どうやら力が目覚めたようです【9】
「真人……さん?」
私は驚きに目を見開きその人を見つめる。
いつもとは全く違うその姿。しかしこの人は真人さんだと確信できる。そして何故かとても懐かしくて、切ない気持ちになる。
真人さん自身も自分の変化に気づいたのかはっとしたようにこちらを見る。しかし目の前の相手から気を逸らしてはいけないとまた前を見据える。
すると黒い人影がニヤニヤと笑い出す。
『化け物だ……化け物の姿だ……おお、怖い怖い。またその姿で私を殺すのだろう? また数多の生き物の命を奪うのだろう?』
「違う! 私は……」
真人さんがその言葉に怯えたように言い返すが、途中で言葉に詰まり、顔を歪める。黒い人影はその様子を楽しそうに眺め、まるで悪魔の囁きのように優しげに真人さんに酷い言葉を投げかける。
『違わない……違わない……お前は化け物。全ての命を手にかける。全てを壊し尽くす』
真人さんはその言葉を振り払うように頭を振る。しかしその言葉に動揺しているのか、先程押し戻した刀がまたどんどん押し返される。
普通の人間があのように姿を変えることはないだろう。だからこそ真人さんが普通の人ではなく、何か秘密を持っていることもわかる。それでも今まで一緒に過ごしてきたのだ。真人さんがそんな酷いことをするはずがない。
そう思うと私は叫んでいた。
「そんなことない!! 化け物はあなたのほうよ!!」
私はそのまま真人さんの隣に行くと刀を持っている真人さんの手に自分の手を添える。真人さんは驚いたように私を見つめた。そして私の目に映る自分の姿に怯えるように体を引こうとする。しかし私は手を握り込むと、真人に向かって微笑んだ。
「真人さんはそんなことはしない。今まで見てきたんだもん。私は真人さんが優しい人だってわかってる! そしてそれと同時にこの札がどういうものか今まで見てきた。人を狂わせたり、神様や妖を穢して力を奪っていく。全てを壊し奪い尽くそうとしているのは真人さんじゃない! あなたのほうじゃない!」
私がキッと人影に視線を投げ、さらに手に力を込めると刀が眩く光出す。
不思議な感覚がする。先ほど刀を持った時も手に馴染んだ気がしたが、まるで刀自身が私に応えるように脈打つのを感じる。そして手の平がどんどん熱くなる。
『くっ……お前はいつも要らぬことを……お前のせいだ! お前のせいなのに……』
人影が悔しそうに歯噛みする。
この人影が言っていることはわからない。しかし私の心が相手が危険な者なのだと、消し去ってしまわなければいけないのだと告げている。
刀の光が強くなるにつれ、人影がぼろぼろと崩れていき、どんどん刀が相手側に傾き出す。
そしてその人影の靄が解けるにつれ、風牙さんと繋がっている黒い靄の一本の糸がしっかりと見てとれた。
「真人さん!!」
私は真人さんと視線を合わせると頷き合う。
「「断ち切れ!!」」
真人さんと一緒に黒い靄の糸に向かってまっすぐ刀を振りおろした。
その瞬間断末魔のような叫びをあげ、黒い人影が完全に崩れ落ちる。そして凄まじい突風が噴き上げる。
体勢を崩しそうになる私の肩を真人さんが支えてくれた。
そしてしばらく続いた突風が収まるとバタリと風牙さんの体が倒れた。
いつの間にか暗闇に包まれ、夜空には綺麗な星が光っている。虫の鳴き声が響き、まるで今までのことが嘘であったかのように静かな空気があたりを包む。
先程の札で全ての穢れの元が断ち切られたのか、今は全く穢れの気配がなく、清浄な空気に満ちていた。
(よかった……全部取り除けたんだ……)
そう思うと同時に私の体が傾き出す。
「優希さん!」
「優希!」
傾いた私の体を真人さんが抱きとめてくれた。
「優希さん! 優希さん!」
真人さんが真っ青な顔で私の名前を呼ぶ。真人さんの後ろからは心配気な顔の智風くんが覗き込む。
きっと力を使い過ぎてしまったのだ。起きなければと思うのに怠くて体に力が入らない。
