表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/69

どうやら昔話のようです【7】

 私はそのまま自分の顔をゆっくりと近づけていく。もう少しで唇と唇が触れ合うというところでユキがぎゅっと目を閉じた。

 そのあまりにも真っ赤になった表情にふっと笑うと、ユキの額にそっと口付けた。ユキは予想外のことにびっくりしたというように目を開くと、ジト目で私を見る。


「まさか……からかったのですか?」


「いや。本気だとも。だがあまりにもユキの顔が真っ赤でこのままだと倒れてしまうのではないかと思ってな」


 私がニヤッと笑ってそう言うとユキはばっと立ち上がる。眉間に皺を寄せているが、あの真っ赤な表情はユキが恥ずかしがっている時の表情だ。


「きょ、今日は帰ります!…………今日は帰りますが、その……先ほどの言葉忘れないでくださいね!」


 ユキはそれだけ言うと里に向かって駆けていった。

 これは少しやり過ぎただろうか?

 ユキが可愛い、愛おしいと思ってしまったのだ。自分が誰かを愛するという感情を持ったことにも驚きを覚える。

 しかしユキはユウの生まれ変わりだ。その魂が同じこの場所に生まれて来るなど、それこそこれは運命だったのではと思えてくる。

 私はユキの表情を思い出し、自然と笑顔になる。

 私の言葉に拒否の気持ちは一切見えなかった。ユキも私と同じ気持ちなのだと思うとくすぐったいようなソワソワするような落ち着かない気持ちになる。しかしそれは嫌な感じではなく、心が温かくなるような……

 次に会える時が待ち遠しい。

 さて、次はいつ来てくれるだろうか?




 それから数日後、ユキがまた私の元にやって来た。

 ユキは真面目な固い表情で私の前に座ると、こちらをじっと見つめてくる。


「せ、先日のお話しですが、神様は私のことが好きで嫁に欲しいということで間違いないでしょうか?」


 先ほどまで難しい顔をしていたというのに今は上擦った声で頬を染めている。どうやら緊張から険しい表情になっていたらしい。

 私はその様子さえ愛しく思えて、そっと手を差し出すとユキの頬に当てる。


「そう言ったつもりだったが伝わっていなかったか?」


 私の言葉にさらに顔を赤くしながらユキはチラリとこちらを見る。


「い、いえ。私も神様のことが好きです!」


「そうか」


 私がにっこり微笑むとユキは惚けたようにこちらを見つめてくる。


「どうした?」


「神様がそんな顔で見つめてくるから……ご自分の美しさを理解されたほうがよろしいですよ」


「私がか? ユキのほうがずっと美しいだろう?」


 私の言葉に茹で蛸のように真っ赤になったユキは話を逸らそうとしているのか「あー」だの「うー」だの小さくうめいている。そしてはっとした表情になると私の隣に腰掛ける。


「そういえば私神様の名前聞いてないです。名前教えてもらえませんか?」


「私の名か……? そういえば……これという名はないな……」


 私の言葉に驚いたというように目を見開きこちらを見つめてくる。


「私はもともと妖だった。いつからかずっと一人でこの山にいて、親がいた記憶もないし、まして名前など必要なかったからな。他の妖からはこの大江山に住んでいることと、ここら辺で一番強い鬼であったことから大江山の大鬼と呼ばれてはいたがな……」


 私の言葉にユキは悲しげな表情になる。


「そうなんですね。変なことを聞いてしまってすみません」


 私は何とも思っていなかったがどうやら気を使わせてしまったらしい。


「気にするな。そうだな……それならばユキがつけてくれ」


「えっ!? 私がですか?」


 私がにっこり頷くとユキは「うーん」と真剣に悩み出す。


「まぁいつでもいいさ」


 私がそう言うとユキはわかりましたとにっこり笑った。




「ところでお前を嫁にもらうならあの里の長にも報告しなければいけないのだろう? そんな事を伝えれば、ユキを何処かに隠してしまいそうだな……」


 私がそう呟くとユキも同意見なのか、乾いた笑みをもらす。


「そうですよね……どう伝えればいいのでしょうか……」


「私がこの土地に縛られない神であったならユキを連れてどこへでも行けたのだがな……こうなるとこの祠を設置した与助が憎らしく感じるな」


 私が半眼で空中を睨みつけると、与助の「ヒィッ!」という声が聞こえた気がした。きっと実際この場にいればまた謝り倒しているに違いない。


「えっ……? もしかして私たちのご先祖様がこの祠を置いたせいでここを離れられなくなったのですか?」


「なんだ? 知らなかったのか?」


 私は自分が土地神になったあらましをユキに語ると、彼女は大きなため息をついて頭を下げた。


「それは……子孫として本当に申し訳ないです……まさかそんなうっかりで土地神にされただなんて……」


「お前が謝る必要はないさ。全部与助のせいだからな。まぁ、だがあいつもいい奴ではあったんだよ。与助という名前にピッタリのやつでな……」


 私の笑顔で語る思い出話をユキも楽しそうに耳を傾けてくれた。誰かにこういう話ができることがこれほど楽しいことだとは思ってもみなかった。本当にあの与助に関わってから私はガラリと変わってしまったらしい。


