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陰流呪剣行  作者: 佐藤遼空
二、蜘蛛
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半化丸

「何を急にーーあなた一人の力で充分でしょう」

「これほど数が多くてはかなわん。飛丸をやれば手下どもは元に戻る。少し手下どもを足止めしてくれ」

「こんな化け物ども相手に、私に何かできるとでも?」

「これを飲め」

 行者蜘蛛は、懐から何かを取り出すと新九郎に放ってよこした。新九郎が受け取ると、それは緑灰色の丸薬であった。

「これは?」

半化(はんげ)(がん)だ。変化はしないが力が増す。見ていただろ?」

 新九郎は人形峠で行者と初めて出会った時のことを思い出した。


(あの時、行者が飲んだものか。しかし何故、私に?)

 新九郎は行者の真意を計りかねて肩越しに行者を見た。

「どうした? お前はこの村の者たちを救いたいんじゃなかったのか? ここで飛丸たちを潰さねば、この村は全滅だ」

 そう言うと行者蜘蛛は石を一つ払い落とし、新九郎の方を振り返ってその赤く光る眼を細めてみせた。その変化の姿は依然として不気味ではあったが、間違いなくあの行者の顔を思い出させた。新九郎は意を決した。

(ままよーー)

 新九郎は丸薬を飲み込んだ。


 すぐに、身体全体が燃えるように熱くなり始めた。

「むっーーウ、ウゥ……」

 心の臓が早鐘を打つように鳴り出し、手足の先に熱が宿りだす。その満ち溢れる力感に、新九郎の喉から咆哮が迸った。

 月夜を見上げた。

(明るい)

 僅かに月光を頼りにしていた夜目が、嘘のように辺りを見渡せる。ほとんど昼間と変わらないその視界に、新九郎は驚いた。


「これがーーこの薬の力か」

「おう、なら手下どもの足止めを頼むぞ」

 行者蜘蛛はそう言い捨てると、新九郎の背中から飛び出した。それに追いすがるように、飛蝗どもが木陰から飛び出す。

「させるか」

 新九郎は跳躍して、その追いすがる飛蝗の背を杖で打った。自分でも考えられないほどの跳躍力であり、怪力であった。

(これほどのものか)


 内心の驚きとは別に、新九郎の神経は澄みきっていた。次々に飛んでくる飛蝗たちを、新九郎は打ち据え、紐で巻きとり地面に叩きつけた。

 しかし数は多く、何体かは行者の後を追う。新九郎が目で追うと、鉈で切りつけようとした飛蝗を、行者蜘蛛が一刀両断にしていた。

「ーーもう一度言うぞ。お前に宿る不神実(ふじみ)を吐き出し、お前にそれを渡した者を教えるなら、お前をここで殺さないでおいてやろう」

 行者蜘蛛は刀についた血糊を振って落としながら、飛丸に向かって言い放った。飛丸が叫ぶ。

「ほざけ、蜘蛛ふぜいが!」

 飛丸は跳躍すると、行者蜘蛛の頭上を飛び背後の樹を蹴る。その反動でさらに頭上を飛び、右斜め前の樹を蹴る。そうやって飛丸は行者の頭上を眼にも止まらぬ速さで飛び回った。

 飛びながら枝を切り落とし、飛丸はそれを頭上から振りかける。山中の戦いの再現であった。


 右斜め後ろから飛蝗が切りかかる。行者蜘蛛は身体を回転させてそれをかわすと、横を抜ける飛丸の身体を切り上げた。

 どさり、と飛蝗が崩れ落ちる。その胴体は完全に二分されていた。

「ば…馬鹿な……この俺がやられるなんて…」

 上半身だけになった飛蝗が、口から血を流しながら呻いた。飛蝗の顔がみるみるうちに人間のものになっていく。

 飛丸は急に顔を歪ませると、大きく口を開いた。

 その口から、開口部以上の大きさの紫の実が現れる。飛丸はその実を吐き出すと、眼を見開いたまま動きを止めた。


 不意に、新九郎が相手をしていた飛蝗顔の手下がうめき声をあげた。地面に崩れると、その姿が人のものへと戻っていく。他の多くの手下たちも、同じように姿が戻っていった。

 その中に玄太と八作の姿を見つけ、新九郎は駆け寄った。

「二人とも、大丈夫か?」

 赤ら顔の八作とごま塩の玄太は、顔を見合わせてポカンとした。

「誰だ、おめぇ?」

「それに……此処は何処だ? 俺たち何してたんだ?」

(覚えておらぬのか。それと同時に、傀儡操心之術の効き目がきれたか)

 新九郎は起きた事態を理解すると、二人に言った。

「二人とも、盗賊なんて真似はやめて真面目に働くんだ。そうでないとーーあそこにいる飛丸が慣れの果てだぞ」

 新九郎はまっ二つになって地面に転がっている飛丸を指さした。玄太と八作は無惨な姿になった飛丸を見ると、震え上がって駆け出していった。


 走り去る二人を見送っていると、横から行者蜘蛛が近づいてきた。歩きながらその姿が、蜘蛛から行者へと戻っていく。新九郎は相好を崩すと声をかけた。

「行者どの、危ないところで助けられたようーー」

 その言葉の途中で、新九郎は突然の重い衝撃に息を詰まらせた。近づいてきた行者が、新九郎のみぞおちに拳を撃ち込んでいたのだった。

「う……」

 突然のことに何の反応もできなかった新九郎は、そのまま意識を失った。


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