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どうやら昔話のようです【8】

 夕刻、私は自分の胸のざわつきにふと里のほうに視線を向ける。

 いつもならばそろそろ皆家に入り、家々の灯りがほのかに漏れ出るだけなのに、今日は何故かまだ外に出ている者が多いのか里の中に明々と松明の光が見えるのだ。


 私はその違和感に首を傾げる。そしてふとユキに渡した髪飾り気配が感じ取れないことに気づく。

 私は嫌な感覚に焦りを覚え、山を下り里に向かって歩き出した。

 人間が私の姿に怯えることと、あの男に会いたくなかったが故に里には今まで下りなかったが、あそこは私が土地神として治めている土地の一部だ。


 そしてもうすぐ山を降りるというところで、里の方からこちらに向かって歩いてくる複数の人間の気配に足を止める。

 その人間たちはどんどん山の中へと進んでくる。そして松明の光が私の足元を照らす。


「何者だ!」


 私の剣を含んだ言葉に男たちはビクッと体を震わせ、こちらの姿を捉えると、皆恐れながらも一斉に(ひざまず)く。


「こ、これはこれは土地神様。自らこのようなところまでおいでくださるとは」


 里の長である男がそう答えるが、私は無視して、男たちの様子を探る。どこか異様な雰囲気に気分が悪くなる。

 そしてふと一番後ろの二人の男に目を止めると、大きく目を見開く。


 ドキドキと心臓の音が大きくなる。嫌な感覚に口の中が乾き、血の気がひき体温が一気に下がっていく。

 私は前に跪いている男を押し退け、一番最後尾にいる二人の男の前で立ち止まる。

 男たちは一層体を固くして私が近づくと二人は抱えていたものから飛び退くように離れる。

 そんな男たちのことなど目に入らずそこに転がされているものに震える手を伸ばす。


「ユキ…………?」


 そこには頭から血を流し、真っ青になったユキが転がされていた。ところどころすり傷や青ジミができ、転んでしまったのか泥がついているところもある。そして何かあればと渡した桜の髪飾りはぼろぼろに壊れ、それを大事そうにユキは手に握り占めていた。

 私が呼んでもピクリとも反応を示さない。


「ユキ! っ……ユキっ!!」


 私は抱え上げてゆするが全く反応がない。それどころか体は冷たくなり、心臓の音も聞こえない。


「い……いや、だ…………お願い、だ! 目を! 目を開けてくれ……」


 あまりの衝撃に早くなる鼓動の音とは裏腹に、全てが夢幻(ゆめまぼろし)であるかのように感覚がどんどん遠のいていく。

 私はユキを抱きしめたまま、感情のない虚な目を男たちに向ける。


「これはどういうことだ?」


 他の男たちは皆、私の異様な気配に息をつめ、後ずさる中、里の長であるあの男だけが嬉々として話し出す。


「あなた様への(にえ)でございますよ! 喜んでいただけましたでしょうか?」


「お前は何を言っている?」


 私の地を這うような怒りに満ちた声にも男は何も感じていないのかニヤニヤと語り出す。


「ですから贄でございます。これさえあれば私たちにもっと強い力を分けてくださるのでしょう?」


「ふざけるな! 私がいつ贄など望んだというのだ!!」


 私の咆えるような低い声に他の者たちが逃げるように走っていく中、男は怯える様子もなく、なぜこれほどまでに私が怒っているのかわからないという表情をする。


「本当は生きたままここに連れて来たかったのですが、この娘が変な事を申すものですから、こうするしかなかったのです。本当に馬鹿な娘ですよ。私たちとあなた様の縁を切るなど……しかも自分はあなた様に嫁として望まれているなど妄言も甚だしい。終いには私に説教までしてくる始末。何故そのように勘違いしたのか……あなた様に嫁として望まれるなど笑ってしまうでしょう? 嫁と贄の区別もつかぬとは……ですが贄であれば生きていようが死んでいようが対して変わらないでしょう? どうせあなたに殺される運命でしたでしょうに」


 男の下卑(げび)た笑いに吐き気が込み上げてくる。

 この男は何を言っているのか?

 この男こそ金に目が眩み狂気に染まっている。人の命を奪ったというのにまったく後悔する様子も無く、あまつさえユキを愚弄するなど……


 私の中で抑え切れない怒りの感情が急速に広がり、目の前が真っ赤に染まる。怒りで体中が燃えるように熱い。しかし現実感はなく、唯々(ただただ)全てが憎らしい。何もかももうユキがいないのならば必要ない。


「ゔあ″ぁぁぁぁぁーーー」


 体中を怒りに支配され、自らの力を爆発させる。そして自分の意識が怒りに支配され塗りつぶされていく中、最後に思った。


(ああ……なぜユキを一人で帰してしまったのだろう……だがもうユキがいないこの世界などいらない。壊れてしまえばいいのだ……)





 怒りの感情だけが常にあり、その他のことははっきりとは覚えていない。しかし私は自らの力をだた全てを壊し尽くすために奮い続けた。

 山を燃やし、里を燃やし、生きている者全てを壊すつもりで。逃げ惑う人々の断末魔の叫びが聞こえてくる。それでも私は何も思うこともなく、唯々力を奮い続けた。

 どこにこれほどの力が残っていたのか、それとも怒りでおかしくなってしまったのか。どちらにしろこの力を奮い続ければ、きっと私も消滅する。どうせユキのいないこの世界になど未練などないのだから……


 そしてしばらく経ったころ、遠い意識の向こうでかすかな声が聞こえてくる。



「なんだこれは……この地域の魂が一気に冥府に戻ってくると思いきてみれば……」


「ふむ。土地神が暴走したか……全く馬鹿なことをしたものだ……仕方がないな。どうせ最後は消えるのだろうが、今のうちに私があいつを消滅させる」


 近くに他の神の気配と、膨大な神力が集まっていくのを感じる。


『お待ちください!! どうかどうか私に少し時間をいただけませんか?』


 その柔らかい声に遠のいていた意識が少しはっきりする。


(ユキ…………?)


