どうやら力が目覚めたようです【8】
あと数人というところまで側近の天狗の浄化を終えたころ、ドンという大きな音に振り返る。
そこには木に背中を打ちつけ小さく呻く智風くんの姿があった。
「智風くん!!」
「ちっ! 大丈夫だ。少し油断した」
智風くんにはそう言って何でもないように立ち上がるが、明らかに表情には疲れが見てとれる。
それはそうだ。風牙さん自体が周りに穢れを撒き散らしている状態で、ずっと近くで相手をしている智風くんはそれを間近で受けることになるのだ。さらには穢れが纏わりつき正気を失った風牙さんには疲れが全く見られず、智風くんだけが体力消耗していっているように見える。
だがどうして風牙さんが穢れを撒き散らす状態になっているのか……風牙さんをじっと見つめているとふと違和感を覚える。お腹の辺りから異様に強い穢れを感じるのだ。
「真人さん、風牙さんのお腹のあたりに強い穢れの塊を感じるのですが、あれは何なんでしょうか?」
私の言葉に真人さんが風牙さんを見つめると、しばらく目を凝らし、驚いたように目を見開いた。
「まさか……あれは……優希さんよく気づかれましたね……風牙さんの妖気に包まれているので優希さんに言われるまで私も気付きませんでした……」
「私も今気づいたんです。先日お会いした時は気付きかなかったんです……」
「もしかしたらここ数日力を使い続けたことで、さらに優希さんの力が向上したのかもしれません。これで原因がわかりました。ありがとうございます! あれさえどうにかできればこの状況を打破できそうです!」
真人さんはそういうと智風くんに向かって叫んだ。
「智風くん!おそらく最後の札は風牙さんが持っておられます。その札と風牙さんを繋いでいるものを断ち切れば穢れは全て収まるはずです!」
「なっ!! 最後の札、親父が持っていたのか!?」
智風くんはびっくりしたように見つめ、ならばとその動きを封じるためまた錫杖を振り上げた。
真人さんも智風くんの動きに合わせ、風牙さんに向かって走り出す。
しかし風牙さんはそれに気づいたのか、真人さんに錫杖を振りかざすと、真人さんの断ち切りの刀を薙ぎ払い、そのまま智風くんのほうに錫杖を振り落とす。
その衝撃で真人さんの刀が飛んでいき、その隙をつき、一人の側近が真人さんを目掛けて錫杖を振り下ろす。
「真人さん!!」
真人さんは咄嗟に刀の鞘でそれを受け止めた。
智風くんは風牙さんの相手をしていて、その側近の相手を出来そうにない。颯さんも他の側近の天狗の相手をしている。動けるのは私だけだ。
そこで私はふと気づいた。
(あれ…………? 私真人さんの刀見えなかったはずなのに……)
そうだ。私は真人さんの刀は見えていなかった。一度だけ光に照らされ刀身が見えたことがあったが、それは一瞬だけだった。しかし今、いつのまにか真人さんの持っている刀の刀身も鞘に至るまでしっかりとその形が見えるようになっていた。
私は飛ばされた刀の方を見る。そこには光を反射し、青白く美しく光る刀が落ちていた。私は刀に向かって走り出す。
それに気づいた真人さんと智風くんが私を呼び止める。
「無駄だ! 優希! その刀は真人しか扱えない!」
「そうです。その刀には触れることもできないはずです! それよりも優希さんは安全な場所へ……」
私はその声に足を止めずに、必死に刀に向かって走る。
真人さんは側近の天狗の錫杖にだんだん押されていた。
当然だ。天狗と人間では元々力の強さが違うのだから。もしかしたら刀が今まで真人さんの力の補助をしていたのかもしれない。だからこそ側近の錫杖を受け止めることができていたのかもしれない。そう考えると真人さんに刀を届けなければという思いが強くなる。
私は刀の前で立ち止まり、一つ深呼吸すると刀に手を伸ばした。
一瞬バチっと電気のようなものが走り、手を弾かれたが、それでも構わず手を伸ばす。今はこの刀が頼りなのだ。そしてなんとか無理矢理刀の柄を握りこんだ。
その瞬間不思議な感覚に包まれる。まるでやっと私の元に戻ってきたというような……とても私の手に馴染むのだ。
すると刀がぼんやりと光だし、頭がズキズキと痛み出す。それと同時に一瞬一瞬を切り取られたような映像が私の頭の中に流れ出す。
(うっ……何これ……あれ? これって……この人、見覚えがある……もしかして夢で見た人?)
