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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
一、飛蝗
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傀儡芝居

 畠山義就と畠山弥三郎の間に起きた跡目争いに端を発し、八代将軍義政の弟・義視と実子・義尚の将軍後継者争いを巻き込んで、それぞれの支援者である大物守護、細川勝元と山名宗全は主導権争いの対立を作り出した。この対立は勝元側の東軍、宗全側の西軍として全土を分断し、各地に戦いの火種を巻き散らした。応仁の乱と呼ばれたこの戦は、まだ終わってはおらず、京では死体の山が鴨川に放置され、あちこちの建物が壊され、田畑が焼かれる有様だった。


 そもそも守護とは大犯三箇条と呼ばれる、謀反人、殺害人の検断や京都大番役の催促といった警察業務を担うだけの役職であった。それが次第に力を握って行政に手を伸ばし、将軍直参である地頭をも自らの配下のように扱うようになっていく。軍事を握った者が、利権も握ったのである。

 地域の利権で財を得た守護たちは、京でそれを消費する。錦繍をまとい珍味を食し、唐物(輸入品)を買い漁る。守護たちは贅を尽くしたが、それは皆、地方から取り立てた税収によって成り立っていた。


 また守護たちは京での公務や、将軍の『御成』と呼ばれる饗応に莫大な支出が必要であった。将軍が指示する寺社の造営なども、守護がそれにあたる。それは自身の地位を堅持するための処世の策であり、そのためにも有力守護は在京で活動する必要があった。

 その在京の活動を支える地方からの収入や、献上物を含めた様々な物資も京に届けられる。人と物資が行き交い、この頃には街道というものが整い始めていた。


 若者は美作から津山へと山道を進み、さらに人形峠を抜けて伯耆へと向かっていた。天神川に沿って進む街道沿いには、人の集まる集落が所々に生まれていた。その小さな通りに食べ物屋や宿のようなものが軒を連ねている。若者は辻の一角に場所を取ると、懐から笛を取り出した。


 若者は横笛を口にあて、甲高い音を鳴らし始めた。それはやがて哀切を含んだような調子へと変化し、やがて夕陽が海に沈むように消えていく。その頃には若者の前に、少しの人だかりができていた。若者はそこで背中の荷物を地面に降ろし、そこから大きな箱を取り出した。その大きな箱を手に抱えると、若者は手を中に差し込む。にわかに若者は、辻に向かって大声を張り上げた。

「寄ってかないかね、見ていかんかね。急いだところで仕方なし、誰もが行き着く、皆一緒。どうせ行くならなるべく遅く、よそ見休んで回り道。急ぐ方も暇なのも、どちらのお方も寄ってかしゃい。世にも珍しき物語、人形芝居の始まりだ」

 その箱の上に、ひょこりと二体の人形が飛び出す。若者は傀儡子(くぐつし)であった。


 傀儡(くぐつ)とは人形であるが、傀儡子は人形操りだけでなく、奇術や舞などを見せる芸能者一般を指す言葉でもあった。多くの人間が飢餓や戦火であっという間に死ぬようなこの時代、能や庭造り、生け花などの芸能が花開く。時代の皮肉と言えた。

 若者が出した二体の人形は高雅な服を着た男と、僧侶の人形だった。

「これにあらすは八代将軍義政様。将軍様は何かお悩みのようですが」

 若者はそこから、声色を少し間『抜けた』な風に変えて喋り出した。

「『う~む、わしはもう政事(まつりごと)には飽きた。なんとか次の将軍に座を譲り、わしは美を極めた造営に励みたいものじゃ。しかしわしには子がおらぬ。どうしようかのう。

 そうじゃ、弟の()(じん)に頼もう。あやつは今は僧侶じゃが、還俗して将軍になるように言おう。それがよい。

 ーーというわけで義尋、どうじゃ、将軍になれ』

『嫌です、兄上』」

 僧侶の人形が即答する。集まっていた人々から笑いが洩れた。


「『なんじゃ、嫌じゃと? 将軍じゃぞ、将軍。なろうと思ってなれるものではないぞ。いい話ではないか』

『嫌です、兄上。そんな事言って、後から兄上に息子が生まれたらどうします? そうなったら急に「息子を将軍にしたい」とか思って私が邪魔になるでしょう。そうしたら私は殺されるかもしれない』

