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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
二、蜘蛛
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傀儡写魂之術

完結保証

「貴方は私を斬ることができる。けど、貴方はその後にそれを後悔するでしょう。何か心に引っかかって苛立つようになる……。貴方はそういう人だということです」

 行者は無言で眉をひそめた。新九郎は淡々と話を続けた。

「世の中には二種類の人間がいます。人を信じる者と、人を信じぬ者です。人を信じる者は、人に対する愛おしさを捨てきれない」

「俺は人を信じたりなどしない」

「いいえ。貴方は私を信じて、私に手助けをさせた」

 新九郎の断言に行者は忌々しそうな顔を見せた後、思い返したように冷ややかな笑いを浮かべてみせた。


「何の得にもならぬのに、人を助けようとしているお人好しを利用しようとしただけだ。ーーまあいい、それよりお前に聞きたいことがある。飛丸は中根忠兵衛を襲って得た宝をどうした?」

「唐沢弥五郎という商人の家へと運びましたが。貴方は知らなかったのですね?」

「俺は手下を失った飛丸がすぐに山名家を訪ねるだろうと思い、そちらを見張っていたからな。飛丸の動向に気づいたのは、中根が襲われた後だ」

「貴方はそう言えば飛丸に『不神実(ふじみ)を渡した者を話せ』と言っていた。それが山名家なのですか?」

「恐らくな。この伯耆の国守護の山名豊之、そうでなければ家臣の誰かだ」

 新九郎は目を細めた。

「守護の山名豊之が、盗賊の飛丸を使って己の配下にならぬ民を襲わせた……」

 そんなことが、と思うと同時に、そう考えるとつじつまがあうと新九郎は考えた。


「だがしかし、そのためにあの変化の実を飛丸ごとき盗賊に与えたと? あの力、盗賊に与えるには大に過ぎませんか? あの力をもって逆らうことだって考えうる」

 新九郎の疑問に、行者が答えた。

「一度暗鬼になった者に、不神実を与えればよい。そうすれば化怪鬼(かげき)になっても、鬼家(おや)に逆らうことはできぬからな」

「そういえば貴方は実を胸に刺して変化(へんげ)した。あれは何ですか? 貴方はいったい何者なのです?」

 行者は僅かに口元に笑みを浮かべた。

「あれは化怪流之(かげりゅうの)秘儀(ひぎ)さ」


「化怪流?」

「呪剣道に伝わる秘儀だ。不神実を喰って化怪鬼(かげき)になると、自らも魂命果を欲するようになる。しかも不神実の力を維持するためには、定期的に魂命果を摂らなければならないのだ。そこで実を喰った者が、何をするか判るな?」

「ーー定期的な殺し…」

 新九郎は沈うつな表情で答えた。

「そうだ。そもそも不神実を喰うと、己が欲望を最も優先する獣のような心胆となる。そうなるのを防ぐために、実を喰わずして実の力を利用する方法が研究された。その成果の一つが、お前も食した半化丸だ。あれは不神実の汁を絞り、その他の薬草と練り合わせて作られたものだ。身体は変化しないが暗鬼と戦うくらいの力を得ることができる。しかし化怪鬼(かげき)の力には及ばない。そこで編み出されたのが、喰わずして実を体内に吸収する法、つまり化怪流之秘儀というわけさ。呪剣者は、変化して化怪貌士(かげぼうし)となる」


「……つまり化怪貌士は、化怪鬼と同様の力を持つということですね?」

「いや、化怪貌士は暗鬼を作ることはできないし、魂命果を取り出すこともできない。できるのは、己の変化だけだ」

 新九郎はそこまで聞いて、ふと黙り込んだ。少し考えた後、新九郎は行者に尋ねた。

「今までもずっと、不神実を使って他人を操り、戦を起こしてきた者がいる。その者は己のためにも、定期的に戦を起こす必要がある。……この長きにわたる戦乱の世は、不神の種によって生み出されたものであると……そういう事なのですか?」

「半分はそうだ。が、半分は違うと言えるだろう。不神の種は元からあった人の欲を、ただ大写しに出すだけにすぎぬかもしれない。争いは常に人の心のなかにあり、それが途絶えた試しはない」

「けど、あんなものがなければ、ここまで戦火が広がることも、長引くこともなかったかもしれない」

 行者は新九郎の言葉を聞くと真面目な顔をしていたが、苦笑するように息を吐き出すと新九郎に言った。


「かもしれん。が、そうでないかもしれん。仮の話しをしても詮無いことだ」

「けどそれを仮の話でなくする事が貴方にはできるはずだ。貴方は不神実を回収しようとしているが、それは争いの火種をなくすためなのではないのですか?」

「俺はただ命に従ってるだけさ。そんな大仰な理想などもっておらん」

 新九郎はそううそぶく行者をじっと見つめた。

「さっき貴方は化怪流の秘儀が研究されたと言った。それは何処の勢力なのですか? 貴方は何者なのですか?」

 行者はからかうように微笑を浮かべた。

「それはいずれ判ろう。新九郎といったな、お前に一つ言っておこう。これ以上、この件に首を突っ込めば、いずれ死ぬことになるぞ。この辺で手を引いておくがいい」

 行者はそれだけ言うと新九郎の元から立ち上がり、立ち去る気配を見せた。


「待ってください!」

 新九郎はその背中に声をかけた。

「ーー貴方の名は?」

 行者は立ち止まって少し考えていたが、ゆっくりと振り返った。

移香(いこう)。移り香と書く」

 移香と名乗った行者は不敵な笑みを浮かべると、そのまま去っていった。


 移香と名乗った行者が去ると、新九郎は一人取り残された。

「……立ち去るなら縄くらい解いていってくれればいいものを」

 新九郎は縛られた両手足を動かしてみたが、容易に解けそうにはない。その中で新九郎はふと気づいた。

(腿の傷がふさがっている)

 移香に刺された刀傷が、既に治癒しているのである。

(……これもあの半化丸とかいう薬を飲んでいたせいか。一度、飛丸に殺されたと思った時も、この力で甦ったのだな。…待てよ、行者ーー移香はそれを見越した上で私を傷つけたのか)

 新九郎は独り苦笑すると、息をついた。

「やはり悪い人ではなさそうだ。とはいえ、その言うことに黙って従ってるわけにはいかんがな」

 新九郎を目を閉じて呼吸を整えると、自分の荷物に向かって念じ始めた。


 背負子(しょいこ)を風呂敷で包んだような荷物ががたがたと揺れ始めると、内側から風呂敷に向かって突き出ようとするものがある。それは風呂敷を切り裂くと、外へと飛び出してきた。

 それは木製の蛇の玩具である。

 蛇は小さな目がついているが、それを新九郎へ向けるとその方向へじゃらじゃらと這っていく。その尾には、刃物がついていた。

 蛇は新九郎の傍へ寄ると、縛った縄を切っていった。

傀儡写魂之術(くぐつしゃこんのじゅつ)

 縄が解けると、新九郎は目を開けて立ち上がった。

 傀儡写魂之術とは傀儡術のなかでも最高の術に位置する秘技で、自らの意識を人形に移して操るという究極の技であった。

「さて……山名家を探らねばな」

 新九郎は蛇の玩具を拾うと、移香が去った先を見据えた。


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