偽聖女として処刑されそうになったら魔王が覚醒しました
寝た子を起こすな
私は何も言っていない。
「ミラ。お前は自分が聖女だと偽り多くの者を騙した。それは許される事ではない」
王子が糾弾する。
ミラは王子の命令によって牢屋に入れられて、街の広場に連れて行かれて柱に磔にされてこんな罪状を声高らかに告げられるが、
「そんな事してません……」
聖女だなんて言ってない。田舎の村で暮らしていただけなのにいきなり国の騎士が訪れて聖女だと言って連れてきただけなのに。
「聖女だから王子である俺の妻に相応しいと豪語して、婚約者に収まろうとした事も許されるべきではない!!」
望んでいない。偉い人に言われて断れるわけないのに王子に睨まれて馬鹿にされてどうしてこんな目に合うのといつも泣いていた。
故郷に……村に帰りたかった。
聖女じゃないと言っているのに聞いてくれない人たち。
分からない事があって尋ねると”貴族のジョーシキ“なのにとひそひそ笑いをして教えてくれずに去っていく人たち。
望んでいないのに王子の婚約者になった事でいろいろ言われる中傷。嘲笑。
私の事が気に入らないのなら帰してと出て行こうとしたら恥知らずだとか恩知らずだとか言ってくる神殿の人々。
で、聖女じゃないと言ってきたのに私が言いふらしていたとばかりに責め立てて、処刑しようとする。
(なんで……なんで私がこんな目に……)
ただ故郷に帰りたいだけなのに。
(アーちゃん……)
「アーちゃん……会いたいよぉ……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を愉快そうに笑う人々。石を投げてくる人たち。
もうやだ!!
「――くるのが遅れてごめんね。ミラ」
声がすぐそこでしたと思ったら目の前に幼馴染のアーちゃん――アデライトが宙に浮かんでいる。
「えっ……?」
宙・に・浮・い・て・い・る。
「なっ、何だ!? お前はっ⁉」
王子が叫ぶと共に我に返った兵士がアーちゃんを攻撃しようとする。
「煩いなぁ~」
だが、アーちゃんはお構いなしとばかりにそっと手で払う。
それだけ、たったそれだけで攻撃しようとした兵士全員身体が何かによって押さえつけられたように動かなくなった。
「さて、ミラ。遅くなったけど迎えに来たよ。――帰ろう」
磔にされていた身体の縄がすべて断ち切れる。石で傷になった場所はそっとアーちゃんが撫でただけで治っていく。
「へへっ。村にいた時とおんなじだね」
つい笑ってしまう。
「そう。おんなじ。ミラがいないと怪我も病気も治せない力だよ」
でも、この力があったからミラを迎えに来れたよとアーちゃんも同じように笑った。
アーちゃんは魔法使いだ。
強い魔力を持っていて、魔力が暴走すると何かを壊してしまう事があった。
『ミラ。僕って、変なのかな~』
アーちゃんはいつも泣いていた。だから、
『じゃあ、アーちゃんの力を誰かの役に立てる使い方にしよう』
と声かけたらアーちゃんは嬉しそうに笑った。
アーちゃんの魔力で物を壊してしまうのなら、老朽化で壊れた柵を撤去するのにアーちゃんが粉々に砕き、薪にして、新しい柵を作るためにちょうどいい木を切り落として柵の形に魔力をコントロールする。
年寄りが多かったからアーちゃんが手伝ってくれるとみんな大助かりだった。
また、アーちゃんと私が手を繋いだ状態でいると病気や怪我を治す事が出来て、二人で居れば何でもできると笑い合った。
でも。
「ミラが聖女だからと村から連れ去って、ミラが偽聖女だからと処刑される事になったと連絡があったからそんな輩にミラを任せちゃいけなかったとお爺たちも怒っているよ」
ごめんね。
と謝ってくるアーちゃんの腕の中に納まり、
「ううん。ありがとう。来てくれて」
嬉しくて笑いつつも涙が出てしまう。そう、嬉しいのに怖くて辛かった。
「ごめんね。――さて」
強く抱きしめられながら、アーちゃんはこの場所に集まっているすべての人々に一瞥する。
「愚かな事をして、何もしなければ無事だったのに」
アーちゃんはその場にいる全員の足元に不気味な黒い生き物を発生させる。
「ミラを苦しめた報いを受けてもらおう。まあ、ミラにした分を返すだけだからすぐ終わる者は終わるだろうな」
と親切に教えると同に抱きしめたまま転移する。
転移酔いもなく、さっきまでの憎悪で気分悪くなりそうだった場所から一転、長閑な風景が広がっており、
「ミラ!!」
「ミラちゃん!!」
私に気付いたお爺ちゃんおばあちゃん達がよろよろと杖を突きながら向かってくる。
その懐かしい姿に涙を流したままアーちゃんから離れて、走り出していった。
さて、私の聖女うんぬんの事だが。
「司祭様……聖女ミラはまさしく聖女でした。彼女は魔王になるはずだった魂を人の中で暮らしやすいように抑えて、導いていました……そう、偽聖女と宣言しなければ覚醒しなかったと預言が……」
事の始まりは、預言を受けた聖職者が預言の報告をしたのを別の司祭が中途半端に聞いていて、自分の出世のために聖女を連れてくるように命じた事で、そこで政治的な諸々が重なり王子の婚約者になった。
で、その連れだした司祭と王子。陰口を吐いていた貴族たちはいまだ広場で黒い物体に足を掴まれて地面の中に連れ込まれようとしている。
で、広場に見に来させられた石を投げていない者たち、陰口も叩かずさり気なくミラを助けていた人たちはあっさり解放された。
あっさり助けられた人々はいまだ苦しむ人々を横目に聖女ミラとその幼馴染の住む村には一切手出しをしない事として、強く誓ったのだった。
で、村に戻ってすぐ私はアーちゃんと結婚式を行った。
聖女だと言われて連れて行かれなかったら結婚するつもりだったのだ。
「これでもう誰にもミラを奪われないね」
と私の隣で魔王は嬉しそうに笑ったのだった。




