どうやら力が目覚めたようです【3】
結局あれから、この件が解決するまで何日かかるかわからないということで、一旦各自準備をし、翌日に里に向かうことになった。
「えっと私たちはどうやって里まで行くんでしょうか?」
私たちはカフェの前に集まり、智風くんを待っていた。
智風くんは里が心配ということで、昨日のうちに一旦里に戻っている。そして里の人たちに話を通してくれることになっていた。
「そうですね……里は結界の中。普通の交通手段では行けないでしょうし、智風くんたちは飛んで行かれていましたね……」
「うーん……まさかちーくんが一人で僕たちを運んでくれるとは考えにくいし、どうするつもりかな?」
私たちが頭を捻っていると、ちょうど智風くんがやって来た。
「待たしてすまなかったな」
そう言って手を上げながらこちらに向かって来た智風くんを見てぎょっとする。
「智風くんそれ……まさか……それで普通に大通りを通って来たの?」
「なわけねーだろ。流石にそんな目立つ行動しねーよ。俺たちが使ってる特殊な道があってな。以前、神使が使ってた神道と似たようなもんかな?」
なんと智風くんの後ろには十数匹ものたぬきが列を成して歩いている。そしてこちらに気づいたたぬきたちがコソコソと話し合う。
「ほら、前に住処に来たお嬢さんだよ!」
「本当だ! 優希様というお名前だったかな?」
「若様の奥方になるかただろ?」
「え!? そうなのか? 俺この前、祇園祭で隣のにーちゃんと仲良さそうにデートしてるとこ見たぞ!」
「ということは二股か!? 豪胆な嬢ちゃんだぜ!」
「でも若様が選んだ人なんだから、失礼がないようにしないと」
たぬきたちは話し終わったのかこちらを振り向き、皆が皆にっこりと笑顔を見せると丁寧に頭を下げた。
(ちょっといろいろ聞こえてるんだけど……これ間違いだって正せばいいのかな? それとも怒ればいいのかな?)
私が頬をひくひくさせなが、たぬき達のほうを見ていると、横からヒヤッとする気配を感じる。
すると笑顔を浮かべつつも、不穏な空気を纏った真人さんがたぬき達の前に進み出る。
「どうも。挨拶がまだでしたね。私は大江真人と申します。よろしくお願いしますね」
真人さんが挨拶し、それにたぬき達も頭を下げる。
そして挨拶された事で気を許したのか真人さんが話し出すと、たぬき達はニコニコしながら話を聞く。
「そうでした。少し先程の会話が聞こえたのですが……」
真人さんは話しながら私の斜め前に移動する。
「優希さんは智風くんの奥方になる人ではありませんよ……」
たぬき達はその瞬間ヒュッと息を吸い込むと、顔を青くさせ、「そうだったのですか」と壊れた人形のように縦に首を振る。どうやらやっと真人さんの笑顔がただの笑顔ではなく、不穏な気配を纏っている事に気づいたらしい。
私からは真人さんの表情は見えないが、何となく見てはいけないと本能が訴えている。
(うん! 触れちゃいけないものってあるよね。今はスルーして……)
「ところで智風くん、どうして一太くん達を連れて来たの?」
「ああ。それはこいつらに運ぶの手伝ってもらおうと思ってな」
運ぶのを手伝う?私が首を傾げると、一太くんが胸を張って前に進み出る。
「はい! お任せください!」
そう言ってたぬき達を呼び寄せると、みんなで円になり、「せーのっ!」と掛け声を合わせた途端、モクモクと煙が上がる。そしてその煙が晴れると、そこには大人三人が十分に乗れるほどに大きいカラスがいた。
「これは……?」
突然出てきた大きなカラスに驚き、目を丸くしていると、そのカラスが話し出す。
「さあ皆さんどうぞ背中にお乗りください!」
「その声一太くんだよね?」
「はい!」
どうやらたぬき達が集まって大きな一匹のカラスに化けたらしい。そういえば以前も置物に化けていたことを思い出す。智風くんの言っていた運ぶのを手伝うとはこういうことだったのかと納得し、私たちは大きなカラスの背中に乗った。
「あの……でもこんな大きなカラスが街中から飛び立てばすごい騒ぎになるんじゃ……?」
「それは俺が術をかけるから大丈夫だ」
その声に視線を向けると、一瞬の間に智風くんが天狗の姿に変わっていた。そしてカラスの背に乗った私と同じ目線の高さまで飛び上がる。
「俺はこのまま横を並走して術をかけるから、優希は落ちないようにしっかり掴まっとけよ」
私が頷くのを確認すると、智風くんがカラスに目で合図を送る。
「それでは参りましょう!」
一太くんの元気な声が聞こえると、フワッと体が浮く感覚がした。そしてゆっくりと空へ向かって登って行く。
見る見る高度が上がっていき、京都の街が小さく見えてくる。
「このまましばらく飛び続けることになるから、落ちないようにな」
順調に空の旅は続き、しばらく経ったころ、ビュッと強い風が吹き、体が後ろに持っていかれそうになる。
(うわっ! やばい!)
