どうやら危険なこともあるようです【4】
「はぁ…………」
バイトに行くのが憂鬱過ぎる。
私は大きなため息をつくと持っていた紙袋を持ち直した。
結局あの事件のあと、私が落ち着くまで背中をさすり続けてくれた真人さんは、私の欄干に擦れてドロドロに汚れてた服を見て、シャツを貸してくれた。
実家までのほうがカフェよりも近いので、そのまま帰ると言ったのだが、両親が見ればびっくりされるのではと指摘され、結局カフェまで引き返して真人さんの服を借りたのだ。
そしてゆっくり休んで欲しいと言われ、翌日はバイトを休むことになった。
(真人さんの服借りたのはいいけど、着ている間ずっと真人さんの香りがして落ち着かなかったんだよね……)
そう思うとちょっと変態みたいだな……と自分でショックを受ける。
あれだけ泣き喚いてぐちゃぐちゃになった顔を見られたのだ。あんなイケメンに。
しかもシャツを持っていくことで余計にあの時のことを思い出させてしまうだろうと思うと、恥ずかし過ぎてバイトに行くのも憂鬱になる。
でもあの事件で真人さんは怪しい仕事をしているんじゃなく、本当に困っている人を助けているんだとわかった。これで心置きなくバイトに集中できる。
(うん! 本当のことがわかってよかったんだよ! 悪いことばかりじゃない!)
無理やり良いほうに意識を向ける。
そうこうしているうちにカフェに着いてしまった。私は一つ深呼吸をするとカフェの扉を開いた。
カランカラン
「おはようございます!」
「優希さん、おはよう! 大丈夫だった?」
挨拶と同時に、よほど心配してくれていたのか二郎くんがこちらを見ると駆け寄って来る。
私はびっくりして一瞬言葉に詰まる。
そしてカウンターの席のほうからも小さく挨拶が返される。
「よう。真人から聞いたが、大丈夫か?」
「大丈夫です! 二郎くん、昨日は休んでしまってご迷惑かけちゃってごめんね」
私の返事に二郎くんが「よかった〜」と息を吐き出した。
珍しくこの時間に店にいた鞍馬さんも心配していてくれたのかふっと柔らかい表情になった。
「鞍馬さんがこの時間に店に来られるなんて珍しいですね?」
「ああ。この前の前之ってやつの件で、調べたことを報告しに来たんだ。あんたも巻き込まれたわけだし、一緒に話ししようと思ってな」
「そうだったんですね……ありがとうございます。ところで真人さんは?」
カフェの中に真人さんの姿が見えず問いかけると、鞍馬さんが指で上をさす。
「今家のほうだ。このカフェの二階が真人の家なんだ。カフェのほうからは入れないけどな。もう来ると思うぞ」
カランカラン
話をしているとちょうど真人さんがカフェに入って来た。
そして私を見ると心配気な表情になる。
「優希さん、おはようございます。体は大丈夫ですか?」
「ご心配おかけしました。大丈夫です! もともと怪我もなかったですし。それとシャツありがとうございました!」
私が紙袋を差し出すと真人さんは「ああ!」と思い出したように紙袋を受け取る。そして申し訳なさそうに眉を寄せた。
「巻き込んでしまい申し訳ありませんでした……」
真人さんが頭を下げる。
「いえ、頭を上げてください! あれは私が悪いんですよ。ハンカチを渡してから帰ればよかったのに、私が忘れて帰ってしまったんですから……でもどうして真人さんはあの時駆けつけてくださったんですか?」
真人さんにハンカチを渡すのを忘れていたので、前之さんから物を預かったのは知らなかったはずだ。
それに真人さんの自宅がここであれば、わざわざ雨の中、なぜあの橋のほうまで来ていたのか? 橋より向こうは住宅街でスーパーやお店があるわけでもない。
私が疑問に思い尋ねると真人さんは申し訳ないという顔をしながら答えてくれる。
「あの日、朝は何も感じなかったのに、私が店に戻った後、優希さんから違和感を感じまして……なんだか嫌な予感がしたので、店の戸締りを終えてから家までお送りしようと後を追ったんです」
「そうだったんですね……ありがとうございました。そのおかげで私は助かりました! 真人さんがあの時駆けつけてくれなければ……だからもう気にしないでください」
私が笑って返すと、真人さんはまだ申し訳なさそうな顔ではあったが「はい……」と小さく頷いた。
(心配して追って来てくれたんだ……雨きつかったのに……やっぱり真人さんは優しい。)
私がにっこり微笑み頷くと真人さんもやっと微笑んでくれた。
「ところで報告なんだが、今からいいか?」
鞍馬さんの言葉に頷くと、真人さんにテーブル席のほうに座るよう促された。
「あの前之ってやつだが、相当いろんなやつから恨み買ってそうだぜ……周囲のやつに話聞いてまわったら、どうやら男を取っ替え引っ替えしてはだいぶ貢がせてたらしい。で、金が無くなったら捨てるって感じで、こりゃ恨まれて執着されても仕方ねーわ」
「そうでしたか。まあ大方そんなところだろうと予想はしていました。彼女の持ち物からたくさんの歪んだ執着の縁が見えましたし……おそらくあのハンカチにも彼女によっぽどひどい捨てられかたをした人の執着がこもっていたのでしょう。歪んだ愛情や執着は過ぎれば人に害を与えますから…」
「そうなんですね……確かにあのハンカチから出てた赤い糸、黒いモヤモヤが出てて不気味でしたもんね……」
「「!!!!」」
私の言葉に真人さんと鞍馬さんはギョッとしてこちらを見る。何か変なことを言っただろうかと私は首を傾げる。
「えっと……優希さんは糸が見えたんですか?」
「え? それを真人さんが切ってくれたんですよね?」
二人は「なるほど」と頭を押さえる。
「ずっと何で普通の人間が少しの間持ってただけであんなことになったのかと思ってたが……そういうわけか……」
「そうでしょうね……」
私は二人の様子にさらに疑問符を浮かべる。
真人さんは苦笑すると教えてくれた。
「優希さんには『視る力』があるようですね。きっとその力に反応して先日の事件が起こったんだと思います……もし今後あのような嫌な感じがするような物があれば決して近づいてはいけませんよ」
「わ、わかりました……でも見えたのはあの時だけで……」
「そうなんですか? 今までああいったものを見たことはないんですか?」
「実は小さい頃は見えることがあったんですが、大人になってからは全くなかったんです。」
「そうですか……でも多少なりともそういう力を持っている人には危険が多くなります。何かあれば遠慮せず、相談してくださいね。私はいつでも優希さんの力になりますし危険があればお守りしますから」
真人さんの安心させるような優しい微笑みに頬が熱くなり、私はなんとか頷いた。そして熱くなる頬を隠すように下を向く。
危険な時に駆けつけて助けてくれた。怖くて震えていた時に優しく慰めてくれた。そしてこんなかっこよくてタイプのど真ん中の人に優しく微笑まれて、そんな言葉をかけられればドキドキしないはずがない。
(その言葉に笑顔はずるい……これはしばらく顔上げられないよ……)
早く落ち着けと心の中で繰り返しながら、私は熱が引くのをしばらく待っていた。