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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
二、蜘蛛
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伊勢新九郎盛時

完結保証

 意識を取り戻すと、新九郎は自分が床に転がされていることに気づいた。

 辺りは薄明かりに照らされた、何処かの屋内である。視界の先に、灯火の下で酒を呑んでいる行者の姿を見つけた。

 身体を起こそうとして、自分の両手が後ろ手に縛られていることに新九郎は気づいた。

「よう、気づいたようだな」

 行者がこちらを向く。軽い笑みを口元に浮かべている。

「ここはいったいーーいや、それよりこの縄をほどいてください」

「お前には訊きたいことがある。それに答えたら、放してやろう」

 新九郎は少し考えると、こう言い返した。

「私も貴方に聞きたいことがあります。それを聞いたら、貴方の問いに答えましょう」

「お前の言い分を聞く必要はこちらにはない。命が惜しかったら、こちらの言うことをきくことだ」

 新九郎は行者をじっと見つめた。


 行者は口元から笑みを消すと、酒を呑んでいた杯を置いて新九郎の元へと歩み寄ってきた。

 ふっ、と行者の気配が消える。と、その刹那、抜かれた刀が新九郎の喉元に当てられていた。

「おとなしく言うことをきけ」

 新九郎は黙っていた。不意に腿に激痛が走る。刀が突き立てられていた。

「訊くのはこちら、答えるのがそちらだ」

 激痛が走るなかを新九郎は歯を食いしばって耐えた。

 新九郎は目線を上げ、行者を見据えた。

「……何を恐れることがあろう」

「なんだと?」

「聞かせてまずい事があるなら、話した後で私を殺せばいいだけのこと。だが私は貴方から話しを聞くまで、何も話すつもりはない」


 新九郎の言葉に行者は少し目を丸くすると、息をついて苦笑した。

「呆れた強情さだ。ーーフン。で、何を聞きたい?」

「貴方は……何者ですか? 修験者(しゅげんじゃ)なのですか・」

 行者は新九郎の顔を見つめると、静かに答えた。

「修験者ではない。(じゅ)剣者(けんじゃ)……と我らは言っている」

 新九郎は眼を細めた。

「呪剣者というからには、呪剣道というものがあるのでしょう。その呪剣道に、あの化け物の実とが関係しているのですか?」

 行者は新九郎の腿から刀を抜くと、傍らに座り込んだ。懐から紫の実を取り出す。


「『不神(ふしん)の種』というものがあってな、それが育つと『化怪之樹(かげのき)』というものになり、それが実をつける。その実がこれで、これを不神実(ふじみ)という。これを喰らうと化け物に変化できるようになる。その化け物を『化怪鬼(かげき)』と呼んでいる」

「飛丸がそうだったわけですね。じゃあ、手下の変化は何です?」

化怪鬼(かげき)は自ら『()(しん)の種』を捲き、他人に宿らせることができる。この種を植え付けられ、人の命から取り出す『魂命果』を喰らうとその者は『暗鬼(あんき)』となる。化怪鬼は死んだ直後の者から魂命果を作り出せるが、暗鬼はそれを異常に欲するようになる。その力を使って、化怪鬼は暗鬼を従えることができるようになるのだ。

 ーーそうだ、お前は飛丸の仲間に入ったはずだな。擬身の種を植え付けられたろう。何故、暗鬼にならなかった。お前は魂命果を食べなかったのか?」

 行者の問いに、新九郎は神妙な面もちで答えた。


「私も異常にあの赤黒い実が食べたかった。だが、私の目の前でくびり殺された娘の命を、食ってはならぬものと感じて堪えたのです」

「フフ、大した心の強さだ。それは並の人間のもてる意志ではない、何か密命を帯びているのだろう。お前は、何処の手の者だ? 俺はお前の問いに答えた。今度はお前に答えてもらおう」

 行者は愉快そうな表情で新九郎を見つめた。新九郎は倒れた身体を起こして座り直すと、真っ直ぐに背筋を伸ばし行者を見つめ返した。

「私は幕府申次衆、伊勢盛定が一子、伊勢新九郎盛時です」


 申次衆というのは各地の守護を将軍に取り次ぐ役職である。その役職上、守護に大きな影響力を持つため、幕臣として大きな力を持つ存在であった。

「なるほど申次衆の手の者か。いったい何を探りにきた?」

「昨今では守護より、在地の守護代や国人が力をつけてきている。伯耆では何か動きがあるようだから探ってこい、というのが命でした」

 それは応仁期の全国的な流れであった。

 京の都で始まった戦のために、守護たちは守護代や国人に命じて各地から兵を呼び寄せた。しかし戦は長期化し、兵も民も疲弊する。京に居座る守護をよそに、地元で力をつけた守護代が国を乗っ取るような動きもあり、戦局は混迷化していた。それは京を中心とした古い体制の、崩壊の前触れでもあった。


 行者は軽い笑いを浮かべた。

「新たな動きに幕府の中心部も怯えつつあるというわけか、無理もない。しかしそれは別として、なぜ実子のお前が傀儡子などやって探索をしている?」

「私は庶子で次男です。父は私のことを手駒の一つとしか思ってない。私が死んだところで毛ほどの痛みも感じぬ。私の価値など……その程度のものです」

 新九郎はそう言うと、軽く目を伏せた。

(そうだ……私の命など、露ほどの価値もない)

「お前はそうやって己の命を軽んじている。が、それなら何故、あの里を助けようとした? この応仁の大乱が続く世にあって、人の命などごく軽いものだ。あの里の者にしたところで、お前にとって赤の他人であろう。それとも、あの娘にでも惚れたか?」

 少しからかうような響きを含む行者の声に、新九郎は静かに視線を向けた。


「それなら……何故、貴方こそあの里を助けたのです?」

「俺は里を助けたりなどしない。俺の狙いは飛丸から不神実(ふじみ)を奪うこと。それだけだ」

 行者の物言いに、新九郎はさらに言葉を重ねた。

「貴方は嘘をついている」

 すっ、と行者の顔から笑いが消えた。

「何?」


「貴方は最初に会った山中でも私を助けようとした。そして今度も。貴方は自分が思ってるほど無慈悲な人間ではない」

 新九郎の言葉を受けて、行者は苛立ったように刀身を新九郎の首筋にあてた。

「勘違いするなよ、俺は必要ならば善人も女子供も殺すし、お前を今すぐ斬るくらいわけはない」

「ならば、そうしたらどうですか」

 新九郎は静かにそう言うと、行者を見つめた。

「できないとでも思っているのか?」

「いいえ。貴方はできるでしょう」

 行者は不審な顔をした。

「お前、いったい何を考えている?」


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