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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
六、猿
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蓮堂

 と、見た直後、家守が大きく目を見開いた。

 その身体に一瞬、赤毛の猿の影が重なる。次の瞬間、家守は燕の紐を引きちぎり、信じられない勢いで跳ね起きた。

「こんなもんで! あたしを止められっると思ったら、大間違いだよっ!」

 家守が巨大な炎を吐く。蜂と燕が慌てて飛び退き、身を伏せた。

「いかん、猿暗鬼の力もあって、毒の効き目が弱い。もっと強めるしかないぞ」

「しかし、それをするとーー」

 牙峰は言い淀んだ。その様子を見た詞遠が口を開いた。

「剛基様のご命令を忘れたのか?」

 蜂がはっとなり、燕と目を合わせる。

「元々、我らのお役目は命を賭けたもの。沙倶利もそうだ。お役目のなかでーー果てたと考えるしかない」

 詞遠の苦しそうな声に、牙峰が苦渋の唸り声を洩らした。しかし想いを振り切ってか、蜂が立ち上がる。


「ーーおい、待てよ」

 再び家守に向かおうとした二人に、近づいてきた移香が声をかける。牙峰が苛立った声を出した。

「なんだ?」

「お前ら、沙倶利を殺す気なのか?」

 移香の言葉に、二人は一瞬黙るしかなかった。

 詞遠が、仕方あるまい、と答える。移香が呆れたような顔を見せた。

「真面目だねぇ、お前らも。命令ならば、仲間でも殺せるわけか」

「貴様!」

 蜂が針の突きを移香に放つ。移香は僅かな動きでそれを躱した。なおも攻撃しようとする蜂を、燕が制した。詞遠は苦渋に満ちた顔で移香を睨んだ。


「お前に何が判る。我ら三人は幼い頃からずっと一緒に育ち、お役目も一緒にはたしてきたのだ。他の者に討たれるくらいなら……せめて我らが始末をつける」

「俺なら殺さずに沙倶利を元に戻せる。やらせてくれ」

 移香の言葉に二人の動きが止まった。牙峰が移香の胸倉を掴む。

「移香、口からでまかせじゃないだろうな!」

「俺の実を戻してもらえればーーの、話だがな」

 後ろ手に縛られたままの移香は苦笑いを浮かべながら、ちらと横目で蓮堂の方を見た。蓮堂は不神実の入った木箱を抱え、陰に隠れている。

「移香、何をするというのだ?」

「霊気の当てをくわえると、その負荷に耐え切れなければ実を吐き出すんだ。戦いの中でコツを掴んだ」

 移香の言葉を聞いて二人は黙る。と、そこに炎が割って入った。


「何をごちゃごちゃ相談してんだよ!」

 炎を吐いた家守が、三節棍を飛ばしてくる。その連続攻撃を、蜂が針で受け躱す。二人の戦いから距離をとった詞遠が、蓮堂に向かって言った。

「蓮堂様、移香に実を貸してやって下さい。お願いします」

「む……」

 躊躇いを見せる蓮堂に同調するように、戦いながら牙峰が叫んだ。

「そんな奴を信用できるのか? 実を与えた途端に我らを裏切るかもしれんのだぞ。沙倶利を戻せるというのも、口から出まかせかしれん!」

「しかし……今は沙倶利を救う、僅かな望みに賭けるしかない」

 詞遠が牙峰に叫び返す。移香は片眉をあげて蓮堂を見た。

「さてーーどうします? 蓮堂様」

「移香、沙倶利を戻せるというのは本当なのかね?」

「まあね」

 移香は笑ってみせた。蓮堂は木箱を開けると、実を一つ取り出した。


「隠している事はありそうだがーーこの男は嘘はつかない。よかろう。そなたに蜘蛛の実を貸そう」

 燕が何処からか剣を持ってくると、移香を縛っていた縄を切った。移香は解放されて両手をぶらぶらと振ると、蓮堂が差し出した蜘蛛の実と三鈷杵を手に取った。

「これも必要だろう」

 燕が剣を差し出す。移香がその柄を掴んで取ろうとすると、ぐっと力を込めて詞遠が引き止める。

「頼む。……沙倶利を助けてくれ」

「任せなよ」

 移香は微笑して剣を受け取ると、不神実に三鈷杵を刺した。

「挿魔」

 蜘蛛化怪貌士に変化した移香は、戦っている最中の家守と蜂の間に割って入った。


「今度はお前があたしの相手をするのかい?」

「まあ、そういう事さ」

 移香が剣を青眼に構える。家守は三節棍を折りたたみ、持った右手を顔の左横へ引いて構える。睨み合う二人を、他の者は距離をおいて見つめていた。

「武器を変化させるコツが俺にも掴みかけてね」

 蜘蛛がそう口にすると、手にした剣が黒い刃になり、その長さを五尺ほどにも伸ばした。

「これで間合いは対等だ」

 立ち合いを見つめていた詞遠が呟く。


 二人はじりじりと牽制しあっていたが、不意に移香が大きく踏み込んだ。その動きに応じるように、家守が前に出て三節棍を射出する。

 しかし眉間を狙う三節棍の先端には、既に蜘蛛はいなかった。

 先に仕掛けたのは家守であったにも関わらず、剣で相手を打ち据えたのは蜘蛛の方であった。

「な……何なの…?」

 疑問の呟きの後、家守が呻く。その口から不神実を吐き出すと、人に戻った沙倶利はばたりと倒れ込んだ。

「沙倶利!」

 詞遠と牙峰が、変化を解きながら沙倶利に駆け寄る。

 その刹那、蓮堂が不意に声をあげた。


 手にしていた木箱が落ち、散らばった不神実の一つが宙を飛んで行く。それは鶴の実であった。

 蜘蛛の糸で実を引き寄せた移香は、宙を飛んできた実を手にしっかりと掴んだ。移香は意味ありげに微笑を浮かべてみせた。

「じゃあな、約束は果たしたぜ」

「ーー待ちなさい、移香!」

 そのまま素早く屋外へ出た蜘蛛に、蓮堂が呼びかける。その声は動揺の色をもたず、むしろ落ち着いたものだった。蜘蛛はふと立ち止まって振り返った。

「これだけの事をしたのだ。幻奘様にかけあえばお許しが出て、蜘蛛の実も鶴の実も、そなたに与えられるかもしれないのだぞ」

「そうなるかもしれないーーというだけの話だ。俺はそんな『かもしれない話』は信じない」


 移香は言った。その移香に、さらに蓮堂は呼びかけた。

「いや、そもそも鶴の実を手に入れた時、どうしてせめて私にだけでも話してくれなかったのだ。そうすれば、何とかとりなせたものを」

 蜘蛛はゆっくりと蓮堂の方を向くと、変化を解いて移香の姿に戻った。移香は、皮肉そうに苦笑を浮かべた。

「俺はこの十五年間、誰一人として里の者を信用したことはない。…あんたもだよ」

 移香はそれだけ言うと、鶴の姿に変化して空へと羽ばたいていった。


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