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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
七、狗
39/46

決着、山名宗全

「勝元め、生意気にもわしと張り合うなどと出すぎた真似を。思い知らせてくれるわ、今、奴は何処まで来ておる?」

 巨大猿は山門の方へと歩き出した。しかし向う側からやってくる巨大な影に近づいて、足を止めた。

「ーー刃鋼(はがね)(まる)、奴を押し込め!」

 その巨大な甲冑姿は、大傀儡の刃鋼丸であった。

 刃鋼丸は足元の新九郎の指示を受け、巨大猿に手を伸ばし突き押した。と、腕のなかで爆音がし、巨大猿は急激に伸びた掌に押され、地面に轟音をたててひっくり返った。

「新九郎、無事だったのか」

 移香が姿を現し、新九郎に声をかける。

「爆発したのは人形ですから。移香どのこそ、無事でよかった。ーー刃鋼丸、奴を踏み潰せ!」

(おう)(けい)

 低音の三重になった声で刃鋼丸が応じると、刃鋼丸は具足を着けた足で巨大猿を踏みつけた。


 巨大猿はその足首を掴むと、身体を起こしながら刃鋼丸を押しのける。

「態勢を立て直して、拳で打て!」

 新九郎の指示に従って刃鋼丸は踏みとどまるとともに、すぐさま鋼鉄の拳で巨大猿を殴った。猿の顔が横を向く。が、すぐに顔を戻すと、猿は歯を剥き出しにして笑った。

 その顔を殴ろうとする刃鋼丸のもう一方の拳を、猿が手の平で捉える。さらに猿は刃鋼丸の喉笛に手をかけ、逆に押し込みをかけた。

 ぎりぎりと二体の巨体が力比べをする音が軋む。が、刃鋼丸が力負けし、櫓の壁に押し込まれた。櫓の壁を壊しながら、刃鋼丸が倒れ込む。

「この木偶人形が」

 巨大猿は大きく口を開けると、業火を吐き出した。刃鋼丸は炎のなかで身体を起こそうとするが、膝が燃え崩れ炎の中に沈み込んだ。


「くっ、ここまでか」

 新九郎が口惜しそうに呟く。その新九郎を、巨大猿が睨みつけた。

「貴様が指示を出していた傀儡子だな」

 猿が右手を向ける。と、その爪が急激に伸び、新九郎の方に向かってきた。

「あ……」

 猿の大きな二本の爪が、新九郎の胸と腹を貫いていた。新九郎は血を吐いた。

「新九郎!」

 移香が叫ぶ。

 巨大猿は新九郎を刺したまま爪を持ち上げると、その身体を無造作に捨てた。

 蜘蛛が猛進し、落下する前にその身体を抱きとめる。


「新九郎、しっかりしろ!」

 口から血を流した新九郎が、薄目で移香の方を見た。

「移香どの……力になれず、申し訳ありませんでした…」

「何を言ってる、お前はいつも頼りにできたさ」

 移香の言葉を聞くと、新九郎は微笑を浮かべて力尽きた。

「新九郎、死ぬな! 今度は俺がーーお前を助ける!」

 移香は懐から独鈷杵と、鶴の実を取り出した。実を独鈷杵に刺し、それを逆転させて新九郎の身体に刺す。しかし独鈷杵の先端は、身体に入っていかない。

「新九郎、起きろ! 起きてもう一度、一緒に戦ってくれ!」

「さすがの不神実も、死んだ者を甦らせることはできん。小僧、あとはお前だけだ」

 独鈷杵を懸命に刺そうとする移香の背後から、宗全の勝ち誇った声が響いた。


 移香は独鈷杵を押し込むのを止めると、ゆっくり立ち上がり振り返った。

「……愛洲移香斎久忠だ」

「何だと?」

 移香は重装輪を取り出すと、右手の中指に嵌めた。

「お前を倒す、小僧の名さ。ーー重装変!」

 蜘蛛の身体から凄まじい霊気がもたらす白色光が溢れ出す。

 身体が一回り膨れ上がり、胸にもう一匹の蜘蛛が浮き彫りのようにせり上がる。赤い瞳から光がほとばしり、長黒刀はさらに伸びると黒色の炎を揺らめかせた。

「なーーなんだ、それは!」