「どうせ変わるなら人間になれればよかったな。そうすればお前と同じ時を一緒に歩み、どこへだって連れ出せただろうに」


 私の言葉にユキはフワッと優しげな笑みを浮かべる。


「確かにそれもいいですけど、あなたがここの土地神でなければ私はあなたに出会えていなかったでしょう? だから私はあなたがここの土地神様でよかったと思っています……あ! そうだ真人(まさと)! 真人なんてどうでしょう?」


「真人? 私の名前か?」


「はい! 神様は私の叔父よりよほど優しく人間味に溢れているかただと思います。真の人のような優しい神様です! あっ……でも神様なのに人が入るのはちょっと変ですよね……じゃあ(しん)! 真でどうですか!?」


「真……か……ああ。悪くない名前だ」


 私の笑顔にユキは安心したように微笑んだ。

 ユキに名をもらえるとは思ってもみなかった。しかし誰かに自分を個として認識してもらい、名を呼ばれるというのはとても嬉しいことなのだと、また新たな感情を知った。


「ユキ、ありがとう」


 私の言葉にユキは満面の笑みで頷いた。





「それにしてもこの祠と真様の縁を切れないものでしょうか? この土地に縛られているのはこの祠が原因ですよね?」


 その言葉に驚きユキを見つめる。確かにユキの力ならこの地と私の縁を断ち切ることができるかもしれない。ユキはそれほどに強い力を持っている。だがそれは私がこの里の、与助の血筋に与えていた祝福も一緒に断ち切られるということだ。

 私は与助とここの土地神として契約をした。

 以前の力のあった頃に契約された祝福が基であったからこそ、ずっと祝福を与えることができていたが、今契約し直すとすれば血筋のもの全員に祝福与えることはきっと不可能だ。

 その事をユキに伝えるとユキは難しい顔で考え込む。


「でも元々はうっかりで結んでしまったような契約ですよね? それにあれだけ多くの人に祝福という力を分け与えているなら、真様にとって体の負担になるものではないのですか?」


「まぁそれはそうだが……元々もう少しで力が枯渇しそうだったから、この地からもこの世からも消えてしまえるならちょうどいいと思っていたのだがな」


 私の言葉にびっくりしたようにこちらを向くとユキは頬を膨らませて、眉を吊り上げる。


「そんなことダメですよ! 私がそうはさせませんから!!」


「ああ。さすがに今はそうは思っていないし、私のもう少ししたらは人間とは時間感覚が違うからな。ユキが亡くなった後のずっと先の未来の話しだ」


「それでもやっぱり私はそんなふうになって欲しくありません。消えて無くなってしまうなんて……だからやっぱり私に断ち切らせてください!」


「だが突然祝福の力が無くなれば、あの里は生活していけなくなるのではないか?」


「それは……」


 ユキは困った顔で俯く。そして重いため息をついた。


「それでも近くの里は祝福の特別な力がなくてもやっていけてます。それに叔父は里の人たちから、もしもの時のためにと称してたくさんお金を徴収しているんです。叔父があの贅沢な暮らしをやめ、みんなで協力していけばきっと質素でも生活していけるはずです」


 ユキは何かを決意した表情で頷くと私のほうを振り向く。


「私が叔父に話を通してみます! なのでその…………もし、もし断ち切ることができれば、私を嫁にとって遠くの土地に一緒に連れて行ってもらえますか? 私は叔父やあの里の人たちと関わりのないところであなたとゆっくり過ごしたいのです……」


 先ほどまでの力強い表情ではなく、真っ赤になり、涙目で不安そうにこちらを見つめてくる表情にクラリとなる。

 私はそっとユキを抱き寄せると、ユキはびくっとして体を固くする。その初々しい様子に笑みを浮かべながらもぎゅっと抱き込むと、徐々に力が抜けていく。

 腕の中に閉じ込めた状態で顔を上に向けさせると私はふっと微笑んだ。


「もちろんだ。私もお前とゆっくり過ごしたい。だが決して無理はするな。もし何かあればすぐ私を呼ぶのだぞ」


 私はそう言うとユキの髪をすくい、桜の花の髪飾りをつける。


「これは?」


 ユキは驚いたように頭に手を伸ばすと私を見つめる。


「ユキは桜の花が好きだと以前言っていただろ? だからこの山の桜に私の力を注ぎ、決して枯れない髪飾りを作ったんだ。何かあればこれに念じれば私にお前の声が届く。この髪飾りに向かって念じればいい」


「覚えていてくださっていたのですね。ありがとうございます! この髪飾り大切にします!」


 ユキはとても嬉しそうに微笑むと自ら私にぎゅっと抱きついた。ユキがこれほど喜んでくれたことが嬉しくて私もぎゅっと抱きしめ返す。そしてユキの額にそっと口付けた。ユキは頬を赤く染めながらも幸せそうに私の腕に抱かれていた。





「それでは私は一度里に戻りますね!」


「ああ。気をつけてな」


 私の言葉ににっこり笑い頷くとユキは手を振り里に帰っていった。私も笑顔で手を振り送り出す。


 しかし私はこの瞬間をこの後ずっと後悔し続けることになる。どうしてあの時ユキ一人でそのまま帰してしまったのかと…………



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