どうやらお家に帰れなくなったようです【1】
前之さんの依頼から数日後、私たちは平穏な日々を過ごしていた。
ここ数日は断ち切り屋の仕事も入っていないようで、真人さんも外出していない。
仕事がなく暇なのか、鞍馬さんもよくカフェに顔を出していた。
鞍馬さんは今日もカウンターの椅子に腰掛けコーヒーを飲んでいる。
カランカラン
「「「いらっしゃいませ」」」
扉のほうに視線を向けると、店に入って来たのは小学校低学年くらいの女の子だった。
小さな鼻と口にくりっとした大きな目。頬は血色がよく桜色に染まっている。真っ黒な髪を二つ括りにし、ひらひらのスカートが可愛らしい面立ちにとっても似合っている。
(すごくかわいい子だな……あれ? でも今日平日だよね? 学校は?)
そんな疑問が湧き、頭を捻る。
「そなたらに依頼じゃ!」
少女は腰に手を当てゆっくりと目線をこちらに向けると尊大な態度ではっきりとそう言った。
(……なんだろう? 口調と見た目と態度にすっごい違和感が……)
「お久しぶりですね。どういったご依頼ですか?」
(あれ? 真人さんの知り合い?)
真人さんがそう言うと少女はとてとてと歩いて来て、カウンターの席に必死によじ登る。
そして何とか腰を下ろすと、不満だというように頬をぷっくり膨らまし机をドンっと小さな手で叩いた。
「わらわはあの家から締め出されたのじゃ! あの家はよく出入りしておったのに……少し別のところに行ってる間にな! わらわが入れるようにあの結界と淀みきった空気を何とかしてくれ!」
「そうなんですか? しかし、残念ですが、私の力は縁を断ち切るのであって、結界を壊したり、土地を浄化したりなんてできませんよ?」
「ふんっ! それはわかっておる!わらわはまずもってあの家に入れんのだ! わらわにはあの家に戻らねばならぬ理由がある。浄化はまぁ……わらわが何とかするとして、わらわが入れなくなるような結界じゃ! どこかに力の供給源があるはずじゃ! そのような結界であれば結び目を切れば何とかなるじゃろ。お前のその縁を見る力でな。」
少女の気迫と強い意志を秘めた瞳に真人さんはため息をつくと仕方ないというように頷いた。
「……わかりました。結界を断つですか……できるかどうかわかりませんが、とりあえずやれるだけのことはやってみます」
その言葉に少女は満足したように「うむ」と頷いた。
(話についていけない……結界? 浄化? 何のことだろ? この子っていったい……)
私がじっと少女を凝視していると少女がこちらを振り返った。
「そういえば新たに人間を雇ったのか?」
「はい。彼女はカフェの仕事を手伝ってもらっている幸神優希さんです。優希さんこちらは京都の北の方を拠点にしていらっしゃる座敷わらしさんです」
「……………」
私はしばらく無言で固まり、少女を凝視する。
(これは揶揄われているの? それとも本気で言っている……?)
