家老・大垣
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豊之は一つ大きく息を吸うと、ふと思い出したように大垣に問うた。
「ところでお主、あ奴の言っていた盗賊の件、何か知っておるのか」
「いえ、まったく覚えのありませぬことで」
「飛蝗に変化するなどと言っておったな。そんな馬鹿げた話、何のつもりで言いだしたのやら。お主心当たりはないのか?」
豊之の再度の問いつめに、平伏したままの大垣が口を開く。
「……どうやら、中根忠兵衛を襲った賊というのが、その飛丸とかいう者とのこと。その名前から飛蝗のように軽業を使うということでしょう」
「ふむ、そうか。しかし中根忠兵衛がいなくなっては、財政に何かと不便もあろう。どうしておる」
「は、唐沢弥五郎という者を出入りさせるよう手配いたしました」
「そうか。その方面はそちに任す。書状の件はしばし考える、少し待て」
「承知いたしました」
大垣は再度頭を下げると、退出する気配を見せた。鍬形の目から一部始終を見た新九郎は、大垣の後を追うことにした。
大垣は自室に戻ると、しばらく腕組みをして何事か考えていたが、やがて手を打って家臣の者を呼びつけた。
「お呼びでしょうか」
「捕らえてある伊勢新九郎を唐沢弥五郎の屋敷に移せ。極秘にな」
命を受けた家臣が出ていくと同時に、新九郎も慌てて鍬形を戻し始めた。
数刻後、新九郎は見知らぬ屋敷に連れられていた。
「ようこそお越しくださいました、唐沢弥五郎と申します」
駕籠で運ばれた新九郎を出迎えたのは、主人である唐沢弥五郎であった。でっぷりと肥え、弛んだ頬に愛想笑いを浮かべた弥五郎は、新九郎を部屋へ迎えると口を開いた。
「とりあえずこの屋敷でごゆりとお過ごしくださいますようにと、大垣様から伺っておりますので」
「大垣どのが……」
「はい。後で大垣様もいらっしゃいますから、それまではおくつろぎ下さい。遠慮なくなんでもお申しつけくださいませ」
大垣は愛想笑いを残すと退室した。独り残された新九郎は事態の様相を察した。
(唐沢弥五郎とつながっていたのは家老の大垣、つまり飛丸に財宝を運ばせたのも大垣、ということになる)
新九郎は腕組みをした。
(飛丸に不神実を渡したのは大垣ーーということは、奴も化怪鬼に変化できるということか……)
新九郎はその時、部屋に近づいて来る気配を感じ、身を堅くした。
襖が開く。
「あ、貴方はーー」
「よう」
ぶらりと入ってきた姿に、新九郎は目を丸くした。
「移香どの!」
「元気そうじゃねえか」
悪びれる様子もなく笑いを浮かべた移香の顔を見て、新九郎は文句を言う気もなくした。
「どうして此処に?」
「お前から唐沢弥五郎のことを聞いたからな。用心棒はいらぬかと売り込んだのさ。それで入り込み、しばらく様子を探っていたが、城から重要人物を保護すると聞いてな。もしやと思い覗いてみたら、案の定お前だったというわけだ」
「……それで、どうしようというんです」
「別にお前をどうこうしようというのではない。ただ、お前を此処に連れてくるように命じたのは誰か知りたいだけだ」
移香はにやりと笑った。新九郎は少し考えて言った。
「それが判ったら、その者が不神実の持ち主だ。ーーということで、貴方は襲うつもりなのでしょう」
「まあ、そうだーーと、言いたいとこだが、そう急いた話でもない。というのも、どうやら事態が大きく動きそうなんでな。それを見定めた上での話だ」
新九郎は目を細めて移香を睨んだ。
「貴方、何が狙いなのです?」
移香は答えず、不敵な微笑を浮かべる。その時、近づいて来る気配を察して、移香は立ち去っていった。
代わりにやってきたのは家老の大垣であった。大垣は入って来るなり頭を下げた。
「どうも伊勢様には失礼をいたしました」
「私を此処に連れてきたのは貴方の指示だと聞いておりますが」
「左様です」
「では、山名豊之どのの指図ではないと」
「左様です」
大垣は同じ言葉を繰り返しながら、今度は薄笑いを浮かべてみせた
「豊之様は貴方の首をはね、伊勢盛定様に送り返すおつもりでしょう」
「貴方にそのつもりはない、と」
「左様です。代わりといっては何ですが、伊勢様には豊之様に出した条件、そのままこの大垣にお譲り下さるようお願いしたいのですが」
大垣は底意のある瞳で新九郎を見つめながら、口元に笑いを浮かべた。新九郎は迷った。
(こいつがつまり『朝倉景孝の同類』というわけか。父上の望みは、かような奴を味方に引き入れろ、ということになるがーー)
即答しない新九郎をみて、大垣は口を開いた。
「盛時様には手みやげも用意しますので、どうかお父上にお口添え願いたい」
「手みやげ?」
大垣はにやりと笑った。
「これから豊之を攻めまする」
大垣は立ち上がった。
「盛時様はここでごゆるりとお待ちください。山名豊之の首、すぐに持ってきますゆえ」
新九郎は少し考えて口を開いた。
「同行させていただきます」
「お見届けいただけるか。これは心強い」
大垣はすぐに唐沢弥五郎を呼びつけ、手勢を揃えさせた。
(まさか、これだけの人数で押し入るつもりか)
中庭に集まった者は人数にして二十人ほど。新九郎の危惧をよそに、大垣は集まった者たちに声をあげる。
「聞け! 今より山名豊之が屋敷に押し入り、その首をとる。我と思わん者は存分に働いてみせよ!」
応、と兵たちが声をあげた。その瞬間、その兵たちの顔に重なるように、ぼんやりとした別の奇怪な顔が重なった。
(あれはーー暗鬼!)
その変化の相貌は、何か堅い表面の様相をしているのを新九郎は見逃さなかった。
進軍する兵を見送る大垣が、新九郎を振り返って薄笑いを浮かべた。
「やはり驚かれませんでしたな 化怪鬼のことをご存じと見える」
「……貴方はあの者たちを暗鬼として操っている。そして死んだ飛丸も」
「左様。ここいらの住民も生意気な者が増えましてな。直接手に掛けたのでは色々とまずい。そういう輩を盗賊どもに襲わせていたまでです」
大垣は愉快そうに笑い声をあげた。が、それを途中で突然止めた。
「が、どうやら若殿がそれに気づいたと思われます。密かに手の者を送って飛丸を始末してきた。あれは豊之様の仕業に違いありませぬ。もう我らが戦うは時間の問題。そこへ盛時どのが参られた。私はこの好機を逃しませぬ」
大垣はそれだけ言うと、兵たちとともに進軍を始めた。




