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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
七、狗
37/46

決戦、船岡山

「ーーこりゃあ、壮観だな」

 移香は眼下の光景を見て、そう感慨を洩らした。

 移香は鶴化怪鬼の姿となって、朝靄に包まれた上空を飛んでいる。

 地上では多くの兵隊が霧の中をゆっくりと進んでいる。その大半の兵は黒い身体と触覚を持ち、背中を曲げて黒の眼玉を曙光に鈍く光らせる不気味な姿をしていた。

「さすがに蟻の暗鬼は数が多いぜ」

「けど、暗鬼としてのは力は弱いようです。敵方にあれ以上の暗鬼の備えがあると厳しいでしょう」

 鶴の背中でもう一人の声がする。それは背中に乗せた、人形の風切丸だった。


「言った通り、この風切丸なら重くないでしょう」

「それはいいが、その傀儡写魂之術ってのは、どんなに離れてても使えるものなのか?」

「いえ、あまり離れると難しくなります。なので私の身体は勝元様が軍とともに運んでくれているのです」

「そうか、しかしまあーーぞっとしないぜ。まさに末法の世の様だよ」

 朝靄のなかを黙々と、蟻暗鬼たちが行軍している。それはまるで幽鬼の群れであった。

「宗全を倒せば戦は終わります。行きましょう」

 風切丸に促され、鶴は軍を追い越して船岡山の新御所へと向かった。

「ーーむ」

 新御所の上空に差し掛かる頃、突然、矢が飛来して来た。鶴はそれを上昇して躱す。

「後のために櫓を壊しておきましょう。櫓の上に回って下さい」

 風切丸の指示に応え、鶴は櫓の上へと飛来した。

 風切丸が左上腕に据えられた弓を引き絞る。と、腕の開口部から火槍が発射された。

 火槍は櫓に当たり爆発炎上する。陣内六ケ所の櫓を破壊した頃、黒い影が飛びかかってくる。蝙蝠化怪貌士であった。


「亜夜女! やはり生きていたか」

「けど、完全に操られているようですね」

 蝙蝠が音の衝撃波を出す。移香は頭を抑えるが、風切丸は気にする様子もなかった。

「私にはききませんよ」

 風切丸が火槍を撃つ。直撃し爆発すると、蝙蝠は地上に落下していった。

「あいつは女だっつったろ!」

「判ってましたけど、仕方ないでしょう」

 鶴は蝙蝠の落下地点に向かう。その最中、黄色い二条の鞭の先端が、鶴に襲いかかった。身体を傾けて、からくも躱した鶴だったが、風切丸は背中に乗っておられず、そこから飛び降りた。


 地上には百足化怪貌士と変化した羅車がいる。その傍で蝙蝠も立ち上がった。

「羅車、亜夜女! 俺だ移香だ、判るか!」

「敵は殺す……」

 移香の声が届いた様子もなく、羅車が二条鞭を仕掛けてきた。移香は抜刀してそれを防ぐ。その間に蝙蝠が飛び上がり爪で襲いかかってきたが、風切丸がそこに割って入った。風切丸の右手首から刀が伸びており、それで蝙蝠の爪を受けている。

「新九郎、少しそいつを止めてくれ」

「判りました」

 蝙蝠の攻撃を風切丸が受ける間、移香は鶴から蜘蛛へと変化の姿を変えた。


 百足が鞭を構え、獰猛に瞳を輝かせた。蜘蛛は右手一本で刀を持つと、それをだらりと下に下げ、左掌を前に出した。

 その無防備な構えに向けて、二条の鞭が襲いかかる。その瞬間、蜘蛛は手から飛ばした蜘蛛の糸で鞭を捉え、その軌道を変えさせた。

「何だと?」

 動揺する百足をよそに、蜘蛛は既に間合いを詰めている。

 長黒刀が一閃し、百足の肩を打つ。

「うーーがっ、はぁっ!」

 百足の体内から不神実と三鈷杵が現れ、羅車の姿に戻る。その直後、さらにぼんやりと赤毛の猿の姿が重なった。

「やはり宗全か」

 赤毛の猿から擬身の種が飛び出すと、猿の影も消え、完全に羅車に戻った。

「オ……オレは一体?」

「戻ったか、羅車」

 訳が判らない様子の羅車に、移香は落ち着かせるように声をかけた。


「移香! オレは、何故ーー」

「宗全に操られていたんだ。で、お前に頼みがある。亜夜女を戻してくれ」

「何だと?」

 二人は戦っている風切丸と蝙蝠を見やった。

「戻すって……どうやるんだ?」

「お前、鞭を百足の尾に変化させてるだろう。その時のように霊気を掌に集中させて、それで亜夜女を打て」

「……それで戻らなかったら?」

「戻るまでやれ。ーーお前、亜夜女に惚れてるんだろう? あいつを助けるのは、お前の役目だ」

 移香はそう言うと、話は済んだと言わんばかりに踵を返した。

「待て! 亜夜女は……お前に惚れてるんだぞ、移香!」

「それを変えさせるのが、男の器量ってもんだろ」

 移香は振り返ると、にやりと笑ってみせた。

「なーーお、おう! そうか、いいか、いいんだな。ようし見てろよ、オレはお前に勝つからな!」

 羅車の声を背に、蜘蛛は素早く駆けだしていった。

「新九郎、奥へ行くぞ」

 移香の呼びかけに、風切丸は戦いを止めて蜘蛛と供に山頂へと走った。


 船岡山は保元の乱の際、敗軍の将が処刑された場所であった。後白河上皇に味方した源義朝は、敵の崇徳上皇に味方した父・為義や弟の(より)(かた)らの助命を請うたが許されず、船岡山で自らの父たちを泣きながら斬首したと伝えられる。

