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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
三、鶴
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鍬形虫

完結保証

 新九郎は土間作りの城内の牢に閉じこめられた。太い木の檻は頑丈にできており、厳重に鍵がかけられている。見張りの者はおらず、牢の外側にある机の上には検分済みらしい新九郎の荷が置かれていた。

(今少し生き延びたようだな)

 新九郎は自嘲気味に苦笑した。

(むしろ死なすことが父の目的であったか……)

 新九郎の想いは、京を経つ前の父との面会の時に戻っていった。


「ーーお前に行ってもらいたい」

 新九郎の父、伊勢盛定は向かいに座した新九郎にそう告げた。

「私が、ですか」

「嫌か」

「慮外のことです」

 新九郎は静かに頭を下げた。

 新九郎の母八重は盛定の妾である。正室の幾麻は政所執事伊勢貞親の妹であり、京伊勢氏の流れを継いだ由緒正しい家系の娘である。兄の貞興、姉の千草はこの腹の出であった。


 新九郎は幼い時は母と二人で暮らしていたが、六歳の時に母が病死した際、それを聞いた盛定に引き取られ伊勢家に入ったのだった。

朝倉孝景(たかかげ)のことは知っておろう」

「守護の斯波氏、守護代の甲斐氏が争っている隙をついて自らの力を拡大しようとしている野心家ですね」

 新九郎の物言いに、盛定は僅かに眉をひそめた。

 三管領と呼ばれる家の一つ斯波氏の所領である越前で、守護代の甲斐家に次ぐほど勢力をのばしたのが朝倉氏である。

 しかし長禄二年(一四五八)、力をつけた守護代甲斐常治が守護の斯波義敏と対立、事態は戦乱にまで発展した。


 この時、朝倉孝景は守護代側につき、戦いは守護代側のほぼ勝利となる。戦い自体には将軍足利義政が調停に入り和睦となるが、その直後に甲斐常治が死去し、越前では朝倉孝景の力が絶大なものとなった。

 その後、寛正二年(一四六一)に斯波氏の家督争いが起きる。家督を継いだ義敏は守護代の甲斐敏光と対立しこれを攻めた。この独断に怒った将軍義政は義敏と争っていた義廉の嗣立を承認し、義敏は追放の身となる。


 しかし義敏は遠戚である伊勢貞親に働きかけ、義政に取りなしてもらい追放から許された。ばかりか、義廉の家督は剥奪され、義敏は越前、尾張、遠江の守護を任ぜられるという驚くべき裁定が下された。

 これに対し不満をもった朝倉景孝は山名宗全と手を結び、義廉の復権を働きかけつつ西軍の将として京で勇猛な戦いぶりを見せる。これに手を焼いた東軍の大将、細川勝元は播磨の浦上則宗を通じて、東軍に寝返るように働きかけた。


「ーー景孝め、守護の地位を約束されたということじゃ」

(それで景孝は京を引き上げたのか)

 表向きは越前の動乱の鎮圧ということになっているが、朝倉景高は去年、京から兵を引き上げた。

「……しかし守護の地位、ですか」

 父の話に驚きを隠さず、新九郎は口にした。管領家である斯波氏をさしおいて守護に任じるようなことがあるとすれば、もはや旧来の伝統を保持する価値観は失われたも同然である。恐ろしいのは、それを守るべき将軍が真っ先にそれを壊しているという事実であった。

(それにしても将軍様は……節操がない)


 新九郎は改めて思った。最初に自らが義廉を承認しておきながら、伊勢貞親に働きかけられると、すぐにそれをひっくり返す。しかもさらには朝倉景孝のような者を役に就かせる。この中心部の不安定が応仁の乱の真因ではないのか。新九郎はそんな想いを胸中に抱いた。

「勝元め、貞親の働きを無にしおって。専横もはなはなだしい」

(それは貞親どのとて同じこと)

「が、しかし重要なのは勝元のそのやり方じゃ。いわば各地には『未だ現れぬ景孝』が潜んでいると言っていい。それをいち早く見つけ、うまく利用できれば我らが勢力を拡大できる」

