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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
七、狗
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豪獣化

 蜂が弓を射ると、その矢を猿が空中で燃やす。猿が棒を振り回すのを、蜂は空中でなんとか躱した。

「フフ……宗全を足止めしてくれるなら、ありがたい」

 蜘蛛は鶏化怪鬼目がけて駆け寄った。その前に鶏暗鬼が二体立ちふさがろうとする。しかしそのうちの一体が、急に後ろに引かれてその場に硬直した。燕化怪貌士の鉄球紐だった。

 蜘蛛は長黒刀を身体の中心に立てると、そのまま二体の鶏暗鬼の間をすり抜けた。

「斬」

 刀が見えないほどの速さで一閃する。と、二体の暗鬼から擬身の種が排出され、二人は人の姿に戻って倒れた。

「なーーそんな、あっという間だと? 貴様、この前より強いではないか!」

「こっちの方が本領さ。西陣南帝、後はお前だけだ、覚悟しな」

「お、おのれ、朕をたばかりおって!」

 鶏化怪鬼は火炎弾を撃ちざま、刀で襲いかかった。


 蜘蛛は火炎弾を斬り払うと相手の攻撃を見切り、長黒刀で鶏の首筋を打ち据えた。

「あーーがっ!」

 鶏化怪鬼がよだれを垂らしながら口を大きく開け、不神実を吐き出す。鶏から西陣南帝の姿に戻ると、南帝は尻もちをついたまま怯えた顔で後ずさった。

「宗全! 宗全、助けてたもれ!」

 声に呼ばれて、蜘蛛と南帝の間に赤毛猿が割って入った。そこに風切丸も現れる。

「ーー鼯鼠化怪鬼も倒しました。残るは宗全一人です」

 南帝を背後にした赤毛猿の前に、蜘蛛、蜂、燕そして風切丸が対峙した。

 しかし宗全は臆した様子もなく、声をあげて笑い始めた。

「ワッハッハッハ! 小僧、僅かの間に腕をあげたな、見事なものよ。これならわしにも勝てるかもしれぬーーなどと思うたか?」

「この状況で、お前に勝ち目があると思ってるのか」

 牙峰が凄みを利かせて声をあげた。


「クックッ……貴様ら陰野衆は、不神実の本当の力を知らん。その道具を使った変化では、実の本性を全て引き出すことはできんのだ」

「……なんだと」

 移香の訝し気な声に、宗全は余裕を含んだ声で語った。

「化怪鬼になって魂命果を喰らい続けると、不神実は体内で熟する。それは新たな、より強大な力を生むのだ。

 見せてやろう、豪獣化を!」

 宗全がそう言うと、赤毛猿の身体が急激に膨れ始めた。その身体はどんどんと大きくなていき、優に人の三倍はあろうかという大きさまで巨大化した。

 身体には逆巻く炎が燃えさかり、巨大な牙と爪が姿を現している。そして手にした棒の両端には、炎でできた刃が現れていた。


「な、なんだこれは!」

「大きすぎる……」

「来るぞ!」

 移香の声とともに、一同が一斉に散る。その場に巨大猿が振り下ろした炎の刃がめり込んだ。

 蜂が空中から矢を射り、風切丸が地上から火槍を撃つ。しかし矢は身体に届く前に燃え尽き、火槍の爆発を受けてもびくともしなかった。

「小賢しい虫が」

 巨大猿は跳躍すると、空中にいた蜂化怪貌士を目がけ炎の刃を振った。その刃が蜂の身体を両断する。かに思われた瞬間、その動きが止まる。棒に鉄球を巻き付けた燕が、その動きを止めていたのだった。

「よくも邪魔をしおって!」

 猿がその鉄球の紐を力任せに引くと、燕の身体が引き寄せられる。巨大猿はその勢いに合わせて、炎の刃を振り抜いた。

「詞遠!」

 牙峰が叫んだ。


 燕化怪貌士の身体は、胴体から真っ二つに斬られ、空中から地面に落下していく。移香はその上半身を抱きとめた。

 両断された燕の身体から独鈷杵と不神実が現れ、移香の腕のなかで燕は詞遠の姿に戻った。

 頭上では怒り狂った牙峰が、針を突き出して巨大猿に突進する。しかし巨大猿はそれを、業火を吐いて迎え撃った。全身を炎に焼かれながら、蜂が地面に落下する。火が消えるとともに、蜂が牙峰の姿へと戻った。