『殺したりせん、せん』」

 将軍の人形が手をぶんぶんと振った。

「『そんな兄弟で殺し合うなど、そんな恐ろしいことがあるものか』

『けど、昨今の流行ですから』」

 僧侶の言葉に、どっと場から笑いが出た。


「『なんじゃと、流行?』

『ええ、兄弟とか叔父と甥とか、そういう血縁同士で殺し合うのが最近の流行です。兄上も流行には聡いじゃありませんか』

『いいや、しかしわしはそんな事はせん。頼むから将軍になってくれ』

『そんな事言って、息子が生まれたらどうします?』

『息子が生まれたらーーそうじゃ、その子は寺に入れる』

『本当ですか?』

『間違いない、約束じゃ』」

 将軍の人形は任せろというように胸を叩いた。そこから傀儡子は、声色を戻して説明入れる。

「てな事を話しまして、弟君は還俗され(よし)()と名乗ります。しかしこの方の懸念通り、奥方の富子様に息子ができたから大変です」


 僧侶の人形が引っ込んだかと思うと、次は派手な着物を着た女性の人形が現れた。

「『あ、あのなあ奥よ』

『なんです、殿』

『ちょっとそのう…次の将軍職のことなんじゃが……』

『まあ、もう息子に将軍を譲るおつもりで? 嬉しいですけど殿、少し気が早すぎますわ、だって息子はまだ赤子ですもの』」

 奥方富子の人形は、両手をばたばた振って嬉しそうに喋った。将軍人形が動揺する。

「『い、いや、そうじゃなくてな。実は次の将軍は弟の義視に頼むことになっとるんじゃ』

『なああんですって!?』」

 奥方の人形が突如凄い怒声を出した。場は一瞬驚きに包まれたが、それは笑いに変わった。


『殿、それはどういう事ですの? この子は将軍になれないとしたら、どうするおつもりですの?』

『それは……寺に入れてだなーー』

『なああああんですって!』」

 今度は先ほどよりさらに大きな怒声である。場からどっと笑いが出た。

「『この子を寺にですって? まさか自分の息子より、弟の方が可愛いと仰るの?』

『いや、そうではない。そうではないが、しかし約束してしまったからのう。わざわざ還俗させ、将軍にすると約束したものを今更反故にするわけにもゆかぬ。頼むから判ってくれ、奥よ』

『まあったく、判りませんわ! ……こうなったら、私にも考えがありますのよ。宗全、宗全は何処?』」


 将軍の人形が消え、武官の人形が現れる。顔が赤く塗られており、『赤入道』と巷間呼ばれていた山名宗全の人形だと判る。

「『富子様、宗全はこれに。いかがされましたか?』

『ああ、宗全、もはや頼れるのは貴方だけ! 殿があの坊主上がりと妙な約束をして、私の子を将軍にしないと言うのよ。そんな無法な話がありますか! 宗全、貴方の力添えで、どうか私の子を将軍にしてちょうだい!』

『判りました、奥方様。この宗全めにお任せを』

 さて、こうなってしまったから大変です。慌てたのは義視様」

 二人の人形が消えて、僧侶の頭に烏帽子が乗った人形が現れる。


「『大変じゃ、大変じゃ。兄上の奴、今頃になって私に将軍職を譲るのを渋りだしておる。だから私は嫌じゃと言うたのだ。ああ、どうしよう、どうしたらいい』」

 そこにもう一体、青い顔の人形が現れる。

「『どうなされましたか、義視様?』

『おお、細川勝元。こうなったら頼れるのは、そちだけじゃ。兄上の奴、富子に脅されて、今になって将軍職を譲るのを渋っておるのじゃ』

『それはいけませんな。そもそも上様が言い出したことですのに』

『そうじゃろう、勝元。このままでは私はあの富子に殺されてしまう。なんとかしてくれ』

『それはまた何と、大仰なことを』

『大仰なものか。あの富子は自分が流産した際、側室だった今参局(いままいりのつぼね)の呪いのせいだと言いふらし今参局を竹生島へと追いやった挙げ句、刺客をやって殺してしまった女じゃ。ああ、恐ろしい、このままでは私も殺される。勝元頼む、私を助けてくれ』

『判りましてございます』」


 勝元の人形が深々と頭を下げる。義視の人形が消え、その隣に山名宗全の赤ら顔が現れる。

「『次期将軍を決め、権力第一の座に上るのはわしじゃ』」

 その声を聞き、細川勝元が宗全の方を向く。

「『何を言う、第一はわしじゃ』

『なんじゃと、わしじゃ。引っ込んでおれ』」

 宗全の人形が、ぽかりと勝元人形を殴る。それを皮切りに、二人の殴りあいが始まる。

『わしじゃ、わしじゃ。わしが天下第一なのじゃ』」

 そう二人揃って口にしながら、人形たちは倒れるようにして姿を消した。一幕の終了と見て、場からぱらぱらと拍手が洩れた。若者はそこで声をあげる。

「はてさてお集りの方々、今生はこのような事で戦ばかり起きているとお嘆きの様もあるやらん。たがしかし、今より昔の時も、人の世の争いは絶えぬ今生の定め。これよりは一時、昔話におつきあいいただきあれ」


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