どうやら昔話のようです【6】
どうやらユキの両親は既に亡くなってしまっているらしい。そして今は里の長でもある叔父の家で過ごしているそうだ。
里の長の男は何度か私の元に通っていたが、私はいつも姿を見せないようにしていた。あの男には良い印象がないのだ。
最初にお参りに来た時、ひどく姿を現してほしいと懇願するものだから、一度姿を見せたのだ。しかし姿を見せるなり、あの男はもっと自分たちに力を分けてほしいと勝手なことを宣い、これでは金を稼げないと言い出した。
確かに年々私の力は弱まっているのだから、強い力を持つ者が生まれてくるのは珍しい。以前は与助のように傷を癒したり、風を吹かせたり、雨を降らせたりと天候を左右できる者、人とは思えないほどの怪力を持つ者など様々な強い力を持つ者が生まれていた。しかし最近はその力も弱く、常人と変わらない者がほとんどだ。
だが、私の力が弱まった元々の原因は貢物を減らし、信仰の念が減ってきているからだ。自分たちが原因であるというのによくもそんなことが言えたものだと呆れたものだ。
金を稼げないと言っている割に自らは良い質の着物を着て、体もふくふくと肥えている。あの与助の子孫が何故あれほど金にがめつい残念な者になってしまったのかとため息をつかずにはいられなかった。
それからというもの私はあの男の前には姿を現さないようにしていた。
しかしあの金にがめつい男がユキを引き取るとは意外な気がしてユキの中の力を探って納得した。
私が最後にユウに祈ったことが魂に刻まれていたのか、ユキは里のものに比べて遥かに大きな力を秘めていた。きっとこの力を手に入れるためにユキを引き取ったのだろう。
それを考えると里に戻すことを躊躇うが、こんな幼い少女が山で暮らしていくなど不可能だ。私はやはり里の近くまで送り届けようと歩き出す。
「ユキ、嫌なことがあればまたここに来るといい。だがお前は里で暮らさなければ」
「どうして? 神様と一緒じゃダメなの?」
「ユキには私と同じ生活はできないよ。お前は人間だから」
私がそういうとユキは渋々頷いた。
「ところでユキ。お前も力を持っているだろう? お前はどんな力を持っているのだ?」
「ユキはねちょっと変わった力なんだって。おじさんもすごいすごいって褒めてたよ。確か……縁を繋ぎ、断ち切る力って言ってた」
「ほう……そうか。確かにそれは珍しい力だな」
ユキは褒められたことが嬉しかったのかにっこり笑う。
縁を繋ぎ、断ち切る力…………
この妖が蔓延る時代にとって大きな力を持っている。ときに妖は人間を騙して、契約を持ちかかける。お前を助けてやる代わりに娘を嫁によこせというような。その人にとって最悪な結末しかない運命、契約という無理やり繋がれた縁を断ち切ることができる。
そしてまた、無理矢理切られてしまった縁をもう一度繋ぎ直し、人同士を結びつけたり、途切れそうな生を他のものを代償に繋ぐことで少しでも永らえさせたり。
様々なことに使える力だ。あの里の長の男が言っていた金を稼ぐのに最適な力だろう。
私はまだ自分の力の希少さに気づいていないユキを見つめて思う。
(誰にも利用されず、伸び伸びと成長することができればいいが……)
それからユキは頻繁に私の元に訪れた。ユウの時と同じように様々な遊びに付き合わされたが、元気にすくすくと育っていく姿を見ると退屈だった日々がまた色づきを取り戻していくようだった。
しかしユキも十を超え、少しずつ力を使えるようになって来ると、里の外に連れ出せれることも多くなり、頻繁には会えなくなった。
「神様! ただいま戻りました!」
ユキは私の姿を見るとこちらまで駆けて来る。
「急がずとも私はどこへも行けないのだから、走るな。こけると危ないだろう」
私がそう嗜めるとはーいと反省しているのかもわからない返事が返ってくる。
「今回はなかなか長かったな。帰って早々ここに来ることもないのに。疲れているだろう? 家でゆっくり休めばいいものを……」
「いいえ! 私がここに来たかったんです。今回は叔父さんとずっと一緒で息が詰まりました。だからここに来て一息つきたかったんです」
ユキはうーと深呼吸して体を伸ばすとにっとこちらに笑顔を向ける。
ユキはあの叔父を苦手としている。やはり金に目が眩んでいることはユキにもお見通しのようだ。
そしてふと表情を暗くさせる。
「どうした?」
「あ……いえ……」
「言いたいことがあるなら言えばいい。ここには今誰もいないし、誰かに聞かれることもないだろう」
私がそう言うと、ユキは苦笑する。
「そうですね……神様にこんな愚痴みたいな話するのは気が引けるんですけど……叔父のことなんです」
私が促すように頷くとユキはゆっくり話し出した。
「最近叔父は以前にもまして依頼相手に高い代金を要求するようになってきました。本当に困っていてもお金が出せない人もいます。叔父はお金が出せない人は相手にもしない……逆に裕福な人には誰かに呪われたり、妖から契約を結ばされていなくても演技で断ち切りをさせてまでお金をむしり取ろうとする。私はそんな叔父の行動が許せないんです。私がその事を注意しても、お前をここまで育ててやったのは誰だとろくに話も聞いてくれない。私はただ本当に困っている人のためにこの力を使いたいだけなのに……」
ユキの悲しげな表情にどうにかしてやりたいと思うが、流石に人間たちの暮らしに関する事では私は口が出せない。
私と違って人間は食べるものが無ければ生きていけないのだから。金が無ければ食べる物も手に入らない。
しかし話を聞けば聞くほどあの男はどうしようもない男なのだという思いが強くなる。以前も思ったが本当に与助と血が繋がっているのだろうか?
