人魚姫
嵐に遭って難破してしまった船から王子様を助けた人魚姫は、一目でその王子様を好きになってしまいました。
ですが、魚のシッポしかない人魚姫は、王子様と一緒に歩くことができません。
なので、海の底に棲む魔女に足の生える薬をもらいに行きました。
「陸に上がるの? やめた方がいいんじゃない? 海の方が身体も軽いし、楽だよ」
「そんなことは百も承知だ。いいから、このシッポが足になる薬をくれ」
「はいはい」
「返事は一回でいいっ」
「は、はいっ」
人魚姫に叱られ、どきどきしながら魔女は棚から薬の瓶を取り出しました。
「じゃあ、これね」
魔女はかなり毒々しい色の薬が入った瓶を、人魚姫の方へ差し出しました。
「ずいぶんとひどい色をしているが、賞味期限は過ぎてないだろうな」
「これはこういう色だよ。足が欲しい、なんて言う人魚はあまりいないから、多少は古くなってると思うけどさ。だいぶ前に作り置きしたものだし」
「古くなってると『思う』だと~?」
人魚姫は魔女に詰め寄りました。
「貴様、作者さえ製造年月日がわからないような古い薬を我輩に飲ませて、万が一にでも副作用が出たりしたら、どう責任を取るつもりだ」
「え、あ、いや、その……副作用は出ないはずだよ」
「はず?」
「え、えっと、で、出ません」
「本当だろうな」
人魚姫はさらに魔女へと詰め寄りました。
「これでも魔女なんだから、そんな失敗しないよ」
魔女は必死に反論しました。
「ふん。そこまで言うのなら、これをもらって行く」
人魚姫は薬の瓶を手に取りました。
「あの~、代償なんだけど」
「ん? ああ、そうだったな。いくらだ」
「えーと、その声を代償に」
「何だとっ!!」
人魚姫は鬼のような形相で魔女に詰め寄りました。
「貴様、我輩がこれから何をしに行くか、わかっているのだろうな。王子をたぶらか……じゃない、口説き、結婚するためだぞ。なのに、声を取られてしまっては口説くことができなくなってしまうではないか」
「で、でも……あの、システムでそうなってるし」
「何がシステムだ。そんな型にはまった魔女生を歩んでどうする。もっと融通が利くよう、頭を柔らかくしろ」
「あの、声がなくてもその色気があれば、王子はたぶらかせると思うよ」
笑顔を何とか張り付けて、魔女は人魚姫をなだめようとしました。
「当たり前だ。だが、この美声も必要だ。配下の者共に我輩の歌を聴かせ、我々の結婚に異議申し立てができないよう、洗脳しなくてはならんからな」
人魚姫の計画は、かなり先まで練られているようでした。
「だいたい、この薬はいつ調合したかもわからん程、古い物なのだろう? そんな薬を押し付けておいて、その代償に我輩の美声を要求するとは、ぼったくりもいいところだ」
「別にぼったくっては……」
「これでは明らかに我輩の方が不利ではないか」
そうかなぁ、とは思いましたが、人魚姫が怖いので、魔女は黙っていました。
「どうしても声をよこせと言うなら、消費者センターに訴えてやる」
「もういいです。持って行ってください……」
半泣きになりながら、魔女はそう言いました。
「ん? そうか。なんだ、貴様も話せばわかる魔女ではないか。では、ありがたくもらって行くぞ」
薬を持って、人魚姫は魔女の住処から出て行きました。
その後、魔女は二度と人魚を相手に商売するのはやめようと心に誓いました。
めでたしめでたし。