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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
八、蛇
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長老たちとの戦い

 移香は、少し目を伏せるとふっと笑みを洩らした。

「珍しく、お前の言うことに同感したぜ、羅車」

「わたしはーー」

 亜夜女は幻奘を静かに凝視した。

「親を亡くした後、密かに総領様を親のように想い、それを心の支えにして頑張ってきた……。それも今、終わった。これがお前の言う『断念』なら、わたしはお前への執着を断念してみせる」

 亜夜女は右手に三鈷杵、左手に不神実を持って両腕を交差させる。

挿魔(ソーマ)

 その交差を解くように不神実に三鈷杵を突き立て、首をのけ反らせて胸元に三鈷杵を刺した。亜夜女の身体が、蝙蝠化怪貌士の姿へと変化した。


「ーー理屈を言うようだが、あんたの『執着を解脱する』とかいうこだわりも、俺には執着に見えるがね」

 軽く嘲るような移香の声が、幻奘にかけられた。幻奘が僅かに顔色を変えた。

「ま、あんたが何を考えたなんて、俺にはどうでもいいさ。一つはっきりしてるのはーー俺は、あんたを許さないってことだけだ」

 人差し指と中指をたてた右手に不神実を持ち、三鈷杵を持った左手をその上に重ねる。移香は静かに不神実に三鈷杵を刺すと、それを返して左胸に刺した。

挿魔(ソーマ)

 移香の姿が骸骨のような白い頭部に、三つの赤い眼を持ち、背中から八本の黒い脚を生やした蜘蛛化怪貌士の姿へと変化する。蜘蛛は赤い眼をぎらりと輝かせた。


 幻奘は少し息をつくと、白い顎髭を撫でた。

「やはりお前たちのような愚か者には、わしの考えは判るまい。話しても無駄じゃったな。じゃが、心配せずともよい。お前たちにはちゃんと地獄の苦しみを用意してやるからの」

 幻奘の言葉に呼応して、七人の長老が立ち上がる。長老たちは一斉に、化怪鬼に変化した。

「げ、全員かよ」

 羅車が思わず、声をあげる。その化怪鬼は、蝸牛、蛙、烏賊、蜻蛉、井守、飛蝗、そして熊であった。合わせて仙来と沙倶利が変化し、相手の化怪鬼は九人となった。

「どれ、わしの本性を見せてやろう」

 幻奘が座したまま変化を始める。その顔が身体に埋もれるように見えたがそうではなく、首の付け根が太くなって頭部を呑みこんでいったのだった。そしてさらにその膨らみは頭の上にまで長く伸び、やがて薄く三角形に先端を作る。三角の頭には赤い眼が光り、開いた口には牙が覗く。それは蛇の頭だった。


 元の顔は眼を閉じた仮面のように固まり、蛇の顔の方に白く長い眉と顎鬚が伸びる。頭だけ長い蛇になったような奇妙な格好で、幻奘は立ち上がった。その灰緑色の身体は黒い渦を巻く模様の鱗に覆われ、左手は蛇の尾ようにぶらりと長く伸びていった。

「蛇ってんなら、足もなくなりそうなもんだがね」

「お前も蜘蛛だが、両手両足があろうが」

 幻奘が、移香の言葉を返した。そのやりとりを待つ様子もなく、羅車が二条鞭で仕掛ける。その鞭を蛇は、左手の尾で弾き返した。

「お前は昔から、行儀が悪い。生まれが悪いせいじゃ」

「うるせえ!」

 怒鳴って近寄ろうとする百足の前に、蝸牛と蛙が立ちふさがる。飛ぼうとする蝙蝠の前には蜻蛉が現れ、家守が三節棍を構える。

 蜘蛛の前には烏賊と蛸が前に立ち、井守と飛蝗が背後につく。その場に、一瞬の膠着状態が生じた。


 その一瞬の静寂を破るように、百足がまず動いた。二条の鞭を蛙に放つ。蛙はそれを飛びながらかわし、口から見えないほどの速さの舌の攻撃を繰り出した。が、百足はそれを転がりながら躱し、鞭で蛙の顔を思い切り叩く。グケ、と踏み潰されたような声を出して、蛙は元の長老の姿に戻った。その間隙を縫って蝸牛が、口から溶解液を吐く。百足は躱そうとするが右足にそれを受け、動きを止められ転倒した。

 蝙蝠は口から音波攻撃を蜻蛉に放ち、爪で襲いかかる。蜻蛉は宙に舞いながら、手にした槍で蝙蝠を刺そうとした。蝙蝠はそれを躱すが、その途端、見えないところから飛んできた三節棍に肩を強打される。

「沙倶利!」

 蝙蝠は負傷しながらも、爪の一撃を見えない空間に向けて放った。しかしそこには何もおらず、爪は虚しく空を切る。そこに蜻蛉が槍を突き込み、蝙蝠の羽を突き破った。蝙蝠は羽を破った槍を脇に挟んで捉え、蜻蛉に爪の当てをくらわせる。呻き声をあげながら、蜻蛉は長老の姿に戻った。


 蜘蛛の周囲では、烏賊と蛸が同時に黒い霧を噴き出した。その視界がまったくきかないところで、剣の閃きが一瞬光る。その霧が晴れると、蛸だけが一人残っており、三人の長老が倒れていた。