その映像を見て思い出す。私が時々夢に見ては朝には朧げになり忘れてしまっていた人。とても大切で、そして……
「まさか!?」
その声にはっとして真人さんを振り返ると心底驚いたという顔をして刀を持った私を見つめている。
そうだ。今はとにかく真人さんに刀を渡さなければならない。私は真人さんのほうへ走り出した。
「真人さん! これを!!」
「あ、ありがとうございます」
真人さんは刀を受け取ると側近の天狗を押し返し、そのまま黒い靄の糸を断ち切った。私はすかさずその人に纏っていた靄を浄化した。
「優希さん、体調は? 体調は大丈夫ですか?」
「はい。なんともありません」
私がそう答えると安心したように真人さんが息を吐き出す。真人さんのこの心配のしよう……あの刀は真人さん以外が持つことは良くないことなのだろうか?
「おい! 真人! こっちも手伝ってくれ!」
その声で智風くんのほうを振り返ると、智風くんのほうも相手に押し切られそうになっていた。
「すみません! すぐにあの札との縁を断ち切ります!」
真人さんはそういうと風牙さんに近づき懐に隠しているものに向かって手を伸ばす。
しかしその時、まるでそれ自身が意志を持っているかのように風牙さんの懐から札が勝手に飛び出し、頭上で停止する。
その札は濃密な黒い靄を纏っており、今まで見てきたものより、さらにおどろおどろしく感じた。
その靄はウネウネと何かを形作るかのように靄の形を変える。そしてその靄によって人影が作られた。禍々しい気配に満ちたその人影は私と真人さんを目に止めると顔をキッと歪ませる。まるでこちらが憎々しくてたまらないというように。
『まただ……またお前たちだ……いつも私の邪魔をするのはお前たちだ……憎い……憎い……憎い……』
その恨みが篭った地の底から響くような唸り声にブルリと体を震わせる。
しかし恐怖する心とは別に何かが引っかかる。
(この声……私知ってる……? それにこの人影は……?)
ズキリと頭が痛み出す。私は思わず頭に手を当てる。
(そうだ。知ってる……でも思い出せない……何で……?)
確かに知っているはずなのに思い出せない。そしてそれと同時にこの人物に対する恐怖心と嫌悪感が膨れ上がる。
「優希さん大丈夫ですか?」
真人さんが私を支えるように手を伸ばす。その腕に掴まると恐怖心が薄れ、安心感が広がる。
((そうだ。この人だけが安心できたのだ。いつもこの人に会いたくて……))
そこで私ははっとする。
(何? 今の感覚?)
それは私であって私でないような……
確かに真人さんが好きだと自覚してからいつも会えるのを楽しみしている。しかしこの感情はいつものそれとは別物に感じる。自分の中に矛盾がある気がして、思考が鈍ってくる。
「優希さん、私はあの黒い縁の糸を断ち切ります。ここで待っていてください」
そう言うと真人さんはあの人影を目掛けて走り出す。
そして刀を振り上げると糸に向かって振り下ろした。
糸と刀との間に閃光が散る。真人さんの刀に抵抗するようにバチバチと光が増していく。その閃光はより強くなり、今度は真人さんの方が押され始める。
「くっ…………」
真人さんの小さな呻きに嘲笑うように人影が楽しそうに笑う。
『そうだ……お前たちが邪魔なのだ。あの小娘さえ余計なことをしなければ私こそが全てを手に入れるはずだった……あの愚鈍な娘のせいで……』
その時、ふわりと風が巻き起こる。まるで真人さんからその力が巻き起こっているかのように、どんどん真人さんの周囲の風が強くなる。
「…………貴様如きが……彼女を愚弄するな……」
そして地の底から響くような低い声が発せられると、ブワッと一気に真人さんの足元から風が噴き上がり、先ほどまで押されていた刀を押し戻した。
どんどん風が強くなり私は一瞬目を閉じた。
そして次に目を開いた時、そこには白銀の長い髪を靡かせ、額に二つの漆黒の長い角を生やした美しい男性の姿があった。