「それを私に探せーーと?」

「お前を何故、傀儡衆に預け、その業を学ばせたと想っている? 諸国の事情に通じて報告し、場合によっては相手を調略するためじゃ。できるな、新九郎?」

 盛定は新九郎を見つめ。念を押すように言葉を続けた。


「よいか、強欲で利に聡い者を選ぶのじゃ。忠義の心や志、などといったものはあてにならん。そういうものは利を示されれば脆くも崩れ、簡単に寝返る。利で相手を誘導している時だけが、相手を信用できる時。ただし目先の利で釣られる者ではなく、長い眼で見て己が利を見極めえる者が肝心じゃ。だから強欲かつ、聡い者じゃ。判ったな、新九郎?」 

 新九郎は答えなかった。代わりに黙って頭を伏せた。

 その後、盛定は新九郎に一通の書状を渡した。それは山名豊之に会う機会あらば渡せ、ということであった。


(豊之が密かに父親の地位を狙っている、と父上は言っていたがーー)

 あの様子では盛定の見込みは間違いだったのではないかと新九郎は考えはじめていた。

(何にしろ、もう少し様子を探らねばなるまい)

 座した新九郎は袂に手を突っ込むと、手のひらに鍬形(クワガタ)(ムシ)の木型を取り出した。ただし本物のように黒くはなく、木の色のままである。

(傀儡写魂之術)

 鍬形を床に置くと眼を閉じて念じる。すると新九郎の意識は、小さな鍬形の眼から見た光景へと移り変わっていた。


(家老の大垣を探さねばな)

 新九郎を此処へ連れてきて鍵をかけたのは大垣である。なんとか鍵を盗みだし、脱出の手だてを作らなければいけなかった。

 鍬形は檻を抜けて外へでると、柱を登り始めた。鍬形の足には本物同様の小さな棘が生えており、それを引っかけて木にへばりつくことができる。新九郎は木製の鍬形の躯をうまく操り、柱を登って天井についた。


 そのまま天井をつたい、新九郎は屋敷の内部へと潜入した。屋敷の奥へと進み、主や家老が控える中心部へと移動する。天井の虫は木の色のため、誰にも気づかれることなく先へ進んだ。

 やがて新九郎は、奥の一室で山名豊之と家老の大垣延敏が会話している声を聞きつけた。新九郎は鍬形をその部屋へと進入させた。

「ーーで、お前はわしが東軍へついた方がよいと申すのか」

「は、そのように考えます」

 大垣は平伏して、豊之の問いにそう答えた。一瞬にして豊之の声が荒くなった。


「たわけが! 持豊様を裏切るなど、わしがするはずもなかろう!」

 持豊とは宗全のことである。豊之は西軍の大将である山名宗全を裏切るつもりは毛頭ないようだった。しかし怒る豊之に対し大垣は臆した様子もなく、さらに言葉を続けた。。

「しかし殿、事態収拾のおりには宗全様の領地没収の上、殿が山名家総代であると認め守護に任じるというのは、かなりよいお話であるように思われますが」

「そんな事は口約束にすぎず、いざとなったら言い抜けられる恐れがある。あの伊勢貞親を信用できるか?」

「今回の件は政所執事伊勢貞親ではなく、申次衆伊勢盛定からの話。それに貞親も義政様に呼び戻され幕臣として返り咲いてますから、依り処のない話ではないかと」

「将軍義政様の意向だと申すか」

「御意」


 ふむ……と言って豊之は腕組みをした。

「しかしそんな話、父上が認めるはずもなかろう」

 困惑気味の豊之に対し、大垣は顔色を変えず言葉を添えた。

「先代様が家督を譲られた以上、今の伯耆国守護は間違いなく豊之様」

 豊之が目を見開いた。

「全てを決定する権限は豊之様にあります。先代様には事が済んでからご報告にあがる、という事でもよろしいかと」

 豊之は大垣の言葉を聞き、口をつぐんで考え込んだ。その様子に大垣は、平伏してもう一言添えた。

「お許しください殿、出すぎた事を申しました。何をなさるのも殿のお考え次第にござります」

「ふむ……」


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