「牙峰!」

「移香…沙倶利を……頼む…」

 詞遠はそう言うと、移香の腕の中で息絶えた。

 胸から不神実が転げ落ち、続けて落ちる独鈷杵を移香は無意識に受け止めた。


 移香は静かに、詞遠の身体を横たえた。

「宗全……」

 蜘蛛が顔を上げる。その赤い眼は、狂猛にぎらついていた。

 蜘蛛は跳躍し、長黒刀を振りかざす。その蜘蛛を、猿の吐いた炎が襲う。

「破ッ!」

 蜘蛛は気合だけで炎を吹き飛ばし、長黒刀で巨大猿に袈裟懸けに斬りこんだ。

 肩から胸の中心まで、長黒刀が斬り込んでいく。が、そこで刃の動きが止まった。猿が棒を斜めに持ち、刀の動きを棒で止めたのだった。

「この蜘蛛めが!」

 猿は棒を離して左手で、蜘蛛をはたき落とす。蜘蛛は地面に叩きつけられた。

「移香どの!」

 風切丸が蜘蛛に駆け寄る。


「移香どの、斬るのではなく、霊気の当てを使わなければ奴は倒せません」

「そのようだな。が、奴は相当に手強い」

 蜘蛛は身体を起こしながら呟いた。

「私がその機を作ります」

 風切丸はそう言うと、飛ぶような速さで猿の背後に回る。そこから櫓の壁を駆け上がり、風切丸は巨大猿の背後に飛びついた。

「いくらお前でも、この爆発に耐えられるかな」

 瞬間、風切丸の全身が爆発を起こした。

 轟音と爆炎が辺りを包む。残りの火槍を一度に点火したのだと、移香は悟った。

「新九郎!」

 轟轟たる煙が辺りを覆うなか、移香は跳躍した。

 脇に構えた長黒刀を一閃させ、斜めに斬り下す。猿が守りに出した棒を斬り進み、長黒刀の刃が猿の身体に当たった。

(ショウ)ッ!」

 最大限の霊気の当破を体内に送り込む。巨大猿が、がくりと膝を着いた。


「むぅ……うっ、グアァオッ!」

 巨大猿が吠えた。その凶暴な咆哮は大気を震わせ、移香の全身を貫いた。

 巨大猿はゆっくりと立ち上がった。

「今のは危なかったぞ。よくもこのわしを追い込みおって……許さんぞ、小僧!」

 切断された棒を捨てると、猿は己の拳に炎をまとい、それで蜘蛛に襲いかかった。

 身を躱しつつ、移香は返した刀でその腕に斬り込む。しかし、炎をまとう腕にはまったく刃が入らなかった。

「くっ…なんて奴だ」

 不意に見えないところから、巨大な何かが横殴りに蜘蛛を襲い、移香は吹っ飛ばされた。それは巨大猿の長い尾だった。

 櫓の壁に叩きつけられ、蜘蛛は壁を壊して瓦礫に埋もれる。そこに猿が炎を吐きかける。前と同じ攻撃だった。


(いかん)

 炎に包まれるのを恐れて飛び出すと、そこを狙われる。移香は炎の中で霊気を最大に高め防御した。そこに駄目押しとばかりに業火が浴びせられる。だが、移香はその機を狙って、猿に見つからぬように炎から離脱した。

「ーーおお、宗全、さすがは西軍の総大将じゃ。惚れ惚れするような強さじゃのう」

 隠れて見ていた西陣南帝が、感嘆の声をあげる。巨大猿は南帝をじろりと見た後、空を睨んで声をあげた。

「わしに逆らう者は、どんな奴であろうとも叩き潰す。戦いこそ、わしの喜び! 戦いこそわしの生き様! 戦いこそ、わしの全て!」

 巨大猿は勝どきを上げるように咆哮した。

(くそ……忌々しいほどの強さだぜ)

 移香は櫓の陰で痛む身体の回復を待ちながら、内心で舌打ちをした。


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