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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
三、鶴
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風切丸

第一部完結

“移香どの、思い切り蹴ってください”

 その人形から響いたのか心のなかに直接響いたのか、移香の耳に新九郎の声が響いた。

「新九郎、お前なのか?」

“いいから早く!”

 新九郎の声を聴いた移香が跳躍する。飛蝗は蟹の方向ではなく、真逆の屋敷の柱の方に飛び、その柱を蹴った反動を利用して蟹に襲いかかった。


「あいつ、無理しやがって」

 移香は口元に笑みを浮かべると、蟹の胸に思い切り蹴りを叩き込んだ。

 吹っ飛ばされた蟹を童子の人形ーー風切丸がさらに操る。蟹は折れた庭木に背中から落ち、胸を貫いて串刺しになった。

「ぐぁっ……こ、こんな処で…」

 蟹は自分を背中から貫く木から引き抜こうともがく。しかしその途中で、上空から飛来してくる影に気が付いて息を呑んだ。


 それは剣を脇構えにし、上空から急降下してくる飛蝗だった。

「ヒ、ヒィッ!」

 蟹は両腕と大鋏で上半身を覆って防御しようとする。

(ザン)

 蟹の傍に着地ざまに、飛蝗が剣を振りぬく。一瞬の静寂の後、四本の腕ごと蟹の上半身が、ぼとりと地面に落ちた。

 串刺しになった胴体を残し、蟹は両断されていた。


 蟹の顔が泡を吹きながら、大垣の顔へと戻っていく。その途中、大垣は口から不神実を吐き出した。

「やれやれ、手間をかけさせやがるぜ」

 移香は元の姿に戻ると、大垣の吐き出した実を拾い上げ、次いで胴体から鶴の実も物色した。移香は柱の陰に横たわる新九郎の元に近づいた。

「あの人形、お前なのか?」

 移香が苦笑しながら後ろを親指で指した瞬間、童子の人形が糸がきれたように崩れ落ちた。それと同時に、新九郎が眼を開く。


(かぜ)(きり)(まる)という傀儡です。人形に魂を移す、傀儡写魂之術という技を使ったのです」

 痛む身体を庇いながら身を起こす新九郎に、移香は苦笑した。

「化怪流よりも、お前の技の方が驚くぜ」

 移香は立ち上がろうとする新九郎を腕で引き起こしながら言った。

「移香どのーー」

「どうやらお前には、借りができたらしいな」

 真顔で見つめる移香に対し、立ち上がった新九郎は足を引きずりながら声をかけた。

「不神実を集めて……どうするつもりです」

「さあ、どうするつもりだろうな」

 移香は苦笑して下を向いた。


「陰野衆とは、どういう人たちですか?」

「『まつろわぬ民』」

 移香は短く、それだけを言った。新九郎は問うた。

「ーーその人々、信じてよいのですか?」

「どうだかな」

 真剣な眼差しで見つめる新九郎に、移香は自嘲気味に答えた。

「……俺にも判らん。誰を信じるべきか、なんてな」

 移香はそう言った後、不意に空を見上げた。

「けど一つ言えることがあるぜ」

「なんです?」

「お前は悪い奴じゃない」

 移香はにやりと笑ってみせた。新九郎は、何も答えなかった。

「じゃあな。ーー恐らく次に会うとしたら京だろう。その時……敵同士じゃなきゃいいがな」

 移香はそう言うと、踵を返して歩き始めた。

 新九郎はその背中を見つめていた。

(京ーー)

 新九郎はふと、空を見上げた。

 雲の隙間から、青い晴れ間が見えていた。



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