織姫と彦星
「新人リポーターのアリスだよっ。今日は織姫さんの所へ来てまーす。目の前には海とみまごうばかりの天の川。地上から見るのもいいけど、こうして目の前に広がってる天の川もすごいよね。さて、こちらにいるのが、織姫さん。こんにちは」
「こんにちはー」
「忙しいところをごめんね」
「いえ、いいのよ。機織りも一段落して、今はそんなに忙しい時期じゃないの」
「そうなんだ。えーと、織姫さんの彼氏について聞きたいんだけど」
「彦星のこと? やーん、恥ずかしいー」
「赤くなっちゃって、かわいいね。えーと、織姫さんとその彦星さんって、一年に一度しか会えないって話は有名だけど」
「ええ、そうよ。七夕の日だけね。一日なんて、あっという間よ。ここじゃ、地上みたいに映画とかに行くってこともできないし、遠出もできないわ。お泊まりなんて、もってのほか……やん、何言わせるのよぉ」
「別にあたしが言わせた訳じゃ……」
「だけど、こう見えてあたし達、地上では夫婦だったんだから」
「え? じゃ、どうして別れちゃったの?」
「あたしの羽衣が見付かっちゃったから。見付からなかったら、ずっと地上で夫婦できてたんだけどな。羽衣がきれいだったのと、あたしを手に入れたいからって彼が羽衣を隠したの。あたしは天界へ帰れなくなって彦星と夫婦になった訳なんだけど、どうせ隠すならあたしに絶対見付からないように隠しておいてほしかったわ」
「羽衣が見付かったから、帰っちゃったの?」
「だって、掟なんだもん。今なら、掟が何よって言えるんだけどね。その頃はあたしも従順だったから。それから色々あって、一年に一度だけの逢瀬になったの」
「そうなんだ。一日だけなんて淋しいよね」
「あら、そうでもないわよ」
「え? だって、一年に一度だけしか会えないんでしょ?」
「確かに、彼と直接に会えるのは一年に一度。でも、顔はいつでも見られるもの」
「な、何で? どうやって? あ、写真とか……」
「違うわ。これよ」
「これって……もしかして、テレビ電話?」
「ピンポーン。文明って言うか、技術ってすごいわよね。離れた相手の声だけでもすごいと思ってたのに、顔まで見られるようになったんだから。触れられないけど、顔が見えるだけ淋しさも紛らわせられるわ。昔は本当に一年に一度だけだったのが、声だけならいつでも聞けるようになって、今ではさらに顔も見られて。これ、銀河電話だから今までの通話料と変わらずにかけられて、遠距離恋愛の強い味方よ」
「な、なるほどね。これで毎日話してるんだ」
「そうなの。彼、何してるかしら。かけてみよっと」
「当然ながら、短縮ボタンに設定されてるね。あ、これが彦星さん?」
「そうよ。もしもーし、織姫よ」
「ああ……どうしたんだ? いつもかけてくる時間じゃないのに」
「うん、今日はリポーターさんが来てるの。だから、いつもの時間じゃないけど、かけちゃった」
「ども。こんにちは。リポーターのアリスです」
「あ、どうも。何をリポートするんだ?」
「遠距離恋愛特集をしようってことになって、ここはやっぱり有名なこのカップルにってことで」
「ふぅん。けど、みんなが知ってること以外、これと言って情報はないぜ」
「まぁ、そうおっしゃらずに。デバガメですけど、お二方が年に一度の逢瀬で何を語ってるのかとか、そこんところを聞かせてもらえると」
「って言ってもなぁ」
「彦星さん。お食事の用意ができましたよ」
「……ちょっと。今チラッと映った黒髪の女性、誰よ」
「え? あ、いや、あれは……」
「あらら……。もしかしなくても、最悪のタイミング?」
「賄いをしてくれてるお手伝いさんだ」
「まーかーなーいー? この前の七夕でも、そんなことは一言も言わなかったじゃない」
「それは……」
「おばさんならまだしも、どうして若い女性なのよっ。あたしって妻がありながらっ」
「だから、それは……」
「だいたい、一年に一度しか会えなくなったのは、あなたのせいなのよ。わかってるのっ? パパに命令されたウリ畑の番をしたら、あたし達の仲をちゃんと認めてもらえるはずだったのに。のどが渇いたからってあなたがウリに手を出したからじゃない。あたしがあれだけウリに手を出しちゃダメって警告してたのに。だから、ウリから水があふれて天の川になって……ああ、もうっ。信じらんないっ」
「お、落ち着け、織姫」
「何よぉ。気安く織姫なんて呼ばないでよっ。知らないっ」
「俺の話も聞けってば」
「ひどいわ。あたしがそっちへ乗り込めないのをいいことに、別の女を引き込んで」
「頼むから、俺の話を聞いてくれ」
「えーと……どうやらあたしも最悪のタイミングでリポートに来たみたい。これ以上、中継は無理そうだから、また次回ってことで。……こうやって文明は、人類その他を滅ぼしていくのかなぁ」