「なんだ? この里のものの魂か? しかし人間ではあれをどうにかできぬだろう」


『私があのかたを悲しませてしまったことが原因なのです……どうか少しだけ。少しだけ時間をください』


「……いいだろう」



 次の瞬間私は暖かい気配に包まれる。そして唯々憎いと感じていた心がまるで切り離されていくように少しずつ自分のいつもの感覚が戻ってくる。


『真様。あなたはそんな感情に支配されるかたではないでしょう?』


 暖かい光の中に彼女の笑顔が見えた気がして、私ははっと意識を取り戻した。

 私の体は暖かい優しい光に包まれ、彼女の気配を近くに感じる。光が集まり人の形を作る。そしてそれはユキへと姿を変える。彼女は少し疲れた顔でゆっくり微笑み頷くと、また小さな小さな光の珠となって私の手のひらに舞い降りた。


「わ、わたしは…………」


「その娘の魂に感謝するのだな」


 私がはっとして顔を上げると二柱の神がこちらを見おろしていた。水色の髪に妖艶な体を持つ美女と真っ黒な髪にがたいのいい体、そして中世的な美しい顔立ちの男性。


「あなたたちは……?」


 女性のほうは噂で聞いたことがある。このあたりの神の中では最上位に位置する神。このあたりの土地神は彼女から土地を借り受けて土地神をしているようなもので、この一帯はもともと彼女の管理する土地であったと言われていた。


「あなたはもしかして北の神か」


「ああ。そうだ。そしてそっちは冥府の神だ。突然荒ぶる神に変わったお前の様子を見にきたのだ。その娘がいなければお前は私に消滅させられていたぞ」


 冥府の神。この神は輪廻転生を司る黄泉の国の冥府の神だ。本来なら会うこともないほどのこちらも最上位の神である。

 私が戸惑い見つめていると、冥府の神が口を開く。


「そのお前の掌にある魂、黄泉の国へ還るところであったのにお前を止めに戻ったようだ」


 男の中世的な見た目とは違う男性らしい低く落ち着いた声に掌のユキの魂を見つめる。そして気づくその魂が一部欠けていることに。


「これは……」


「気づいたか? その娘に特殊な力を与えていたのはお前だな? 私も驚いたよ。人間の魂が神に干渉出来るとは……その娘はお前の荒ぶる魂に変わり、もう一度妖に落ちかけていた部分を断ち切った。しかし欠けた魂ではいつもう一度くっついてしまうかわからない。だからこそ自分の魂の一部を切り離し、お前の魂と縁を結んだ。自分の魂が崩れ去っていく危険をおかしてな」


 北の神のその言葉にはっとして、冥府の神を見つめると問いかける。


「それではユキは? ユキはもう転生できぬのか?」


「はっきりとは言えぬが……おそらくできても次の(せい)までだろう。人間は何度も輪廻転生を繰り返すが、魂が破損している状態では次の生までがぎりぎりであろうな。それも次の生も途中で魂が崩れ亡くなることがあるかもしれない。それほど不安定な状態だ」


 私は頭が真っ白になる。私のせいで最も大事なユキを、その魂を傷つけてしまった。


「ならば私の魂からユキの魂を切り離し、戻すことはできないか?」


「それは先ほども言っただろう。お前がまた切り離された魂とくっつき、荒ぶる神になるかもしれんのだぞ。そうすれば娘の苦労はどうなる? この娘自身もそんなこと受け入れないだろう」


 北の神の言葉にぐうの音も出ず、押し黙る。そしてさらにダメ押しのように言葉を続ける。


「それにお前その娘の魂を切り離せるのか? おそらく魂をお前に移したせいで娘の断ち切る力はお前の魂のほうに移っている。私や冥府の神も切り離すことはできるが、おそらくあの娘のように綺麗には切り離せない。もしまた魂に破損があれば結果は同じだ」


 私はその言葉に自らの力を探ると、確かに自らの魂に断ち切り力が刻まれていた。しかし今まで使ってもいなかったものを突然使ったとしても、きっとユキのように使いこなすことはできない。もっと時間があれば……


「他に何か……何か方法はないのか?」


「はっ! そんな都合よく、他の神が協力してくれるなどと思うなよ。だいたいお前が暴れ回ったせいだろう」


 確かに自分のせいだ。調子のいいことばかりは言えないとわかっている。それでもユキだけは……ユキだけはどうしても助けたいのだ。私は必死で頭を下げる。


「それはよくわかっています! それでも! どうかどうか何か知っているのならば教えてはくれないか?」


 北の神は呆れたように息を吐き出し、そっぽを向く。


「一つ……一つある。お前にその覚悟があるのなら……」


 今までずっと黙って様子を見ていた冥府の神の言葉に私はばっと顔を上げた。



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