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里に立って言えば千の口(短編集)  作者: 碧衣 奈美


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赤ずきん 其の二

 狼は赤ずきんが来ることを知って、おばあさんの家へ先回りしました。

 おばあさんは留守だったので、狼はおばあさんのベッドにもぐり込みました。

 おばあさんが寝込んでいると思った赤ずきんが近付いて来たら、そのまま押し倒すつもりです。


 やがて、赤ずきんがやって来ました。

「こんにちは、おばあさん。赤ずきんよ」

「ああ……赤ずきんかい」

 狼はバレないよう、ベッドの中でくぐもった声で答えました。

「どうしたの、おばあさん。具合が悪いの?」

「ああ、ちょっと風邪をひいたみたいでね」

 言いながら、狼は赤ずきんが近付いて来るのに備えてスタンバイしました。

「大変だわ。待っててね、おばあさん」

「え?」

 てっきり「大丈夫?」などと言いながらこちらへ来るものだと思っていた狼は、その言葉にそっとシーツから顔を出しました。

 なぜか赤ずきんは外へ走って行きました。外でしている音からして、井戸の水を汲んでいるようです。

「きゃあっ」

 中へ水を運ぼうとして、赤ずきんは入口でつまづいて水は全部こぼれてしまいました。

 何やってんだよ……。

 狼はあきれてその様子を見ていました。

 何とか水を運んで来ると、赤ずきんは次に暖炉に鍋をかけてお湯を沸かし始めました。

「赤ずきん、何をするつもり……」

「今から元気になるスープを作ってあげるからねっ」

 それから、赤ずきんははっとなったようにこちらを向いたので、狼は慌ててシーツを頭からかぶりました。

「おばあさん、熱はあるの?」

 言いながらこちらへ来ようとした赤ずきんは、いきなり何もない所で派手に転んでしまいました。

「大丈夫……か?」

「あたしは平気」

 とは言うものの、転んだ時にどうやってかテーブルの脚でぶつけたらしいひざは、かなり赤くなっていました。

 不器用なくせに、器用な転び方をする奴だな。

「それより熱は……」

「ね、熱はないから」

 赤ずきんがこちらへ来るのを待ってたはずなのに、狼はついそう答えてしまいました。

 安心した赤ずきんは、鍋の具合を見ながらおばあさんが買い置きしている野菜などを切り始めました。

 赤ずきんの奴、料理なんかできるのか?

 狼が心配していると、案の定「いたーい」という声が聞こえてきました。

「さっきから何やってんだよ、お前はっ」

 たまりかねて、狼はベッドから起きあがると赤ずきんのそばへ行きました。

「指、切ったのか」

「うん……」

 涙目になって、赤ずきんはうなずきました。

「どれ」

 狼が赤ずきんの手を取りました。

「親指のここ……どうしてここに狼さんがいるの?」

「あ……えっと……」

 しまった、と思っても後の祭りでした。


「おや、赤ずきん。来てたんだね」

 硬直してしまった狼に追い打ちをかけるように、出掛けていたおばあさんが戻って来ました。

「あら? おばあさん、風邪だったんじゃ」

 狼が芝居をしていたことに、赤ずきんはまだ気付いていません。

「風邪? 私は健康そのものだよ」

「それじゃ……さっきのって、もしかして狼さん?」

「えーと、その……お前をちょっとびっくりさせようと思ってな」

「なぁんだ。そうだったの。よかった、おばあさんが病気じゃなくて」

 狼の見え透いた言い訳にも気付かず、赤ずきんは安心してにっこり笑いました。

「ところで、赤ずきんは何をしようとしてたの?」

「あ、スープを作ろうと思って」

「それは私がやるよ。赤ずきんはそこで座っておいで。狼さんも食べるでしょ?」

「あ……ああ」

 その場の空気で、狼はそう返事しました。

「じゃ、悪いけど、その子の傷の手当て、してあげてね」

 こうしてドジな赤ずきんのために、狼の野望はもろくも崩れてしまったのでした。

 めでたしめでたし。

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