私がどう反応したものかと困っていると、少女が手をひらひらと振る。
「そう畏まらなくてもよいぞ。わらわが許す」
尊大な態度でニヤッと笑う、間違いなく年相応には全く見ない表情に、私はさらに困惑する。
「あ、あの……座敷わらしって普通に人の目に見えるものなんですか?」
「ああ、それなら今わらわが皆に見えるように力を操作しているからじゃ。外に出る時は見えるようにしとらんと人間がぶつかってきおるからの」
「そうなんですか……? ちなみに服装って着物とかじゃないんですね……」
「どうじゃ! 似合っておるじゃろ! ナウいであろう!? これはわらわへの捧げ物でな。なかなか気に入っておるのじゃ!」
「ああ……そうなんですね……」
(もう何から突っ込めばいいのか……座敷わらしって本当に実在するの…? しかもこんな普通に会話できるものなの? そしてやっぱり見た目と中身のギャップがすごい……! 絶対この歳の子が知ってる言葉じゃないよね……)
私は頭を押さえつつ、考えても仕方がないと無理矢理受け入れることにした。
「ところであの家ってどこだよ?」
それまで黙って話を聞いていた鞍馬さんが話しに入ってきた。
「ほら、あの鴨川を上がっていった先の大きな神社がある近くの古くからある家じゃ。お前もわらわが拠点にしてる場所として聞いたことがあるじゃろ? 葵の家じゃ」
「あー……あそこか。で、戻らないといけない理由ってのは何だ?」
鞍馬さんが問いかけると、少女は浮かない面持ちで話し出した。
「今あの家には葵家の直系である晶子とその息子の透が住んでおる。透は喘息を患っていてな、症状は重かったが、わらわがいることでその症状は抑えられていた。透が生まれてより五年ずっと見守ってきたのじゃ」
(そうか……座敷わらしって幸運を運んできてくれるって言うから……)
「少し前までは晶子の婿の航と透、三人仲睦まじく生活しておった。しかし一年ほど前、わらわが用事で外出し、数日後に戻ると土地が穢れて澱んでいたのじゃ。しかもどれだけ浄化しようとも日を追うごとに穢れが広がり、わらわはついに耐えられず三ヶ月ほど前に一度屋敷を出たのじゃ」
「もともと座敷わらしは清浄な空気を好んで居を構えると言われてるからな。よくそんだけの期間、穢れた土地にいたもんだぜ」
鞍馬さんが驚いたように告げると座敷わらしさんが険しい表情で頷く。
「おそらくわらわでなければ耐えきれなかったであろう。」
「北の座敷わらしさんといえばこの辺りでは一番力のある座敷わらしですからね。」
(そうなんだ……というかこの辺り他にも座敷わらしがいるんですね……)
私は置いてきぼり感を感じつつも、話の腰を折るのも悪いと思い、黙って話を聞く。
「それで少し体力が回復したから戻ってきたのじゃが……穢れの広がりがひどい状態になっていて、さらにはどうやら晶子が航を家から追い出したようなのじゃ。一年ほど前の穢れが出始めた頃から晶子は少しずつおかしくなっていってな…突然烈火の如く怒り出したり、叫んだり、泣き出したり情緒不安定になっていた。航は透のことが心配で訪ねて来ては晶子に門前払いをくらっている状態じゃ」
「まあ今まで座敷わらしが住んでるような清浄な土地で暮らしてた人間が、ずっと穢れた場所にいれば情緒不安定にもなるわな」
そういうものなのだろうか?
私はこういったことはわからないが、きっとその透くんも父親がいなくなり、母親がその状態では気が休まらず、体調も悪くなっているのではないだろうか。
「わらわも透が心配で……穢れが酷く長時間は居られぬがちょくちょく様子を見に行っていたのに、何故か今日は結界が張られ入れなくなっておったのじゃ!! このままでは透が……透が心配なんじゃ! あの結界をどうにかして欲しいのじゃ!」
「そういうことであれば、このまま放っておく事もできませんね……人命にも関わりますし……こちらも全力で協力いたします」
真人さんが真剣な顔で頷くと鞍馬さんも表情を引き締めた。
「でもさ、こういう穢れのことや結界壊すような力技ならちーくんのほうが真人さんより合ってるんじゃないの?」
黙って話を聞いていた二郎くんが尋ねると、真人さんが苦笑する。
「そうですね…ただ……」
そして不安げな眼差しを鞍馬さんに向ける。
「そうだな……まあ、家を倒壊させてもいいなら結界も穢れも全部吹き飛ばしてやるぜ?」
「いいわけあるか!! わらわが戻る家なのじゃぞ!!」
真人さんがその返事に頭を押さえため息をつく。
(えっ!?……っていうか家を倒壊させるって鞍馬さんってどんな力持ってるのよ……もはや人間技じゃないよね……鞍馬さんの力って一体……)
私が心の中で突っ込み、驚いた顔を鞍馬さんに向ける。
すると鞍馬さんはめんどくさいというように眉間に皺を寄せる。
「だから流石にそれはしねえって。後々の処理が面倒だし……だから今回は真人がその結界の結び目を切るしかねーだろ? とりあえずは家の中に入んねーことには何もわかんねーし、明日から情報収集だな」