真人さんに心配をかけたくないと思うと同時に頭の中に似たような光景が浮かび上がる。
燃え盛る赤い炎を背景に涙に濡れ、絶望に塗りつぶされた悲痛な声で叫ぶあの姿。
(そうか……あの夢の人って……)
私は力を振り絞り、手を伸ばすと真人さんの頬に触れる。
「優希さん……?」
今にも泣き出してしまいそうに顔を歪め、私の手を上から握り込み、こちらの声を逃すまいとじっと見つめる真人さんにふっと笑いかける。
「……真人さん、あなたが好きです。きっとずっとずっと前から……だからもうあんな風に一人で泣かないで……」
真人さんはびっくりしたように目を見開く。
私はそれだけ告げると意識を失った。
「優希殿の様子は?」
風牙さんの問いかけに真人さんは首を横に振る。先ほどまでの姿ではなく、いつもの黒髪に戻った真人さんはふっと心配気に息を吐くと、風牙さんに答える。
「まだ眠っています」
「大江殿。今回も多大なる迷惑をかけてしまい申し訳ない」
「いえ。元を辿れば私が蒔いた種です。それよりも私はその呼び名が嫌いです。下の名前で呼んでください」
「それでは真人殿と」
風牙さんは真人さんの隣に腰を下ろす。
そして少し逡巡し、問いかける。
「真人殿の様子から見るにこのお嬢さん。優希殿が彼女の生まれ変わりなのですか?」
「ええ。間違いありません」
「それでは真人殿の願いが叶ったのですね?」
「いいえ。それはまだです。私の願いは転生し、また彼女と出会うということだけではないのですよ。智風くんから聞いていないのですか?」
風牙さんは困ったように笑うと頭をかいた。
「あれはあまり私と話をしないので……お恥ずかしい話、実は今回初めてあなたと行動してるということを聞いたのですよ。私はあなたには感謝してもしきれない恩がある。まだ私が若く弱い天狗だったころ、他の妖に襲われ、殺されそうになったところを何度あなたに助けられたことか……今この天狗の里があるのもあなたが助けてくださったからです。ですから息子が少しでもあなたの役に立っているのなら、本当によかった」
風牙さんの言葉に真人さんは顔を歪ませる。
「いいえ。あれはそんな感謝されるようなことではありません。本当にただの気まぐれだったのですよ。私にとっては目障りだったものを排除しただけだった。その結果あなたが助かったというだけです」
「それでも。そのおかげで私は助かったのですから、礼くらい言わせてください。ところで彼女は前世のことを覚えているのですか?」
「いいえ。おそらくはっきりとは覚えていないのでしょう。しかし刀に触れられたということは力が目覚めたということ……力が目覚めたということはきっと前世のことも思い出してくることでしょう。そうなれば近いうちに彼女の魂は…………だからこそ私は願いを叶えなければ」
「真人殿の願いとはなんなのですか?」
真人さんはその問いかけにふっと自嘲するような笑みを浮かべる。
「返すのですよ」
「返すですか?」
「ええ。ですが最後に優希さんの想いが聞けて嬉しかったです」
「最後とは……? 優希殿は少しずつ前世のことを思い出してくるのでしょう? やっとここからなのではないのですか。ずっとこうして一緒に転生できるように辛い思いをしてきたのでしょう?」
「そうですね……ですが私にとっては優希さんが彼女が元気でいてくれることが一番なのですよ。想いが聞けただけで十分です。優希さんは何も知らずに私に想いを伝えてくれたわけですから。私の願いを叶える前に彼女には全てを話さなければ……」
「真人殿、私にできることがありましたら、何でも言ってください。あなたの願いが叶えば良いと思いますが、それ以上に私はお二人が幸せになれる未来を祈っております」
「ありがとうございます」
私にそっと手を伸ばし、これ以上愛しいものはないというように優しく頬を撫でると、真人さんは悲しげに微笑んだ。