 蜘蛛が動く。巨大猿が吐きかける炎を蜘蛛は刀で斬り上げ、その刃から噴き出す黒い炎で猿の炎を消し飛ばした。蜘蛛は上げた切っ先を反転させ、跳躍して巨大猿に斬りかかる。


 巨大猿は掌に炎の輪を作り、それで長黒刀を受け止めた。

 赤い炎と黒い炎が、火花を散らしながらぶつかり合う。巨大猿の受け止める力と、蜘蛛の押し込む力は拮抗していた。

(力は互角。しかし霊気を直接、奴の体内に打ち込まなければ意味がない)

 蜘蛛は飛び退くと、一端間合いをとる。手から蜘蛛の糸を射出した。

 蜘蛛の糸は巨大猿の胴に巻き付き、蜘蛛はその糸の上をわたって急進した。

 一撃、二撃、三撃と斬り込む蜘蛛の太刀を、猿は炎の輪ですべて受け止めた。

(霊気を掌に集中させている。奴の霊気で、あの炎を切り抜くことができない)

 巨大猿が反撃に出る。その手の炎で次々と襲ってきたかと思うと、不意に背中を向けて回転し、尾を放ってきた。

「くっーー」

 横から回り込んでくる尾の軌道を見切れずに、脇腹に尾をくらい蜘蛛が吹っ飛ぶ。


 背中の八本の脚を伸ばして地面に刺し、蜘蛛は横転するのを踏みとどまった。

 が、間髪を入れず巨大猿は拳で襲いかかる。左手の炎の輪を長黒刀に受け止められるとほぼ同時に、猿は右手の炎で襲いかかった。

(やられる)

 移香が直感した瞬間、その腕が止まった。

 炎を出す猿の右手首を、白い手が掴んでいる。そこにいたのは純白の身体をもち、青い瞳をした鶴化怪貌士の姿であった。

「新九郎!」

 鶴化怪貌士は巨大猿の手指の方をさらに掴むと、僅かに身体を切った。と、巨大猿がいきなり頭から回転し、もんどりうって背中から落ちる。


「なーー」

 猿が驚きの声をあげるのも構わず、鶴は今度は猿を立たせたかと思うと、腕を釣り上げるようにねじり込み、自ら回転することで猿をぐるりと歩かせた。そして急激に猿の身体を落下させ、地面に腹這いにさせた上で腕を極めて抑えた。

「傀儡操体之術は、少ない力で大きな相手を動かすことが本分でしてね」

 新九郎はそう言うと、移香の方を見た。

「移香どの、また貴方に助けられました」

 そう言う新九郎の声には、笑みがこもっていた。移香は息をついた。

「俺に断りもなく死ぬんじゃねえよ」

「随分な言い草だ」

 鶴が苦笑を洩らす。不意に腹這いになっていた猿が、極められているにも関わらず怪力で鶴の身体を押しのけ、身体を起こした。


「この死にぞこないが! もう一度打ち殺してくれるわ!」

 そう言って突き出した炎の拳をふわりと飛んで躱し、鶴は冷気を放射してその拳を凍らせた。

「わしの手を凍らせるだと!」

 巨大猿はその時、既にもう一方の右手が凍らされてることに気づいた。傀儡操体之術をかけながら、新九郎は猿の右手を凍てつかせていたのだった。

「移香どの、これで奴の封じ手はありません」

「フン、やるな新九郎」

 蜘蛛は軽く笑うと、長黒刀を下段に構えた。その刀身から黒い炎が燃え上がる。

「ぬう、こんな氷!」

 猿は両手の氷を燃やし溶かそうとするが、その間も鶴が冷気を浴びせ続けそれを許さない。蜘蛛が猿に間合いを詰める。


 猿が横殴りに拳をふるってくるのを身を沈めて躱し、横に抜けながら左足を踏み込みつつ左から刀を旋回させる。長黒刀の刀身が、猿の首筋を捉えた。

「衝」

 刀身に霊気が凝集し、黒い炎が巨大猿の全身を包んだ。

「オォッ! ヴ…オォォォッ……」

 黒い炎に焼かれながら、巨大猿が雄叫びをあげる。もがくように頭をおさえて膝から崩れると、猿の身体が縮んでいった。

 その姿が元の赤毛の猿になったかと思うと、猿は顔を上げて天に向かって大きく口を開けた。その口から巨大な黒い実が出てくる。と同時に、猿の身体は山名宗全の姿へと戻っていた。

