どうやら力が目覚めたようです【4】
「もう少ししたら結界に入る」
智風くんの言葉にみんなが気を引き締め、真剣な表情に変わる。
すると突然目の前の視界がぐにゃりと歪んだ。
先ほどまで確かに何もない空が続いていたはずなのに、目の前に広がった光景に驚き目を見開く。
そこには大きな山が連なるようにそびえ立ち、その山々が取り囲んでいる一つの集落が見えた。
「なるほど。結界の外側からは何も見えない。それも結界を通過できるのは天狗の一族がいる時だけというわけですか」
「ああ。天狗以外のものは結界を抜けることは出来ず、そのまま何もない空を進むことになる。俺たち天狗が結界を抜ける事で、この里につかながるようになっているんだ」
真人さんがこの前言っていた強い結界があるというのはこういう事かと納得する。確かにあれなら結界の入り口すらわからないだろう。それならば一体どうやって穢れの原因は埋め込まれたのか。ますます謎が深まる。
「ここから先は穢れが酷くなる。注意してくれ」
私たちが集落の端に降りると数人の天狗達がこちらに膝をつき頭下げて待っていた。
「若、お戻りお待ちしておりました」
「ああ」
話には聞いていたが、こうやってみると智風くんはやはりいいところの坊ちゃんなのだろう。まさか膝をついた天狗たちのお出迎えがあるとは思わなかった。智風くんの合図で膝をついていた天狗達が立ち上がる。
その中には先日カフェを訪ねてきた天狗もいた。しかしその姿は先日の黒いスーツにサングラスという格好ではなく、背中に翼が生えた天狗の姿になっている。
そしてふと気づく。同じ天狗であってもみんな違っていることに。人間だって個性があるのだから当然かもしれないが、まず翼の黒色が違う。少し薄めの黒色をしているものや青味がかった黒や緑味がかった黒をしているものもいる。そしてその中にあっても智風くんの翼は一際黒く、艶があり、さらには他の天狗より一回りほど翼が大きく見える。
瞳の色もみんな白眼の部分が黒色ということに違いはないが、瞳の金色には違いがある。赤色が混じったような色、暗い金色、緑味がかった金色、智風くんの瞳は澄み切った美しい金色で宝石のように見えたがこちらも天狗によって違いがあるらしい。
私がじっと見つめていたからか、真人さんが首を傾げる。
「どうかされましたか? もしかして少し怖くなってしまいましたか?」
真人さんが小声で心配そうに尋ねてくる。
「いいえ! 違うんです。みなさんを見てたら、天狗同士でも翼や瞳の色が違うんだなと思って」
真人はそれを聞いて納得したように頷いた。そしてその色について説明してくれる。
「そうですね。確かに一人一人色が違いますね。以前聞いた話ですが、どうやら翼の色は黒いほど、瞳の色は濁りがなく純粋な金色に近いほど力が強いと言われているそうです。翼の大きさも大きければ大きいほど力が強いとか」
「そうなんですか」
そういえば一太くんが智風くんは天狗の中でも頭二つ分以上飛び抜けた力を持っていると言っていた。それがあの色と翼の大きさの違いというところだろうか。
そうして天狗達を見つめていると、そのうちの一人がフラリと体勢を崩した。そして片膝をついて蹲る。
「大丈夫ですか?」
私は咄嗟に駆け寄る。その天狗には黒い靄が纏わりついていて、私はそれを手で払い除ける。そうして私がそっと背中に手を当てると、蹲っていた天狗は驚いたようにこちらを向く。
「す、すみません。ありがとうございます」
「颯、大丈夫か?」
智風くんが心配気に尋ねると、その天狗はゆっくり立ち上がる。
「はい。お見苦しいところをお見せしました。しかし一体どうして……いきなり体が軽くなりました」
その天狗は驚いように自分の手足を見つめる。どうやら私の浄化の力が効いたらしい。
「優希の力だ。お前に纏わりついていた穢れを浄化したんだろう。優希に感謝するんだな」
智風くんがふっと笑うと周りにいた天狗達がザワザワと騒ぎだす。
「あれは人間ではないのか?」
