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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
一、飛蝗
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謎の行者

 飛蝗の顔をした男たちが跳ぶ。それは人とは思えぬ、いや明らかに人のものではない速さと力強さで、行者を急襲した。人外の勢いの二人の攻撃に、行者が初めて大きく動く。素早く後方に跳び下がって、鉈を受けつつ身をかわした。

 何合か合わせた後、距離をとった行者が息をついた。

「なかなかやるのう。仕方ない」

 行者は懐に手を入れると、何かを取り出した。それを口に放り込む。

 苦しみに耐えるように、行者は顔を伏せて背中を丸めた。どくん、と行者の身体全体が、一瞬震えたように見えた。


 顔を上げた行者の眼が、赤く光っている。その口許には悪鬼の如き笑みが浮かんでいた。

(何だ? 丸薬のようなものを呑んだように見えたが)

 若者は木陰から、思惑を遙かに越えた事態の成り行きに息を呑んでいた。


 飛蝗顔の二人が凄まじい速さで襲いかかる。眼を光らせた行者の剣が、闇の中で一閃した。

 鉈を持ったままの腕が一本飛び、もう一人は肩から脇にかけて切断された上半身が闇夜に舞い上がった。

「グアァァッ」

 奇怪な声を上げて、腕を切断された男が飛蝗の牙をむき出しにして喰らいつこうとする。その飛び込んでくる身体の上をすり抜けるように、行者が身体を回転させる。

 二人がすれ違った後、飛蝗の頭がぼとりと地面に落ちた。行者は振り返ると、赤い眼をらんらんと光らせて笑いを浮かべた。

「飛丸、欲しいのはこれだろう」

 行者は背後から、一本の腕を出してみせた。

「……お前、何者だ?」

 片腕の飛丸が、怒りに震えながら口を開いた。


(あの化け物たちの動きを見切っていた。あの行者、確かに何者だ?)

 若者は闇の中で、眼をこらした。

「お前に名乗っても仕方あるまい」

 行者は笑った。不敵、としか言いようのない笑みだった。

「何でもいい。俺の腕を返してもらおう」

 飛丸が苛立ちを露わにした。と、眼が緑色の光を放ち、その顔が変化していく。

 前の男たち同様に、というよりさらに奇怪さを増した飛蝗の顔になっていく。同時に、その背中からぼこぼこと何かが生え、足が奇妙な形に捻れていく。

 背中に生えたのは飛蝗の羽であり、臑から下は異様に長くなり、飛蝗の脚のような棘を生やしていた。 

「やはりお前が()()()か」  

 行者が笑った。


 飛蝗の化け物は片手に抜き身を持ったまま跳躍した。上空から斬りつけるのを行者は素早くかわす。すぐさま横っ飛びに飛蝗が追う。左手で持った刀をめったやたらに振り回す。行者はそれを巧みな刀捌きで受けかわした。

(上手い。だがしかし、飛蝗の化け物の速さは異常だ)

 飛蝗が横に飛ぶ。背中の透明な羽がきらきらと灯りをこぼした。飛蝗は落下することなくさらに上昇し、上空はるかな木々の中へと姿を消した。

 闇からばきり、ばきりと物音が響く。と、行者の頭に折られた枝葉が降ってきた。行者がそれを払いのける。次々に降り注ぐ枝葉に、行者が業を煮やした顔を見せたその時だった。

「ぐ……」

 行者の胸から、刀の切っ先が突き出していた。


 背後から凄まじい速さで接近していた飛丸が、飛蝗の顔を歪ませる。

「いきがりやがって、勝てるとでも思ったのか」

 飛丸は刀を刺した手を離し、片手で行者の腰袋から腕を取り出した。大事そうにそれを懐にしまう。

「俺を舐めた報いだ。死ね」

 飛丸は刀を柄を握ると、行者の背中を奇怪な形の脚で蹴飛ばした。

 行者の身体が、軽いものであるかのように飛んでいき、正面から木にぶつかって鈍い音をたてる。そのままずるりと地面に落ちる時には、重い音をたててそのまま動かなくなった。

「くそ行者がーー一体、何者だったのか…」

 飛丸は忌々しそうに呟くと、飛蝗の姿のまま羽をひらめかせ、闇夜に飛び去っていった。


 辺りに静けさが甦ると、若者は恐る恐る木陰から身を出した。近くに横たわった最初の男たちの死骸を見る。既に男たちの顔は、飛蝗から人のそれへと戻っていた。

(一体、こ奴ら、何だったのか)

 若者は蹴り飛ばされた行者の方へと向かった。行者の身体はぴくりとも動かない。うつ伏せになった身体を起こすと、行者は口から血を流したまま目を見開いている。もう、息はしていなかった。

「死んでしまったのですか……貴方はいったい、何者だったのですか?」

 若者は答えることのない行者に問いかけると、その眼をそっと閉じさせた。

「しかし盗賊の飛丸の変化(へんげ)ーー」

 若者は立ち上がると、飛蝗と化した飛丸が消えた闇の先を睨んだ。

(これは調べねばなるまい)

 若者は夜に向けて目を細めた。


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