 そして応仁の乱の際には、山城として形成された後に、死者を積み上げる場所と化していた。移香と新九郎が駆け上がる山道の傍の林のなかにも、打ち棄ててある死体が垣間見える。

 その薄暗い林の中から、鼯鼠(むささび)暗鬼が数体飛び出してきた。


 蜘蛛はものも言わず、長黒刀を閃かせる。一瞬で二体の鼯鼠が擬身の種を排出し、人の姿に戻った。また人形の身のこなしは素早い鼯鼠より早く、風切丸は鼯鼠の飛行のための皮を切り裂いていた。鼯鼠どもをやり過ごし、二人は山上へと駆けあがった。

 山門をくぐると山頂部には平地が広がり、奥に本殿、左右に櫓が建てられ、その間を渡櫓がつないでいた。広い中庭の中央に出ていくと、移香は声を上げた。

「鶏野郎、出て来い! ついでに赤毛の猿もな!」

 その声に応えてか、奥の本殿から西陣南帝が姿を現した。南帝が鶏化怪鬼に変化すると同時に、その前に鶏暗鬼が三人前に出る。そしてその奥からゆっくりとした足取りで、山名宗全が姿を現した。

「蜘蛛に人形とは、わしもなめられたものよ」

 宗全が赤毛の猿に変化すると同時に、左右の鶏暗鬼たちが、手から火炎弾を発射した。


 蜘蛛と風切丸は左右に分かれて火炎弾を躱す。風切丸は横に走りながら、火槍を宗全に撃ちこんだ。

しかし火槍が猿に着弾する前に、猿は炎を吐いてそれを爆発させた。

「そんな炎で、このわしを焼けると思うたか!」

 猿が棒を伸ばし横に振りぬく。棒は風切丸の胴を捉え、風切丸を打ち飛ばす。風切丸は櫓の壁に当たり、地面に崩れ落ちた。

 しかし、次の瞬間には何事もなかったかのように、身体をのけ反らせながらその身を起こした。

「生憎と、この風切丸は痛みを感じません。しかも、少々、頑丈でしてね」

「薄気味悪い人形めが」

 猿は吐き捨てるように言った。


 蜘蛛の周りには鶏暗鬼たちが群がっていた。

「奴に近づくな! 遠間から焼き殺せ!」

 鶏化怪鬼の指示を受け、暗鬼たちは遠間から火炎弾を撃ちこむ。

 蜘蛛は素早く移動し、そのまま櫓の壁を駆けのぼった。その中段まで登ったところで跳躍し、空中にいる鶏暗鬼を長黒刀で打つ。

「ぎゃっ!」

 鶏が絞め殺されるような声をあげると、打たれた暗鬼は地面に落ちて擬身の種を吐き出した。

「数を減らしたつもりだったがーーまた増えちまったな」

 移香は山門の方をみてそう呟いた。山門から鼯鼠の暗鬼が群れをなして飛んでくる。その後方から、鼯鼠の化怪鬼がやってきていた。

 が、その直後、二体の鼯鼠暗鬼が急に落下した。

「なに? 何奴だ!」


 二体の鼯鼠を落としたのは、上空から飛来して来た燕と蜂の化怪貌士だった。

「陰野衆、でしゃばりおって!」

「結構なことだろ、鶏さんよ!」

 憤る鶏化怪鬼に、蜘蛛が斬りかかる。鶏はそれを素早く躱した。

「今日はその蜘蛛のまま戦うつもりか? しかし鶴でなくて、朕の炎を防げようかの!」

 鶏が火炎弾を連続で発射する。蜘蛛は長黒刀を構えると、その全てを斬り伏せてみせた。

「なに? 何じゃと!」

「霊気の炎は霊気で対抗できる……らしいぜ。あとは見切れるかどうかだけさ」

 移香は不敵に笑った。


「また腕を上げたか、移香」

 燕が傍に降り立って、蜘蛛に呼びかけた。蜂も移香の傍で浮遊している。

「詞遠、牙峰、加勢にきたーーわけじゃないよな」

「鶏と猿の実、そしてお前の持つ蜘蛛と鶴の実を奪還しろとのご命令だ」

「そうかい。事が済んだら実はくれてやってもいいが、鶏野郎は片づけてもらっちゃ困るぜ」

「俺たちはまず、山名宗全からやる」

 牙峰はそう言うと、戦い続けている山名宗全と風切丸のところに飛んで行った。


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