「若から話は聞いていたが、まさか本当に浄化の力を持っているとは……」
「しかもこの穢れの中力を使うとは相当な力の使い手だろう」
「しかもこの一瞬でだぞ」
これほど注目されることになるとは思ってもみなかった。私が苦笑いを浮かべていると、穢れを祓った天狗が頭を下げた。
「改めてありがとうございます。ここのところずっと体が重かったのです。助かりました。私は若の御父君である、お館様の側近をしております、颯と申します」
「いえ、そんな。体調が良くなったならよかったです! あまり無理なさらないでくださいね。私は幸神優希と申します。しばらくお世話になります。よろしくお願いします」
私がにっこりと笑うと、颯さんはじっとこちらを見つめたあと、ほんのり頬を染め俯いた。そして小さな声で「こちらこそよろしくお願いします」と呟いた。
「はー……また優希さんは……」
「無自覚だから問題なんだよな……」
「優希さんですからね。仕方ありません……私たちがいない間、二郎くんしっかりと色々な意味で守ってくださいね」
三人がコソコソと小声で話している声は私には届かず、どうしたのかと見つめると、三人とも何でもないと笑顔ではぐらかされてしまった。
その後、この場所は穢れが強すぎるため、一度たぬき達には帰ってもらうことになった。そして私たちは里の中心へと移動した。
移動中に里の様子を見たが、酷いものだった。
ほとんどの場所に穢れが発生し、足元は黒い靄がずっと向こうまで広がっている。人々は皆、家に入っているのか、誰一人道にはいない。人と会わないことと穢れが広がっているせいでより一層不気味さが増し、空気が重く感じる。
「ここが里の真ん中だ。真人、鞠の設置を頼めるか?」
「わかりました」
真人さんが鞠を取り出すと地面にポンと鞠を落とした。鞠はそのまま一度跳ね、空中で停止すると、鞠を中心に地面に不思議な紋様が浮かび上がる。そしてその紋様が光出し、光の波が紋様を中心にして里全体に広がっていく。そして光が収まると鞠が落下し、そのまま紋様に吸い込まれた。
そしてはたと気づく。先ほどまで漂っていた靄が一気に消え、空気も軽くなったような気がする。座敷わらしさんは京都で一二を争う力を持っていると真人さんが以前言っていたが、それは伊達ではないらしい。こんな一気に浄化をできるのかと驚いて見つめていると、トンッと軽く肩を叩かれた。
「優希今から俺の家に案内するから、一旦お前は休憩してくれ」
「私は大丈夫ですよ?」
「いや、慣れない長距離の飛行で疲れただろ? 一旦休んでから、お前の力を借りたい」
「そうだよ、優希さん。休める時に休んだほうがいいんだから、休ましてもらおうよ」
二郎くんにもそう言われてしまい、私は小さく頷いた。
私たちは智風くんの家に向かって歩き出し、しばらく歩くと里の一番奥に一際大きな屋敷が見えた。そして智風くんはその屋敷の前で振り返る。
「ここが俺の家だ。って言っても実家だがな」
その屋敷は高級旅館のような大きな木造の立派な佇まいをしていた。
里のほとんどの家は一昔前のような木造の造りをしていたが、ここだけは大きさが格違いだ。
智風くんが門前で声をかけると門番が恭しく頭を下げ、門の扉を開ける。私は場違いような感覚を感じながらも智風くんの後に続いた。
「疲れているところ申し訳ないが、先に親父のところに顔を出してもらえるか? 一応この里を纏めているのは親父だからな。外から人を入れるなら声をかけないといけないんだ」
「それはもちろんです」
「お邪魔するのに挨拶なしというのはいけませんからね」
私と真人さんがそう答えると二郎くんもうんうんと頷く。
私達の言葉に「悪いな」と言葉を返すと、智風くんは屋敷の奥にどんどん進んでいく。
外から見ても大きかったが中に入るとまたその大きさに驚かされる。
廊下であるのに十数人が一緒に横並びに歩けるほど幅が広く、何故ここまでと思うほどに天井も高い。私がキョロキョロ周りを見ながら歩いていると智風くんが一つの部屋の前で立ち止まった。
「ここが親父の部屋だ」




