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里に立って言えば千の口(短編集)  作者: 碧衣 奈美


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牛若丸 其の二

 強引な刀集めを趣味にしている弁慶は、記念すべき千本目に達するとあってごきげんでした。

 獲物が飛び込んで来るのを橋で待っていると、どこからか笛の音が聞こえて来ました。

 弁慶が待っていると、暗がりの中に一つの人影が浮かびました。

 現われたのは少年でしたが、弁慶は構わずに言いました。


「待て。この橋を渡りたければ、その腰に差した刀を置いて行け」

「え、ここっておいてけ堀?」

「違うっ。あれは釣った魚を置いて行けって言ってんだ」

「あ、そうか。じゃ、あたし、真ん中を通ります。それでいいですか?」

「それは一休って小坊主の話だろ。あっちこっちの話をミックスするな」

「ダメですか。穏やかにお話ができればって思ったんですけど」

 少年は困ったように苦笑いしました。


 弁慶はどうもペースが狂わされましたが、気を取り直して名乗りをあげました。

「俺は武蔵坊弁慶。お前の刀を千本目として頂戴する」

「えーと、あたしは牛若丸って言います。この刀は取られると困るんで、お断りします」

「……なめとんか。断っても、俺はもらうって言ってんだ」

 弁慶は長刀(なぎなた)を振り回して、牛若丸に襲いかかりました。

 しかし、牛若丸はその凶刃をかわすと、橋の欄干に飛び乗りました。

「くそっ、身軽な奴……って、おいっ」

「きゃああっ」

 欄干に乗ったまではよかったのですが、牛若丸はバランスを崩してしまいました。

 弁慶が手を伸ばしましたが一瞬遅く、牛若丸は五条大橋から鴨川へ落ちてしまいました。

「何なんだよ、あのガキは。ったく……」


 放っておけず、弁慶も鴨川へ飛び込みました。牛若丸を掴まえると、弁慶は何とか岸に上がりました。

「お前なぁ、飛び退()くのはいいけど、場所ってもんを考えろよ。あんな下駄をはいて幅の狭い欄干に飛び乗るなんて、危ないだろっ。中国雑伎団じゃあるまいし」

「ご、ごめんなさ~い。鞍馬にいた時は、もう少し上手にできたんだけど」

「山ン中と都会を一緒にするな、この世間知らず。ったく、見ていられないな。えーい、俺が鍛え直してやるっ」

 こうして、弁慶は牛若丸と出会い、死が二人を分かつまで戦乱の時代を生きたのでした。

 めでたしめでたし。

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