どうやら昔話のようです【3】
「今日はいい漬物ができたからな、おにぎりと一緒に持って来たぞ! 食ってみてくれ!」
私はため息をつき男を見つめる。
まさかあの男がここまで通い詰めるようになるとは思ってもみなかった。
あの日どうやら無事、薬草を見つけて家に持ち帰れたようで、男の母親も今はとても体調がいいそうだ。確かに礼に来るとは言っていたが、まさか一週間に一、ニ回のペースで会いに来るようになると誰が想像しただろう。
そしてその度にいろいろな物を持って来るのだ。
何度ももう必要ないと話したが、男はそれでもやって来る。
「もういいと言っているだろ。いい加減にしないと本当に妖にやられるぞ」
「いやー本当にあんたにもらった石はすげーな! 全然妖に会わないんだ!」
こちらの話を聞いていないのかそんなふうに返してくる。この男に石を持たせたのは失敗だったかもしれない。
私は何度目かわからないため息をついた。しかし男はそんなことは全く気にせず、「食え食え」と無理矢理におにぎりを手渡してくる。私が根負けして受け取ると、今度は「漬物が美味いんだぞ」と満面の笑みで、食べるように促して来る。
せっかくの静かな昼寝の時間が台無しだ。
こうなったらとっとと食べて帰ってもらおうと漬物を口に放り込むと、うずうずして尋ねてくる。
「どうだ? どうだ? うまいだろう?」
「ああ」
私が小さく返事をすると、そうだろうそうだろうと嬉しそうに頷く。そして私が食べ終わると「また来るからな」と言うだけ言って嵐のように去っていく。
「だからもう来るなといつも言っているのに……」
私の呟きは男に届くことなく消えていく。私が何度そう言っても結局男はいつも楽しそうにニコニコ笑ってここまでやって来るのだ。私は木に背を預けて目を閉じる。
(次は来週にまた来るのだろうか? いつもバタバタと忙しない。全く仕方のないやつだ)
しかしそこでふと気づく。自分の頬が緩んでいることに。自分でも驚いているとそこでやっと気づいた。
(そうか。私はこうして誰かと話すのが楽しかったのか……)
最初は無理やり付き合わされていたのに、いつの間にかそれが自分の楽しみになっていたとは。
そしてそれからから、少しずつ変わっていった。何事にも無関心だった自分があのような感情を持つことになるとは。
変わらなければあんなことなど起こらなかったかもそれないのに……
あれから三年ほど経たった。週に一、二回男は土産を持って、ずっと変わらずやって来る。
しかしここ最近男の様子がおかしかった。元気がないのだ。こちらが何かあったのかと尋ねても「何でもない」とにっと笑って誤魔化されてしまう。
しかし日が経つにつれ、どんどんやつれて頬がこけてくる様子を見ると、さすがにそのまま話を終わらすことができなくなった。
まさか自分が誰かの心配をするなど思ってもみなかった。しかしいつも元気な男がこうではどうにも調子が狂ってしまう。
「いい加減本当のことを言え。何があった? そんな体調が悪そうな顔をして、何もないということはないだろう?」
男はそれでもヘラッと笑っていたが、私が険しい目を向け続けると、次第に俯き加減になる。
「だがあんたに心配かけたくないんだ」
「聞かないほうが気になるだろうが」
そう言うと男はとチラッとこちらを見て、一瞬躊躇った後話し出した。
「実は最近畑が動物なんかに荒らされることが多くて、あまり量が収穫できないんだ。それに最近暑くてあまり雨も降らないだろ? 余計に野菜が育たなくてな。家は収穫した野菜を売ることで生計を立てているし、その収入が得られないとなると他に働きに出るしかなくて……違う町に働きに出てはいるんだが、たいした収入にもならなくて……家族みんなを食わせていくのが難しいんだ」
男は沈んだ顔で話していたが、はっとしてこちらを向くと困ったように笑い頭を掻く。
「こんな話されても困るよな! 大丈夫だ! きっと何とかなる!」
私はため息を吐くと男をじっと見つめる。
