どうやらずっと側にいられるようです【1】
「ゆ……さ……ゆう……さん……優希さん!」
私は声に呼ばれて目を覚ます。
「うっ……真人さん……?」
「ああ! よかった!!」
真人さんは安心したように微笑むと、体を起き上がらせる私を支えてくれる。
そして周囲を見回して、私は首を傾げる。
「真人さんここは?」
私が寝かされていたのは木造の建物の中だった。まるで神事でも行う拝殿の中のような感じだ。
私が水族館で倒れたので、真人さんがここまで運んでくれたのだろうが、見覚えのない場所だ。しかしこの感じ以前に感じたことがあるような……
「ここは北の神の社です。北の神に拝殿の場所をお借りしたんです」
「えっと……拝殿に入ってしまっても大丈夫なのですか? 北の神様に了解はもらっていてもここを管理している人に見つかると問題があるんじゃ……」
一般の人に神々の姿は見えない。たとえ北の神から了承をもらっていても、建物自体を管理し、警備しているのは人間のはずだ。そういう人に見られると厄介なことになるだろう。
しかし真人さんは「安心してください」と微笑んだ。
「北の神が結界を張ってくれていますので、人が入ってくることはありません」
「そうですか……」
私はそこでふと疑問に思う。なぜ北の神の社なのか?
あの水族館からならずっとカフェのほうが近いはずだ。ただ寝かすだけならこんな所まで来なくてもいいはず……
「真人さん……まさか……」
「ええ。このまま優希さんに魂をお返ししようと思ったのです。ここは北の神の結界の中。とても清浄な空間ですから、穢れなどに邪魔されることもない」
「待ってください! 私はまだ了承してません! やめてくださいそんなこと!」
私が必死にな訴えても真人さんは首を横に振る。
「すみませんが、それはできません」
「私は嫌です! このまま真人さんがいなくなってしまうなんて! そうだ! もし真人さんが居なくなれば穢れは穢れはどうなるんですか? 誰があんなものどうにかできるんですか?」
「それは智風くんや、二郎くんにお願いしているので大丈夫です。それに先日の天狗の里で見た元凶であろう黒い影の人物。優希さんも記憶が戻ってきているのであれば想像がついているのではありませんか?」
水族館で記憶が一気に流れてきた時にわかった。なぜあれほど嫌悪感を抱いたのか。
「あの姿はユキさんの叔父の姿ですね……」
「ええ。そうです。おそらく彼は私に殺されたあと、激しく私を恨んだのでしょう。しかし彼だけの力ならあんなことはできなかった。おそらくくっついたのです。私の怒りに満ちた切り離された魂の一部と……どちらも激しい負の感情によるもの。相性が良かったのでしょう。そしてあれは最近になって活発になった。ちょうど私と優希さんが出会った頃ぐらいから……」
「それってどういうことですか?」
「あれは私と優希さんの二つの魂が近くにあることに反応して、活発化したんですよ。あの穢れの主の精神はユキの叔父のもので間違いないです。あの男からすれば私たち二人が共にあり、こうして転生したことが憎いのでしょう。だからこそ片方の魂がこの世から無くなれば、また沈静化していくはずです。しばらくの間は智風くんと二郎くんに頼みますが、それも今後私が消えれば必要なくなるはずです。全て終わらせることができるのですよ」
真人さんは何も悔いはないというようにすっきりした表情でこちらを優しげに見つめる。それでも私は到底納得などできない。
「お願いです……そんなふうに言わないでください。私を残していかないでください……」
涙が溢れて止められない。せっかく気づいたのに。せっかく想いを伝えて、通じ合えたのに。こんなのあんまりだ。
真人さんは私の涙に困ったように微笑むと、私をあやすようにぎゅっと抱き寄せる。そしてそっと私の顎に手をかけると上を向かせる。
「そんなふうに泣かないでください。私はあなたに泣いて欲しくなんてない。幸せになって欲しいのです」
私は真人さんのその言葉にぎゅっと真人さんの服を掴むと、泣きながら訴える。
「なら、ならもっと話し合いましょう。他に方法があるかもしれないじゃないですか! それに幸せになれと言うのであればそこに真人さんがいてくれなければ幸せになどなれません!」
私が叫ぶと真人さんは私の唇を塞ぐように自らの唇を合わせた。温かな柔らかい唇の感触に私はびっくりして目を見開く。
しかしなぜか次の瞬間、目の前が霞み始める。長い口付けが続く中、私はそのまま意識を手放した。
「優希さん……すみません……」
「まったく……お前はひどい男だな……口付けで黙らせて眠らせるなんて」
北の神がやれやれと息を吐くと、真人さんを冷めた目で見下ろす。
「ですがきっと優希さんは納得してくれませんから」
「それでもそれを説得するのもお前の役目だろう? それにこの前は私に関わるなと言っておきながら、いきなり来てここに置いてくれだの、私が合図したら娘を寝かせてくれだの。神を何だと思っている?」
「転生した私を今まで散々使ってくれたのですから、これくらいのお願い可愛いものでしょう?」
お互いに睨み合い、北の神ははーっと息を吐く。
「本当にこれが最後でいいのか?」
「いいんです。伝えたいことは伝えられました。最後は……少しズルかったですけど……」
真人さんは最後に額に優しくキスを落とすと、建物の中央に立ち、断ち切り刀を取り出した。そしてゆっくり自分の胸の辺りを目掛けて断ち切りの刀を刺していく。
「くっ…………長かったですが……これでやっと……」
『起きて! ねぇ起きて!!』
真っ暗な闇の中でもう一人の私の声が聞こえる。
『いいの? このままで? 早く起きなくちゃ本当に大切な人がいなくなっちゃうよ!』
その声に「嫌だ!」と心の奥で強く思う。それでもどうしたらいいのかわからない。たとえ今目覚めたとしても先程と同じようにまた叫ぶだけ叫んで眠らされては同じだ。
『大丈夫! 方法ならあるから?』
(本当に?)
闇の中から聞こえるもう一つの声が微かに笑った気がした。
『ねぇ、あなたは全ての記憶が戻ったのでしょう? だったらわかるでしょう? 断ち切りの力とは逆のもう一つの縁を繋ぐ力』
(縁を繋ぐ力……でも真人さんの魂を繋いでもまた切られたら……)
『それはもちろんそのまま繋ぐだけじゃ意味ないよ。相手にも納得してもらえる繋ぎ方をするんだよ。それにさらにそれを堅固にする力もあなたは持っているでしょう?』
(相手に納得してもらえて、それをさらに堅固にする方法?)
『そう。あなたは咲耶姫様から縁を繋ぐ力を授かっているでしょう? それで自分自身が元々持っていた力もさらに強化できるよ』
(そっか! そうだ! 私には咲耶姫様からいただいた力もある。確かにそれがあればずっと強固な縁を繋ぐことができる。でも真人さんに納得してもらえる方法は? そんなのあるのかな?)
『どちらかが亡くなるのは二人とも受け入れられないのでしょう? じゃあ互いに相手を思っているなら運命共同体、二人一緒になればいい。お互いの魂を繋いでしまえばいい。どちらかが亡くなるときは共に亡くなる。二人は今後転生しても離れられなくなるけど……』
そんなの離れられなくなったって全く問題ない!ずっと一緒にいられるならそれでいい。死ぬ時もずっと一緒ならそのほうがずっといい。
『そうだよね! それじゃあやることは決まったね!! さぁ目を開いて!』
次の瞬間、私はばっと目を開いた。