私はユキの頭にそっと手を乗せると優しく撫でる。
ユキはびっくりしたようにこちらを見つめると少し頬を赤くした。
「すまないな……私にはどうしてやることもできない。だが話を聞いてやることはできる。もしそれで少しでもお前の心が軽くなるならいつでもここに来て話せばいい」
私がそう言うとユキはハニカミながら微笑む。
「ありがとうございます。私はここにいる時が一番心が安らぐのです」
そしてユキは自ら私の手に頭を押しつけて嬉しそうに笑った。その様子に少しは大人になったと思っていたが、まだまだ子供だなとふっと笑いがもれる。私はそのまましばらくユキの頭を撫で続けた。
そしてそれからまた月日が経ち、ユキはより外からの依頼に対応するため連れ出されることが多くなった。
ユキは美しく成長していき、その性格の良さと美しい容貌、そして特殊な力の強さからこの辺りでは知らぬ者がいないほど有名になっていった。
「か……み……ま! ……かみ……さま……神様!」
柔らかい優しい声に呼ばれ目を覚ます。
「…………ユキか?」
私が手を伸ばすとユキは両手で私の手を包み込み、自らの頬に当てる。
「はい。ただいま帰りました。ふふっ……またお昼寝ですか?」
「やることも無く暇ならば寝る以外にないからな」
ユキはにっこり笑うと私の手を引っ張り、起き上がるように促す。私は引っ張られるまま上体を起こすと、ユキは私の横に腰掛けた。
「やっと戻って来れたのですから、私の相手をしてください!」
「眠っている神を叩き起こすとはお前は肝が据わっているな」
「まぁそんな! 愛しの神様と少しでも長くお話ししたいという私なりの愛情表現ですよ」
私たちは顔を見合わすと、お互いの軽口にふっと笑い合う。
ユキは本当に綺麗になったと思う。
穏やかな日差しが差し込む静かな山の中で耳に心地よいユキのころころとした笑い声が聞こえる。
差し込む光に照らされた髪はその光を反射し、絹のようにつややかに滑り、透き通るような白い肌はシミ一つ無く、頬は薄らと桜色に染まっている。大きくくりっとした瞳は私の姿を捉えるといつも嬉しそうに細められる。そして私を呼ぶその小さな唇からは鈴を転がすような声が聞こえる。
私はじっとユキを見つめると、ユキが頭を傾げる。
「どうかされました?」
「いや、ユキは綺麗になったと思ってな」
私の言葉にユキは一気に顔を真っ赤に染める。
「なっ……冗談はやめてください!」
ユキは頬を染めながらもぷくっと膨らますとそっぽを向く。
「冗談ではないぞ。思った事を言っただけだ」
ユキは益々顔を赤くし、俯く。私はそんな様子にふっと顔を緩める。
「それだけ綺麗なんだ。お前もいい歳だし、縁談の話もきているのではないのか?」
その言葉にユキははっとしてこちらを見つめ、眉間に皺を寄せる。
「私の力は特別ですから。それを手に入れるために縁談を申し込まれることはあります……でも叔父が全て断っているんです。その点は感謝しているんですが……」
ユキは苦笑を浮かべる。
あの男のことだ。このまま何処かに嫁がれては金が稼げなくなると思い、断っているのだろう。しかしそれでユキが守られているのならそれでもいいかと現金なことを思う。
「だがきっと縁談を申し込んだ者の中にはお前に惚れて申し込んだ者もいるだろう?」
私がそう言うとユキは大きく首を横に振る。
「もしそんな人がいたとしても、ほとんど話したこともない人に嫁ぎたくなどありません」
ユキのきっぱりとした態度に私はつい笑ってしまう。
こうと決めたら意志を曲げないところは与助とそっくりだ。
「ふっ……そうか。だがそれではいつまでたっても結婚はできそうにないな。そうだな…………それでは私の嫁になるか?」
私がニヤッと笑ってそう言うと、ユキはまた顔を赤くする。そして私の表情を見て揶揄われた思ったのかむっとした表情に変わる。
「そのような事を軽々と言わないでください!」
そして一瞬言葉を詰まらせ、小さな声で呟く。
「…………本気にしますよ」
ユキはそう言うと目を潤ませ頬を染めて、こちらを見上げてくる。
その表情に胸がドキンと跳ねるような感覚を覚える。これもまた初めての感覚だ。それと同時にこのままユキを自分の元にずっと置いていたいという気持ちが膨れ上がる。そして今まで過ごしたユキとの記憶が頭の中を駆け巡る。
「……本気だと言えばお前は私の元に嫁いで来てくれるのか?」
私は真剣な表情でユキの顎をすくうと顔を近づた。
「神様が私を望んでくださるなら……」