赤ずきん 其の四
あたし、森に棲む狼。
みんなからは「悪い狼」なんて言われるけど、別にあたしは悪いことをしてるつもりはないのよ。だって、生きて行くためには、狼だってごはんを食べる必要があるじゃない? そのためには、かわいそうだけど森のうさぎさん達や他の小動物のみなさんにごはんになってもらわないと、あたしだって困るんだもん。
そりゃあ、ベジタリアンになれれば、それが一番かしらって思うけど……。
いいもん。こうなったら「ワルのカンバン」を背負って生きて行くんだもーん、だ。
今日はいい天気。お散歩するのにいいわよね。わ、かわいいお花が咲いてる~。
花冠なんかを作り、それを頭に乗せてちょっと鼻歌なんか歌いながら歩いていると……あ、向こうから誰か来る。あの赤い衣装は……。
「きゃっ」
あたし、その姿を見て思わず木の陰に隠れちゃった。だって、こっちへ向かって来たのは、赤ずきんさんなんだもん。いつ見てもステキよねぇ……。憧れちゃう。
どこ行くのかしら。ちょっとついてってみよっかな。そうしよっと。
こっちの方向って、確か赤ずきんさんのおばあさんが住んでる家があるんじゃなかったかしら。
ってことは、おばあさんに何か持って行くのね。あのカゴから何だかいい匂いがする。あ、焼きたてのパンね。カゴから少し見えてるのは、瓶の先かしら。きっとワインね。赤ずきんさん、強いって聞いたことがあるけど……おばあさんと一緒に飲むのかしら。
あーん、赤ずきんさんって足が長いし、歩くのがはやーい。あたし、小走りになっちゃうじゃない。
どきっ。
足音が聞こえたのかしら。赤ずきんさんが振り返った。でも、ぎりぎりで隠れられたから、たぶんあたしの姿は見えてないと思うけど。
ううん、いっそのこと、見えてた方がよかったかも。そうしたら、あたしのことに気付いてもらえるのにな。
あ、また歩き出した。置いて行かれないように追い掛けなきゃ。
あたし、尾行がヘタだから、よくエモノに逃げられたりするのよね。だから、やせてるし……こんな狼をつかまえて「悪い狼」なんて、ひどいわよねぇ。あたしより悪い狼なんて、もっとたっくさんいるのに。
「あ、あれ?」
一生懸命追い掛けてたつもりなのに、赤ずきんさんを見失っちゃった。
えー、どこへ行ったのぉ、赤ずきんさーん。それに、ここって……どこなのぉ? やだ、森に棲んでる狼なのに、あたしったら森で迷子になっちゃった?
「ふぇ……」
赤ずきんさんがいなくなって淋しいのと、迷子になって悲しいのとで、涙が出てきちゃった。あたし、これからどうしよう……。
その時、がさっと音がして、あたしはびくっとする。あたし、絶対狼に生まれたのって大失敗だわ。
「あ……」
音のした方を見て、あたしは呆然となった。
「お前か、さっきからずっとついて来てたのは。何か気配がすると思ったんだ」
そこにいたのは、赤ずきんさんだった。
それより、尾行がバレバレじゃない。やだぁ、恥ずかしい。だから、エモノに逃げられるのよ。
あぁ、でもでも、それよりも。
あたし、赤ずきんさんと真っ正面の位置にいるじゃない。差し向かいって言うのかしら。うっそぉ。こんなシチュエイション、想像したこともなかったよぉ~。ど、どうしたらいいのかしら。
「ずいぶん小さい狼だな。まだガキか。……腹が減ってるのか?」
あたしなんかより、赤ずきんさんの方がずっと狼に向いてるような気がする。
「え……えっと……」
赤ずきんさんは、あたしがパンの匂いに誘われてついて来た、と思ってるみたい。
確かにお腹は空いてるけど。でも、こうして赤ずきんさんに話しかけられて、胸はいっぱいよ。
「一緒に来るか? もうすぐばあちゃんの家だから、そこでちょっとパンを分けてもらってやるから」
「ほんとっ?」
ああん、あたしってば、色気より食い気な訳? つい反応してしまった自分がうらめしいわ。
だけど、これだとまだしばらくは赤ずきんさんと一緒にいてもいいってことよね。しかも隣を歩いても全然おかしくない! きゃー、どうしよう。恥ずかしい。
どきどきしながらも、あたしは赤ずきんさんの隣を歩き、おばあさんの家へと一緒に向かった。
ずっとこうして赤ずきんさんの隣を歩いていられるなら、もうおばあさんの家へ着かなくてもいいわっ。