 百足は蝸牛に鞭を繰り出すと、蝸牛が背中に背負った殻に逃げ込む。しかし百足は鞭をその中に入れ込み、霊気をくらわせた。蝸牛は不神実を吐き出し、長老の寛寧に戻った。

「ふん、オレたちは強くなってる上に、長老たちは戦闘に関しては素人だ。これじゃあ、相手にもならないぜ」

 羅車は威張るようにそう言った。そこに熊の化怪鬼が姿を現す。百足は後ずさった。

「まずい、剛基様だ。オレたちの武術指南じゃねえか」

 熊の化怪鬼は爪を二尺ほどにも伸ばすと、百足目がけて襲ってきた。

 蜘蛛が蛸を長黒刀で捉える。しかしその瞬間、蛸は自らの身体を膨らませ、移香の当破を弾き返した。


「何? 霊気を弾くだと? こいつは厄介な……」

 移香は蛸の特殊体質に舌を巻いた。

 蝙蝠は、家守の消身の術に苦戦していた。音波攻撃を仕掛けても、思わぬ場所から攻撃をくらい中断させられる。気配に当たりをつけて爪で攻撃しても、沙倶利はその攻撃を抜け目なく防御する。沙倶利の戦闘力の高さを、亜夜女は思い知らされた。

「ーー沙倶利!」

 その戦いの場に、一つの声が響いた。それは牙峰の声であった。巨大猿との戦いで傷ついたものの、牙峰は生きてたのだった。

「牙峰、よくぞ戻ったのう。お前は役目を果たせなんだが、まだ使い道があるわい」

 幻奘の声で蛇の顔の方が喋る。蛇はその赤い眼を光らせ、牙峰を凝視した。移香はその異常な気配に気づいた。

「牙峰、蛇の眼を見るな! 霊気で跳ね返せ!」

 しかし牙峰の眼は、すぐにとろんと虚ろになっていった。

「くっ、眼力で人を操るのが、蛇の能力か」

 移香は舌打ちした。


 百足が鞭を飛ばす。と、それを熊が爪で斬り払う。百足は再び鞭を放つが、また切り取られる。それを繰り返し、遂に鞭は手元だけになってしまった。羅車は舌打ちすると、身を翻して横転しながら、落ちていた槍を拾う。その槍を熊に突き込むが、その槍の穂先を熊の爪は切り取ってしまった。

「まずいぜ、こりゃ……」

 もはや手持ちの武器が無くなった百足を、熊が襲う。両手の爪攻撃を躱していた百足だったが、不意に足に衝撃を受けて躓いた。溶解液で負傷した足に、蛇の尾が巻き付いていた。

「しまっーー」

 百足が声をあげると同時に、熊の爪が深々と百足の胸に突き刺さった。

「羅車!」

 異変に気付いた移香が熊に剣を振る。熊は百足から離れながら、その剣を躱した。

「羅車、しっかりしろ!」

「へっ、これくらいの傷…どうってことねえよ……」

 そう言いながら、百足は前のめりに倒れた。しかしまだ不神実は排出しない。


(これなら回復を待てる。しかしもう戦えまい)

 とりあえず安堵した移香に、熊の爪が襲いかかった。移香はそれを見極め、剣を出す。

 熊の首筋に剣が当たると同時に、移香は霊気を込めた。

「衝」

 熊の身体がどっと倒れ、長老の剛基の姿に戻った。

 その間、蜂化怪貌士と化した牙峰が、姿を消した沙倶利とともに蝙蝠を襲っていた。

「チッ、息が合いすぎなんだよ!」

 蝙蝠が逃げる先に容赦なく追撃がかかる二人の連係に、蝙蝠は追いつめられていた。

 先の負傷で飛ぶことができない蝙蝠は、からくも頭上からの矢の攻撃を躱す。だがその先に見えない家守が潜んでおり、家守の三節棍の攻撃を蝙蝠はまた喰らった。

「くっ」

 水月に深々と喰らった棍の威力に、蝙蝠が息を詰まらせる。その足が止まったところを、蜂が右手の針で急襲した。


 蝙蝠は悲鳴をあげた。右肩の付け根に蜂の針が刺さっている。蝙蝠は刺されたまま蜂を爪で襲うが、蜂は素早くその場から離脱した。

「亜夜女!」

「う……」

 移香の呼びかけに応えることなく、蝙蝠が倒れ亜夜女の姿に戻る。亜夜女にとどめを刺そうとした家守を、移香は猛進して剣で打つ。家守もまた沙倶利の姿に戻って倒れた。移香が一瞬息をついたその瞬間、背後から蛸の触手が伸びて蜘蛛の首を絞めた。

「ぐ……」

 蜘蛛は長黒刀で触手を斬ろうとするが、それを見計らって蛸は触手を戻す。蜘蛛はその戻ろうとする触手を掴んだ。そこへ蜂が針の攻撃を突いてくる。移香はとっさに、蛸の触手を引っ張り、蜂の前に蛸を差し出した。

「ぐげっ!」

 蜂の針が蛸の身体に刺さる。蛸は毒の効果で倒れて仙来の姿になり、痙攣を起こし始めた。


「来い、牙峰!」

 蜘蛛は蜂に向かって剣を正眼に構えた。蜂は真っすぐに針を突いてくる。蜘蛛はその蜂の動きを見切って、蜂の頭部に一打を加えた。側頭部を打たれた蜂はものもいわずに横に倒れ、不神実を排出して牙峰に戻った。動いている者がいなくなり、辺りに静寂が漂った。

 移香はゆっくりと、幻奘の方を振り返った。

「どうじゃ移香、仲間同士で戦いあう。まさに地獄であろうが」

 愉快そうな幻奘の声が響いた。

「貴様……」

 蜘蛛の赤い眼が、怒りでぎらつきながら蛇を睨んだ。


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