おいてけ堀
魚を釣って帰ろうとすると「おいてけ~」と声がする、という噂のある堀がありました。
「おいてけ堀」と呼ばれるようになったその場所では、どんなにたくさん魚が釣れても声がした途端、誰もが釣った魚を置いて逃げ帰るのでした。
ある日、男がおいてけ堀の話を聞き、どういう感じなのかなー、と試しに行くことにしました。
堀に着いて釣り糸を垂らすと、魚がどんどん釣れます。
時間を忘れて魚を釣り、気が付くと空はかなり暗くなっていました。
「そろそろ帰ろうかな」
男が釣った魚を持ち、帰ろうとした時です。
「おいてけ~」
とても低い声がしました。周りを見回しても、誰もいません。
「これが噂の声かぁ。低音のいい響きしてますなぁ」
しかし、声だけで誰も現われないので、男は気にしないで帰ろうとしました。
すると、
「おいてけ~」
と、何度も声が繰り返します。
「そうか。これだけしつこく言われるから、みんな魚を置いて帰るのかな」
置いて帰る理由がちょっと違うのですが、とにかく男はやっぱり気にしないで帰ろうとしました。
「これだけ言ってるのに、まだわからんのか~!」
違うセリフと同時に、おじさんが現われました。
「それだけ魚を釣っておいて、ただで帰るつもりかっ。魚が欲しければ、金をおいてけ」
「え……お金?」
「ここはわしの堀だ。それなのに、わしの許可も得ずに魚を釣りおって。魚が欲しいなら金をおいてけ。金がないなら、魚をおいてけ」
「はぁ……。あ、じゃあ、今はあまり持ち合わせがないから、魚は半分ってことで」
男はお金をおじさんに払いました。
「まったく。近頃の奴らときたら、勝手に魚を釣って持ち帰ろうとするわ、おいてけと言えば魚を放ったままで帰りおるわ……なっとらん」
おじさんの言い方にも問題があるんじゃないのかな、と思った男でしたが、黙っておきました。
「おいてけ堀」が有料釣り堀とわかった夜のお話でした。
めでたしめでたし。