申次衆代理
完結保証
旅の傀儡子の姿から、高価でこざっぱりとした身なりに装いを変えると、新九郎はーー山名家の居城へと赴いていった。
由良嶋の城は入り江のなかにある平城であり、幾つかの屋敷がぐるりと長い塀に覆われている。表門には二人の槍持ちの門番がいかめしい顔で立っており、新九郎はそこへゆっくりと歩み寄っていった。
「止まれ、何者だ!」
二人の門番は槍を十字に合わせて新九郎を止めた。
新九郎は微笑を浮かべて、いきりたつ二人に答えた。
「私は申次衆伊勢盛定の代理、伊勢新九郎盛時といいます」
「もうし……何だ?」
「申次衆。判らなくても無理はありませんが、幕府の要職です」
門番の二人は疑わしそうな目で新九郎を睨んだ。
「そんな偉い人が、共の一人も連れずにいきなり来る訳はない。第一、お前みたいな若造がそんな偉いわけがあるか」
肩をいからせてそう言うと、門番の一人は槍の矛先を新九郎に向けて威嚇した。もう一人は新九郎を偽物と決めつけたようで、にやにや笑っている。
「仕方ないな……」
新九郎はため息をひとつついた。
と、新九郎は槍の柄を両手で掴むと、それを円を描くように回す。すると門番の後ろ手が返され、柄が手首に乗るように逆を極めた。
「いっ、痛ってぇっl」
門番の身体が腕を極められてがくん、と沈みこむ。すぐさま今度は立ち上がらされ、槍の柄に振り回されるようにしてその身体が宙を舞った。
「き、貴様、何をーー」
動揺したもう一人の門番が槍を構えるより早く、新九郎は門番の横に入り身すると、後ろ手を槍からはずして捻り上げ、脇に槍を挟むようにして肘を極めて上体を倒させた。
「ここで貴方たちを殺ても、私は罪に問われないのですよ? さあ、問題になる前に山名豊之どのに取り次ぎなさい」
投げられたばかりの門番は新九郎に見据えられると、慌てて立ち上がり奥へと駆けていった。
やがて奥の間へ通された新九郎は、下座で独り座して待つ。やがて壮年の侍が入ってきて着座した。
「家老の大垣延敏でござる」
大垣延敏は岩のようなごつごつした顔を新九郎に向けると、小さく細い眼を新九郎に向けた。
「伊勢盛時と申します」
「ーーして、用向きのほどは?」
大垣は太い眉の片側だけを上げて新九郎を見据えた。
「父の盛定から書状を預かってきております」
「拝見いたそう」
「豊之様本人に直接お渡しするよう、言いつかっておりますので」
新九郎はそれだけ言うと、相手を見据えた。
大垣は不機嫌を露わにしながらも、無言で立ち上がり退室した。しばらくすると仕立てのいい着物を着た若武者と、大垣がその後ろから現れた。
「門兵に失礼があったようだな、許せ」
着座するなり若武者が言った。整ったな顔をしているが、ぞんざいな口振りである。城主の豊之に違いなかった。
「いえ、真面目な働きぶりと存じます」
新九郎は軽く頭を下げた。
「それで、伊勢盛定どのからの書状を持ってきておると?」
「その前に少々お伺いしたいことがーー」
すっ、と場の空気が堅くなっていくのが判った。
「飛丸という盗賊が、この辺りに出回っているようでして」
豊之は興味深そうな顔で口を開いた。
「その飛丸とかいう盗賊がどうしたと?」
「先頃、何者かに殺されたようです」
「ほう、盗賊が死んだか。それはめでたい事じゃな」
「はい。ただ気になりますのは、その飛丸、なんでも飛蝗に変化したとかしないとか……」
「飛蝗に変化?」
山名豊之は眼を丸くすると、笑い声をあげはじめた。
「これは奇な事を仰られる。そのような事が本当にあると?」
「豊之様はどのようにお考えですかな」
「まさかまさか。伊勢どのはこの豊之をおからかいか? よもやそんな突拍子もない事を信じるなどとーー民草どもの他愛のない噂であろう」
「まあ、少し耳に入ったのでお伺いしたまでのことです」
新九郎がそう微笑むと、豊之はまた笑い声をあげた。
「さて与太話はさておいて、盛定どのの書状とやらを拝見したいのじゃが」
豊之はそう言って新九郎を促した。新九郎は懐から巻物を取り出すと、膝行で寄ってきた大垣にそれを手渡した。
(父上は何を山名豊之にもちかけたのか)
手紙の内容は新九郎も知らされてなかった。
新九郎の父、伊勢盛定は微妙な立場にある。幕府政所執事として長い間権勢を誇った伊勢定親は、同じ氏族として政治的盟友の立場であった。
その伊勢定親は後継者争いでもめていた斯波義敏と組み、足利義視が山名宗全と組んで将軍義政の暗殺を企んでいると讒言した。また義政に直訴し、斯波義廉の家督を取り上げさせた上、義敏を追放の身分から許し越前、尾張、遠江の守護にさせたりした。
この一連の処置に激怒したのが他ならぬ濡れ衣を着せられた山名宗全であり、宗全は国元から軍勢を呼び寄せた。この勢いに恐れをなした定親は慌てて京から逃亡する。これを文政の政変という。
しかし応仁二年、東軍と西軍の争いが混迷するなか、定親は再び幕臣に返り咲いている。東軍の細川勝元と行動をともにする将軍、義政に呼ばれたのだった。
長く定親と行動をともにした盛定は、つまり東軍側。対して山名一族として宗全と行動をともにしてきた教之、豊之親子は西軍側である。いわば敵対勢力の懐にいるも同然であった。
書状を読み終えた豊之が顔をあげる。
「であえ!」
一言声を発すると、周囲の襖が開き、そこには幾人もの侍が臨戦態勢で控えていた。
「こ奴をひっとらえろ!」
新九郎は身動きするひまもなく、周囲を侍たちに取り囲まれていた。
「……これは、どういう事ですか」
そう口にする間に、新九郎は両脇から侍たちに抱え込まれ完全に身動きがとれなくなった。その新九郎を見て、豊之がにやりと笑った。
「ふん、甘言を弄して我らを東軍側に引き入れようなどと。一族に内部分裂を起こすのは将軍家の常套手段よ。汚い奴らめ」
(父上は寝返りをそそのかしたか)
数人に腕を捕まれたままの新九郎は、事態を察した。
(ーーとなれば、私は生きて帰れぬかもしれぬな)
使者の首をはねて送り返す。そういう返礼も想定された。そういう危険な使者の役目だった。
(父上は……そういう危険の可能性を知りつつ、私を送ったのだ)
悲しい、というより、ふと虚しさがこみ上げた。
「何がおかしい?」
気づかぬうちに、新九郎は苦笑を浮かべていたようだった。
「こ奴、いかがなされますか?」
「とりあえず閉じこめておけ。使い道も色々とあろう」
大垣の問いに、豊之がそう答えた。




