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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
一、飛蝗
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魂命果

 若者こと新九郎は赤ら顔の八作、ごま塩の玄太に傀儡操心之術で暗示をかけ、三人が昔からの友人と思わせた。その夜は三人で野宿をした。

 その上で新九郎は二人に飛丸の集合場所へと案内させ、飛丸に新九郎を紹介する算段をつけたのであった。夜になるのを待って三人は出発した。


 場所を知っている二人は蜘ヶ家山近くまで来ると街道を外れ、山の方へと上がっていった。やがて山中に、すっかり廃れたような神社が現れた。二人はそこへ近づいていった。

「おい、新九郎」

「なんです」

「飛丸の親分はおっかねえ方だからな。とにかく口のきき方には気をつけろよ」

「承知しました」

 新九郎は玄太の言うことに、頷いてみせた。


 神社の本堂には灯りがついている。中に入ると、男たちが十数人たむろしていた。どいつもこいつも汚らしい風体で、一目でまともじゃない連中と判る有様だった。

「おう、来たか玄太」

 そんなむさい男供に声をかけられながら、二人は新九郎を連れて奥へと進む。その中央の一番奥に、飛丸がいた。椀を手にしている。呑んでいるのは酒らしかった。

(腕がーー元に戻っている)

 新九郎は密かに息を呑んだ。前の晩に間違いなく斬られていた腕が何事もなかったかのように戻っている。


「お頭、遅くなりやした」

「おお、玄太に八作、待ってたぜ。ーーで、そいつは何者だ?」

 飛丸はぎろりと新九郎に睨みをきかせた。

「へい、こいつは俺たちの昔からの連れで、新九郎っていいやす。仲間にしてほしいってことで」

「ほう、昔からのな。お前らの連れにしちゃあ、随分若いようだが」

「素性は確かなんだろうな?」

 横に座っていた、頬に傷がある男が凄んでみせた。

「まあ、いいじゃねえか、虎吉。誰にだって色々あらあな」

 飛丸が微笑むと、虎吉と呼ばれた男は納得したように黙った。飛丸が品定めするように新九郎を眺める。


「おい、お前、今まで何をやった」

「やったとは?」

 聞き返した新九郎に、飛丸がにやりと笑ってみせた。

「何ってお前、色々あるだろ。盗みとか殺しとかな。どうだ、人を殺ったことあるのか?」

「……いいえ」

 新九郎は答えた。飛丸が嘲るように口を開け、後ろの虎吉に声をあげた。

「おいおい、これだからな。まあ、こんな男の客でもとれそうな奴なら仕方もないがな」

「まったくで」

 向き直った飛丸が、挑発するように新九郎の目をのぞき込む。新九郎はその目を正面から見返した。


 と、次の瞬間迫ってくる勢いに、新九郎は右腕を顔の前に出して防ぐ。顔から逸らした短刀が、前腕にくっついて耳のすぐ傍にあった。飛丸が短刀を、顔めがけて突いてきたと判った。

「反応はできたが避けることはできずか……しかし、いい動きだ。並じゃねえな」

 飛丸は笑みを浮かべながら短刀をゆっくりと引く。新九郎の前腕が薄く斬られ、血が滲んだ。新九郎は声をあげることもなく、飛丸を凝視したままである。

「おぼこい顔の割には度胸も座ってる。気に入ったぜ、仲間にしてやる。今からの大仕事の前に、お前も連中といっぱいやりな」

 飛丸が顎をしゃくった。それが許された合図と判った新九郎は一礼して下がる。「おい、よかったな」と玄太のかけた声に黙って頷きながら、新九郎は集まった男たちの中に入って酒を飲んだ。


 夜が更けた頃、虎吉が立ち上がり一座の者に声をあげた。

「おい野郎ども、お頭の話を聞け!」

 皆が注目するのを待って、飛丸がゆっくりと立ち上がり口を開いた。

「此処に集まったのは、前に一緒に仕事をしたが、その時は一家には入れなかった者たちだ。しかし集まってもらったのは他でもねぇ、聞いてるかもしれねえが美作の奴らが皆殺しにあった。まあ、仇はとったが仲間がいなくなっちまったんだ。今は頼りになるのはお前らだけだ。今日の働き次第では、お前らの中から俺の右腕になる奴がいるかもしれねえ。俺はお前らに期待してるぜ」

 飛丸がそう言い終わると、その場にいた男たちが雄叫びをあげた。


「よし、じゃあ出発の前にだーー」

 飛丸が薄い笑いを浮かべた、と思った次の瞬間、飛丸の隣に立っていた虎吉の腹に、深々と短刀が刺されていた。

「な……なんでです、お頭?」

 信じられないものを見る目つきで、虎吉が口から血を吹いた。飛丸は笑いながら短刀をさらにねじ込んだ。

「お前、なんでも俺が死んだって聞いた時、『次は俺が頭目になる番だ』と、ほざいたらしいじゃねえか、え? まあ、残念だったな」

 虎吉が目を見開いたまま崩れ落ちる。その場にいた者は静まり返った。


 と、倒れた虎吉に向かって、飛丸が掌を向けた。

(なんだ?)

 虎吉の胸の上に、空中に不意に現れるような異質さで何か拳大のものが現れた。それは桃のような林檎のような何かの実のようであり、赤黒い艶を光らせていた。

 その実が宙に浮かび、飛丸の手に収まる。すると飛丸は静まった一座の方を見て、にやりと笑いながら大きく口を開いた。


 呼気とともに、何かが口の中から放たれる。それは数多くの小さな粒のようであり、光を放ちながら男たちに向かって飛んできた。

「ひっ」

「うぇっ」

 飛んできたものを避けようとしながら男たちが声をあげる。しかしその光の粒は、男たちの腹や額、胸にぶつかり、そして吸い込まれるようにその体内には入っていった。

(これはーー何だ)

 新九郎もその粒をかわそうとするが避けきれない。光の粒は新九郎の左胸にぶつかり、入り込んでいった。

(痛みはない。だが、体に何かが入った)


「みんな俺の種を受けたか? なら、これを見てみな」

 飛丸の声に皆が注目する。飛丸は赤黒い実をかざして見せた。

「どうだ、旨そうだろう」

 飛丸は笑みを浮かべると、その実に喰らいついた。皮を破ったその中から、瑞々しい光沢を放つ肌色の果肉が現れる。飛丸はそれを貪った。

(美味そうだーーなんて美味そうなんだ)

 新九郎は我を忘れてその実に見入った。傍で男たち全員が、その実を血走った目で凝視している。中には涎を垂らしている者もいた。


 皆が凝視するなか、飛丸はその実を喰い終えた。

「いいか、この実は魂命果(こんめいか)といって、人間が死んだ時に取り出すことができる代物だ。お前らがよく働いたら、お前らにもこの実をくれてやる。判ったか? 判ったなら、今夜はたっぷりと働きな!」

 男たちは飢えた獣のように雄叫びをあげた。


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