「で? 家族を食べさせると言っていたが、お前は食事はできているのか?」
「そうだな……大丈夫だ!」
「そんな頬がこけてきているのにか? 本当のことを言え」
「うっ……えっと……俺は二日に一回食事できてるから大丈夫だ」
男はそっと目を逸らしつつ、言いにくそうに下を向く。
それを聞いて私は頭をかかえた。
「お前は人間だろう? それでは体が持たぬのではないか? これを食え」
私が男の持ってきた土産を差し出すと、男はブンブンと首を横に振る。
「ダメだ! それはあんたのぶんなんだ」
「いいから食え。だいたい自分がろくに飯も食ってないのになぜ私のところに持ってくるんだ」
「あんたには助けられたから……これは俺なりのお礼の仕方なんだ……」
「ならば私への礼でおまえは死ぬつもりか? 私は妖だ。別に人間の食事などなくても生きられる。他の妖を倒せばその妖力を力として吸収できるし、別に食べなくても問題ないんだ」
私がそう言って差し出すと、男はおずおずと手を出し、受け取った。そして私が目でもう一度促すと男は飯を食べ出した。
「あんたにこんな話をして、気を使わせちまって悪かった……」
男は食べ終わるとそう言って頭を下げる。
「今度はちゃんと持ってくるから!」
そう言って帰ろうとする男を呼び止める。
「待て! もう持って来なくていい。先ほど畑に動物が入ってきて荒らすと言っていたな。今までは大丈夫だったのか?」
「ああ。少し入ってくるのはいたが、ここまで頻繁にやられることは無かった。だからもしかしたら住処を変えた動物がいるのかもしれない……」
そういえば少し前から近くの山に今までは無かった妖の気配がしていた。私には遠く及ばないがここまで気配が流れて来るほどだ。それなりの妖だろう。動物たちは敏感だ。そいつのから逃げるためその山を降りたのではないだろうか?
「そうか。とりあえずお前は里に帰り、ゆっくり休め」
私がそう言うと男は申し訳無さそうに頷き、帰って行った。
私は立ち上がると麓にある男の里を見つめる。そして自分の力で里を囲うと薄い膜のようなものを張る。これで動物たちは私の気配に警戒してしばらくここには入らなくなるだろう。
「あとは…………」
私は隣の山を見つめると、そちらに向かって歩き出した。
「誰だ!!」
私が気配を消して近づいていると大きな声が響く。
どうやらなかなか敏感な奴らしい。私は隠れていた木から姿を表すと妖は驚いた顔をする。
この妖はどうやら炎を司る鬼の妖のようだ。だからこそ最近暑さが続いていたのだろう。
「まさか……大江山の大鬼か? なぜ私のところに…………そうか! そうか! 私の力に恐れ慄き私の配下になりにきたのか? そうまで言うなら配下にしてやっても良い! この炎鬼様のな!」
何かを勘違いし、胸を張り威張り散らす妖にそっと息を吐く。確かに同じ鬼ではあるが、生きている年数も違えば力の差がかけ離れていることになぜ気づかないのだろうか?
「何を勘違いしているのか知らんが、お前ここを去れ。今なら見逃してやる」
炎鬼はその言葉にきょとんとし、そして顔を真っ赤にして怒り出す。
「この炎鬼様に命令する気か? ふざけるな! 去るのはお前のほうだ! お前など殺してやる!」
そう叫び散らし、こちらに飛びかかろうとするが、その体は私が手を横一線に振るうと力無く崩れて落ちた。
周囲の木々も一緒に真ん中あたりで分断される。
私はふっと息を吐くと、炎鬼だったものを見下ろす。
「大人しく従っていれば、まだ生きれたものを……馬鹿な奴だ。だがこれで里の状態も少しずつ戻っていくだろう」
男はそれから数日後満面の笑みで嬉しそうに土産を持ってやってきた。
「ここ数日動物の被害がないんだ! まだ畑を戻すのに時間はかかるが、暑さも何故か急に和らいだだろ? 今ある野菜は売れそうだ! もしかしてあんたが何かしてくれたのか?」
男はキラキラした瞳で見つめてくるが、私はすっと目を逸らすと何でもないように返事をする。
「さぁな」
そんな私の様子に何が嬉しいのか男はにっこり笑っていた。