは別に機能していた。
構の頂点は一向宗の寺であり、構に属する者たちはそこに布施として税を納める。そして逆に守護には税を納めない。守護が取り立てようとしても、一向宗の僧兵が信徒を守り、守護たちは手が出せない。このように宗教上の組織を背景に、守護に対抗したのが一向一揆であり、それに近い構造がこの集落にもあると新九郎は理解した。
新九郎はある日、懐に持っていた魂命果を近くの森に埋めた。簡単な石積をして墓石代わりにすると、新九郎は手を合わせた。
(あの娘を助けることはできなかったものか……)
新九郎の脳裏に、怯えた目で懐刀を向けた娘の顔が甦った。
(あのような酷いことが、あちこちで行われている)
新九郎は苦悩のために眉をひそめた。
(この乱世に終わりがこない限り、不幸は続くだろう)
新九郎は小さな石積をじっと見つめた。
三日ほどたった日、新九郎の元に玄太と八作が現れた。集合がかかっており、新九郎たちはまた例の神社へと出向いていった。
日が沈むと飛丸は皆を集めて言った。
「今夜襲うのは、街道沿いの集落だ」
一瞬、皆が黙ったが、その中から恐る恐る声があがった。
「……村を襲うんですかい?」
「そうだ。何か不服か?」
「いいえ、なんにも」
飛丸は納得したしるしに残忍な笑みを浮かべた。
「お前ら、そろそろ魂命果が欲しくなってきた頃だろう。今日はたんまりと喰えるぞ」
飛丸の言葉を聞いた途端、一瞬、皆の顔に飛蝗の影が映った。
「半刻後に出発だ、急げよ」
盗賊の一味は、飛丸の言葉に大声で威勢をあげた。
(いかん)
しかしその中、新九郎は内心焦っていた。
(あの町が狙われる。はなを含めた、あの集落を襲うつもりだ)
皆が準備を始めるなか、新九郎はこっそりと闇夜のなかへと抜け出した。外はよく晴れた満月であり、月光が眩しいくらいに降り注いでいた。新九郎は街道沿いの町へと全力で駆けていった。
目指す町にたどり着き、はなの店へ着くと新九郎は戸を力一杯に叩いた。
「起きてくれ、はなさん!」
やがてはなが、目をこすりながら木戸を開けて顔を覗かせた。
「ーーどうしたんですの? 新九郎さん」
「今すぐ、お父っつぁんと一緒にここから逃げなさい」
「まあ、何故です?」
「もうすぐ飛丸一家がこの町を襲う。その前に逃げるんだ」
新九郎の言葉を聞いて、はなの顔色が変わった。
「……本当ですか」
「本当だ。今すぐ逃げるんだ、私は町の他の人にも知らせる」
はなは頷くと、奥へと引っ込んだ。新九郎はそれを見ると、隣家の人間をたたき起こしにかかった。
しばらくすると、着替えたはなが別の家の戸口を叩いている。新九郎は怒鳴った。
「そんな事はいいから、早くこの場から逃げるんだ」
「けど、他の人も逃がさないと。私も手伝います」
はながそう答えた途端、闇の中から低い声が響いた。
「そりゃあ、殊勝な心がけだ」
新九郎は声の方を振り返った。
闇の中を、飛丸がゆっくりと歩いて来ている。
「何故……まだ出発の時間からそう経ってないはずーー」
そう言い終わらぬうちに、新九郎は事の真相を知った。
闇の中から幾つもの巨大な影が飛来してきている。それは飛蝗の顔をした一家の者たちだった。月明かりの中を次々と飛んできては、透明な羽をたたんで地面に降り立った。






