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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
五、鶏
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刃鋼丸

 視線の先にある童子姿の人形に、移香は見覚えがあった。それは伊勢新九郎が傀儡写魂之術を使った時の風切丸であった。

「新九郎なのか?」

「そうです、移香どの」

 口を開閉することなく、人形が答える。水干姿の童子の左腕には手がなく、代わりに手首の位置に弓が取り付けてあった。その手の処に空いた穴から紐が伸び、その先に矢じりが着けられている。腕の裏には紐を巻き取る装置が着けられ、矢じりに刺した不神実を引き寄せられたのだった。

「……何のつもりだ。不神実を返せ」

「できません」

 新九郎の即答を聞いて、移香は苦笑の息を洩らした。


 移香はすぐに飛蝗の姿に変化し、刀を抜いて跳躍した。移香が童子人形に斬りかかろうとした瞬間、童子の左腕から何かが発射された。

 突如、爆発が起きる。移香は衝撃を受けて吹っ飛ばされた。

「『()(そう)』、という宋から取り入れた武器を、工夫したものです」

 童子はそう言いながら腰から竹筒を取り出すと、左腕の開口部に差し込む。そして腕の上部についた弓を右手でぎりぎりと引くと、留め金にカチャリと装填した。

「元は紙で火薬を包んだものを竹筒に入れて投げるんです。それを相手の陣営に放り込んで火を着ける。けど、この風切丸はその竹筒を発射できるよう、弓のからくりを工夫したんですよ」

「……お前、何のつもりだ?」

 火槍の爆発で、飛蝗の胸が大きく抉れている。威力は尋常のものではなかった。


「移香どの、陰野衆のやってることは間違ってます。この不神実を渡すことはできません」

「ーー移香、何をしている!」

 移香が倒れた身体を起こそうとしているところに、羅車と亜夜女が走り寄ってきた。

 しかし、そこに巨大な影が割って入る。

「な、何だこのでかいのは?」

 それは人の倍の背丈は優にある、巨大な鎧武者であった。

 羅車が百足の鞭を飛ばす。その先端が腹部に突き刺さるが、巨大な鎧武者は一向に動じた様子がない。

「なんだこいつ? まったく手ごたえがない」

「それは大傀儡の刃鋼(はがね)(まる)ーー人形ですから」


 童子がそう言った瞬間、鎧武者が百足の腹に拳を叩き込んだ。百足は一瞬怯むが、それを受け切る。

「へっ、見かけーー」

 羅車がそう言いかけた瞬間、鎧武者の腕の中で爆発がし、羅車が猛烈な勢いで吹き飛んだ。

「腕の中に火薬を仕込んでましてね、殴ると爆発し拳を取り付けた鉄棒が伸びて威力を増す仕掛けなのです」

「新九郎、お前が……これらを作ったというのか?」

 移香の問いに、童子が美しい顔を向けて答えた。

「貴方のせいですよ、移香どの。貴方や化怪鬼の力を知ってしまった以上、それに対抗する術を工夫するしかない」


 そう言う童子に向かって、蝙蝠が爪で襲いかかろうとした。風切丸はすぐさま左腕を蝙蝠に向けて迎撃しようとする。その瞬間、移香が叫んだ。

「待て! そいつは女だ!」

 風切丸の動きが一瞬止まる。その刹那、蝙蝠の爪が童子の首を落とした。美しい顔の頭部が地面に転がった。

 しかし首なしの風切丸は後方に跳躍しながら、火槍を放つ。

 それは蝙蝠の手前の地面に落ち爆発する。爆風と土煙から身を守ろうと、蝙蝠が翼で顔を守った。

「移香どの、不神実は貰っていきます。……また会いましょう」

 土煙が消える頃には、風切丸も刃鋼丸の姿も消えていた。


「羅車はどうしている?」

「眠った。大分ひどい負傷だったからな。実の力をもってしても回復できなかったらしい」

「そうか」

 亜夜女の答えを聞いて、移香は再び川面に視線を向けた。

 移香たちは根城に戻ったが、羅車と亜夜女はかなりの負傷を負っていたのだった。

 それほどのひどい負傷を治療する術などはなかった。不神実は変化する際に果汁を使って萎むが、しばらくするとまた元に戻る不思議な性質を持っている。その不神実の回復を待って化怪貌士に変化するのが、最も確実な治療だった。


 移香たちが根城にしている小屋の前には小川が流れており、移香は二人が休んでいる間、そのほとりに腰かけて月明かりが川面に映るのを見ていたのだった。

「ーー移香、お前はあの時、『そいつは女だ』と言った。どういうつもりだ?」

 移香の背中に詰問するように、亜夜女の声が飛んだ。移香は川面を見つめたまま答えた。

「そう言えば、あいつは攻撃を止めるだろうと思ったまでさ」

 移香の目線の先に、亜夜女が走って出る。亜夜女は移香を睨みつけて言った。

「女だと思って、わたしを見くびっているのか?」

「俺はそんなつもりはない。ただ、あいつがーー」

 亜夜女の勢いに気圧されて困り顔の移香に、亜夜女は膝折で顔を近づけて詰め寄った。


「あいつが、なんだ?」

「……お人好しなだけさ」

 移香は苦笑を洩らした。

 亜夜女は釈然としない様子で、移香に問うた。

「あいつとは、どんな関係なんだ? 何者なんだ?」

「そうだなあ、何というかーー」

 移香が言葉を選ぶのに迷っていると、不意に気配を感じて二人は横を向いた。

 闇から、不意に男の姿が浮かび上がる。

仙来(せんらい)か」

 男はずんぐりとして背が低く、顔も丸く、目も鼻も丸かった。


「獲物を逃したようだな、移香」

 妙に甲高い男の声を聞いて、亜夜女が無言で顔をしかめた。移香は苦笑した。

「残念だが、そういう事だ。お前、見ていたのなら手を貸してくれればよいものを」

「おれの役目は戦いじゃないからな」

 仙来は無表情なまま、奇妙に口をすぼめて言った。

「で、その報告を聞きたいのか?」

「いや。お前たちに新しいお役目を伝えに来たのさ」

 仙来は丸い眼をギョロリと動かした。


沙倶(さぐ)()の調べによると、西陣南帝が新御所に移るという。それを襲え、との事だ」

 仙来の話を聞いて、移香と亜夜女は無言で目を合わせた。

 沙倶利というのは陰野衆の仲間だが、西軍の様子をかなり深くまで潜入し探っている女だった。この沙倶利の調べを元に、移香たちに長老勢の命令を伝えるのが仙来の役目である。遊佐国助の出陣の情報も、沙倶利の調べを元に仙来から聞かされた仕事だった。


 元は皆、子供の頃から陰野の里で育った仲間である。戦で育ての親を亡くし、陰野衆の大人に育てられた、歳の近い子供ばかりであった。

「西陣南帝が新御所に移るのは、二日後の夕刻。お忍びで移動するため警護は最低限という話だが……」

「どうしたというのだ?」

 言葉を止めた仙来に、亜夜女が苛立って訊いた。

「西陣南帝はかなり格上の不神実を持っているらしい。心してかかれーーという事だ」

「格上、ね」

 移香は独り呟いた。


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