赤ずきん 其の三
「我が輩はリポーターの一休である。本日は、赤ずきんちゃんと呼ばれる小娘が祖母に焼きたてのパンとワインを持って行くまでの行程をリポートするというものである。……で、貴様が赤ずきんか」
「そうよ」
「目上の者に向かって口をきく時は『そうです』と言え」
「え……そ、そうです」
「よし。で、それが持参品の入っているカゴか」
「うん、そう……じゃないや、そうです」
「中身は何だ?」
「えっと……お母さんが焼いた……」
「ちょっと待て」
「え?」
「身内のことを他者に話す時は『お母さん』ではなく『母』だ」
「は、はい……。母が焼いたパンと、今年採れたぶどうで造ったワインです」
「なるほど。それを持って行くのだな」
「うん」
「うん?」
「あ……はい。これを森に住んでるおばあ……じゃない、祖母に持って行きます」
「そうか。祖母の家にはよく行くのか?」
「よくって程ではないけど、時々行きます」
「それは一人で行くのか?」
「んー、そうですね。たまに母と一緒の時もあります」
「なるほど。しかし、この森は地図で見るとかなり広いな。道に迷ったり、危ない目に遭ったことはないのか?」
「以前、狼に狙われたことがあったけど、猟師さんに助けてもらいました」
「このような森なら、狼の一匹や二匹いてもおかしくはないな。……ちょっと待て」
「え? また何かおかしな言い方しました?」
「いや、そうではない。戻るぞ」
「ええっ。どうして戻るの。まだ着いてないのに。せっかくのパンだって……」
「パンどころではない。お前の母親に話がある」
「お母さんに? どうしてよ。あーあ、帰って来ちゃった」
「いいから、母親を呼べ」
「はーい。お母さーん」
「あれ、どうしたの? おばあちゃんの所へ行ったんじゃないの?」
「えっと……このリポーターさんがお母さんに話があるって」
「そうなの? 話って?」
「今一緒に森の中を歩いていて思ったのだが、娘に愛情はあるのか?」
「は? ずいぶん唐突な質問だけど……。そりゃ、大切な我が子ですから」
「では、なぜ一人で森へ行かせる。聞いた話では、狼につけ狙われたこともあるそうではないか。そんなことがありながら、なおも森へ行かせるとは子どもに愛情がないと思われても仕方ないのではないか?」
「はあ……。でも、たまには食糧調達してあげないと、うちの母も困るだろうし」
「それだ」
「それ?」
「年寄りをなぜ森の中に住まわせるのだ。年を取れば、若い時とは違って身体の自由もきかなくなる。万が一倒れても、ご近所さんもいないあんな森の中では、助けを呼ぶこともできないではないか。母か姑か知らんが、年寄りを森の中へ住まわせ、さらには自分の娘を道中危険な森へ使いに出すなど、世間が聞いたらどう思う? 冷酷非情な鬼嫁・鬼母と呼ばれるぞ」
「そんなひどいことをしてるつもりは……」
「だったら、そのおばあさんをこの家へ呼んだらどうだ。それなら、食糧を運ぶ手間も、娘を危険な森へ差し向ける必要もなくなるだろう」
「それは……まぁ、そうですね」
「同居が無理なら、別の場所に家を建てるという方法もある。森では狼だけでなく、熊と出遭うこともあるのだぞ。今時の熊は、逃げろと言っておきながらイヤリングを落としただけでついて来たりするから、あなどれん。歌って踊るくらいで終わればいいが、興奮した熊に頭から喰われんとも限らんからな。まぁ、ここの一家がそれを望んでいるのなら、これ以上余計なことは言わないが」
「まさかっ。あの森は姥捨て山じゃないんだから」
「では、同居するのか?」
「えーと……夫と相談して、前向きに善処します」
「そうか。では、我輩のリポートはここまでだ。通常番組に戻るがいい」
なぜ彼がリポーターなのか、ということは気にしないでください。