「そんな…わしが負けるなどと……」

 呆然とする山名宗全の身体にさらに異変が起こり始めた。


「あ……わしは…無双の武者ーー」

 宗全の手が急速に萎びていき、その顔が水分を失った果実のように皺を刻んでいく。眼は落ち窪み、唇にヒビが入り、宗全は弱々しく地面に突っ伏した。

「なんだ…一体、どうしたってんだ?」

 蜘蛛の身体の重装化が解け、通常の蜘蛛に戻る。そのまま変化を解いて、蜘蛛は移香の姿へと戻った。

 鶴化怪貌士は地上に降り立ったが、その足元がよろけるのを見て移香が駆け寄った。倒れそうになる鶴を移香が抱き止め、鶴が新九郎の姿に戻る。その顔には疲労が滲んでいた。

「大丈夫か、新九郎?」

「大丈夫です……。けど、ちょっと疲れました」

 新九郎はそう言って微笑むと、移香に身体を預けた。移香は新九郎を支えながら、そっと呟いた。


「負傷もあるが、初めて変化した時は俺も倒れたな。まあ、少し眠れ」

 移香は微笑むと、新九郎をゆっくりと寝かせた。そして移香は、山門からやってくる気配に視線を移した。細川勝元が、手勢を連れてやってきたところだった。

「移香斎殿、宗全に勝ったようだな」

「あんたの指輪とーー新九郎のおかげでな。しかし、宗全の様子が変だぜ」

 勝元は地面に這いつくばったままの山名宗全に近寄っていった。

「不神実が体内にあるうちは、若さを維持し怪我を癒すように不神実は働く。しかしその一方で、不神実は生気を吸収しながらその実を熟するのだ。この黒い実は、その熟したものだ」

 勝元はそう話しながら、宗全の傍に落ちていた黒い実を拾いあげた。


「この状態になってるということは……宗全は豪獣化したのだね?」

「あんたは、宗全があの状態になることを知ってたのかい?」

「いや、想定はしていたが……。実は豪獣化は、私と宗全が力を合わせて畠山持国と戦った時、畠山持国が見せた変化だったのだ。我ら二人は、まったく太刀打ちできなかった。私はあれに想を得て、重装輪を作ったのだ」

 細川勝元は憐れむように、足元の山名宗全を見下ろした。

 ふと、震える手で宗全が勝元の足を掴む。その手は驚くほどに細く、萎びていた。

「……勝元…わしと戦え……」

 げっそりと痩せ、衰えた宗全が勝元を見上げた。

 勝元は少し腰を折ると、その手を静かに外した。

「私は、争いを好まぬのです」

 勝元はそれだけ言うと、姿勢を戻した。何か言おうと宗全の口が動く。しかし声は出ない。その眼を大きく見開いたかと思うと、宗全はそのまま息絶えた。


「ーーおい、お前! 逃げるんじゃねえ!」

 移香が声をあげる。密かにその場を離れようとしていた西陣南帝が、びくりと身体を震わせて足を止めた。移香は刀を持ったまま南帝に近づいた。

「ヒッ! ヒィッ!」

 南帝は腰砕けになって地面に尻もちをつく。移香は南帝の鼻先に、切っ先を突き付けた。

「ま、待ってくれ! わ、わしはただの剣術家なんだ! 後胤としていいように担がれて、その気になった、なんでもないただの男だ! こ、殺さないでくれ!」

「お前が誰かなんてどうでもいい。俺の問いに答えろ」

 移香は睨みをきかせた。

「……お前に、鶏の不神実を与えたのは誰だ?」

 移香の問いを聞いて、南帝と名乗った男がごくりと唾を呑む。そして口を開いた。

「げ……幻奘だ」

 移香は驚きに目を見開いた。


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