上空は遮るものが無いうえ、さらにはずっと風を切って飛び続けているのだ。常に力を入れて掴まっていたので、手も疲れていた。それに夏の時期といえども、高度が高いため気温が低くなっているうえ、強い風で体が冷えていた。
まさかただ背中に乗せてもらっているだけでこれほど体力を消費するとは思っていなかった。
私は風に煽られそのまま体が後ろに引っ張られそうになる。その時、右側から伸びた腕が、私の手を掴んだ。そして左側からは肩を抱き込むようにして前に引っ張られる。
「「優希さん大丈夫?」」
二郎くんが腕を、真人さんが肩を抱いて体勢を戻してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「優希さんすごく冷たいね。寒い?」
「えっと……少し……」
私がそう答えると真人さんも確認するように二郎くんとは反対の手を取る。
「本当ですね。だいぶ冷えてしまってますね」
「そうだ! 僕温かいから温めてあげる!」
そう言うと二郎くんが私に抱きついてくる。腰の辺りに腕を回し、抱きしめてきた二郎くんを、私はびっくりしつつも受け止める。猫又であるからなのか、確かに二郎くんはポカポカと温かい。
「こら、二郎くん。前も言ったでしょう? あまり引っ付き過ぎてはいけないと」
真人さんはそう言うと自分のいる左後ろの方に肩を抱き寄せる。
(ま、真人さんも十分近いです……)
私は肌に感じる二人の体温に顔が赤くなるのを感じる。
「優希寒いのか?」
すると私たちの話しが聞こえたのか智風くんも私達とぎりぎりの近さを飛びながら、私に尋ね、ふと考える表情をする。
「それなら俺が抱えて飛ぼうか? 俺が抱きかかえれば、俺の体温であったまるだろうし、俺の術で多少風を防ぐことができるぞ」
「い、いえ! 大丈夫です」
私はその密着する姿を想像して、ブンブンと頭を振り断った。智風くんが少し寂しそうな表情をした気がしたが、たぶん気のせいだろう……
みんながいる中で抱きかかえて飛んでもらうのは流石に恥ずかし過ぎる。すると今度は二郎くんが閃いたと言うようににっこり笑う。
「それじゃあ僕が優希さんの前に座って、真人さんが後ろに座れば少しマシになるんじゃない?」
そう言うと二郎くんは私の前に背を向けて座ると、私の手を引っ張って自分の腰の辺りを握らせる。これではまるで後ろから抱きついているようだ。
私が体を後ろに引こうとすると背中に体温を感じパッと振り返る。
「確かにこれなら少し寒さがマシになりますかね?」
そこにはにっこり微笑んだ真人さんが私の真後ろに座っていた。肩や腰に手を回されているわけではないが、これほど背中全体に体温を感じるほど近い距離に座られると、もう後ろから抱きしめられているように感じる。
「優希さんしんどければ後ろにもたれかかってもらって大丈夫ですよ」
「だ、大丈夫です……」
二人とも私の事を考えてしてくれている事がわかっているので、もっと離れて欲しいとは、変に意識していると思われそうで言えなかった。
(目的地までずっとこのままなのかな……?)
私がそんな事を思っていると、私たちを乗せて飛んでいるたぬき達の声が微かに聞こえる。
「なんだなんだ修羅場ってやつか?」
「いや、あれは取り合いだな。モテる女は辛いってやつだな!」
「若様はもう一押しが足りないな」
「もっと強引にいかなきゃだよな」
私はその声に心の中で大きなため息をついた。