どうやら力が目覚めたようです【2】
「あれからもう一週間ですよね……智風くん大丈夫でしょうか?」
智風くんが天狗の里に帰ってちょうど一週間が過ぎていた。智風くんからも一太くんからも連絡はない。何も音沙汰がなければ心配になってくる。
「そうですね……携帯も繋がりませんし、あちらから連絡がない限り状況がよくわかりませんね……」
真人さんも悩ましげに頷いた。
カランカラン
ちょうどその時カフェの扉が開いた。
「智風くん!!」
一週間ぶりに店にやって来た智風くんはとても疲れているように見えた。
顔色は悪く、たった一週間しか経っていないのに少し痩せたようにも見える。
「智風くん大丈夫ですか?」
その顔色の悪さに真人さんが心配そうに尋ねると、智風くんが頷いた。
「大丈夫だ。なかなか連絡出来なくて悪かったな。それで帰って早々悪いんだが、頼みがあるんだ」
真人さんが首を傾げ、先を促すように視線を向ける。
「あの鞠を……座敷わらしから報酬として受け取った鞠を俺に譲ってくれないか?」
智風くんの切羽詰まった様子に、真人さんは落ち着かせるようにに静かに話しかける。
「鞠をですか……? 鞠を譲ることは問題ありませんが、とりあえず何があったのか教えてもらえませんか?」
智風くんは時間を気にしつつも、わかったと頷いた。
智風くんは真人さんに促されるまま、いつもの定位置に座ると、私が用意したコーヒーを啜り一つ息をついた。そして一つ大きく息を吐く。
「あの日、里に帰ってみると、里が穢れに侵されていたんだ……」
「穢れにですか? ですが天狗の里は強い結界が貼られていると言われてますよね? そんなところに穢れが入り込むものなのですか?」
真人さんが驚いたように返すと、智風くんが疲れたように息を吐いた。
「いや、普通ではあり得ねーよ。俺もあんなの初めてだ。とりあえず親父のところに向かったんだが親父も穢れのせいで伏せっていた」
「えっ!? ちーくんのお父さん大天狗だよね? そのお父さんが伏せるほどの穢れって……」
二郎くんの顔色が青くなる。私には妖のことはよくわからないが二郎くんの顔色や真人さんの険しい表情を見る限り、通常ではあり得ない事態らしい。
「そうだ。親父が倒れてほどなんだ……力が弱い子供や老人もほぼみんな伏せってる状態だったよ」
それを聞くだけでも相当穢れが酷い状況なのがわかる。
「それでとりあえず俺の風の力で穢れを吹き飛ばそうとしたんだが……おかしいんだ。何度吹き飛ばしてもすぐに穢れが湧き出てくるんだよ」
「それって……」
その状態には心当たりがある。それは以前の葵家や嵐山の桜の木と同じ状態だ。
「ああ、おそらく葵の家や桜の木と同じ状態だ。どこかに発生源が埋められいると思う。しかも里を覆うほどだ。一個やニ個なんてもんじゃねぇ。それを見つけ出したいが、そっちに集中するとすぐ穢れが広がる。伏せってる連中は穢れに侵されてどんどん衰弱している者もいれば、突然暴れ出すやつもいて探し出す暇もねぇ。だから少しだけでも一定の間浄化できるあの鞠があれば、探す時間を稼げるんじゃねーかと思ってな……」
智風くんは疲れた顔でため息を吐くと手で頭を押さえる。
優しい智風くんのことだ。おそらくこの一週間ずっと里のみんなのために智風くんは力を使い続けていたのではないだろうか?
私はじっと智風くんを見つめていると、ふと微かに黒い靄が纏わりついているのが見えた。
こんなことになっている元凶の一部だと思うと憎々しく思えて、私は咄嗟に手を出して、その靄を叩き落とすように智風くんの肩を軽く叩いた。
智風くんは私の突然の行動に驚いたようにこちらを見つめる。そして首を傾げると、肩を回し、はっとしたようにもう一度私のほうを見た。
「今、何したんだ?」
「え? えっと……なんだか智風くんに黒い靄が纏わりついているように見えたから、それを手で払って……」
私の言葉に真人さんも驚いたように智風くんを見る。
「なんか急に体が軽くなった……!」
心なしか先程の切羽詰まったような疲れきった表情が緩んだ気がする。
「優希さんは私にも見えないくらい微かな穢れが見えるのですか?」
確かに薄い靄ではあったが、真人さんにも見えていなかったとは驚きだ。
「私もさっきまで気づかなかったんですけど……じっと見ていたら何だか微かに見えてきて……でも何で……?」
私が首を傾げていると、真人さんと智風くんが顔を見合わせ、はっとしたようにこちらを見る。
「「祝福と浄化の力か!」」
二人の勢いにびっくりしながらも自分の手を見つめる。確かに穢れを祓えると聞いていたが、ちょっと叩いた程度で簡単に祓えるほどの力をもらっていたとは自分でも驚きだ。
「優希助かった! さっきまでの怠い感じが消えた。これで鞠があればもうちょっと踏ん張れる! ありがとな!」
智風くんの言葉に自分でも役に立てたのだと思うと嬉しくなる。いつも真人さんや智風くんには助けてもらってばかりだったので、少しでも何かできないかと思っていたのだ。私はよかったと智風くんに向かって微笑んだ。
「智風くん今は里の方はどうなっているのですか?」
「とりあえずは親父の側近の連中でしばらく持たしてくれと言ってある。だがすぐ戻らないと……そんなにもたないと思う。みんなあの穢れの中で力を使っていて、疲弊しているんだ……」
真人さんは指を顎に当て、少し考え込むように俯く。そして顔を上げると智風くんに提案した。
「それだけ多くの場所に埋められているなら、探し出すのは大変ではないですか? 今、里の中には伏せっているかたも多いのなら、看病をする人も多く必要でしょう。それであれば地中に埋まっているものを探すのにあてられる人数は少ないのではないですか? 人手は一人でも多いほうがいいでしょう? もし人間である私が入っても問題ないのなら、私もその里に連れて行ってもらえませんか?」
真人さんの提案に驚いた表情を見せた智風くんは、しかしすぐに表情を曇らせる。
「確かに真人の力はありがたい。でもあそこは今穢れが充満してる。体にどんな影響があるかわからない。それに里の天狗は外からのものを嫌がる奴もいるし、俺が許可しても好奇の目に晒されたり、何かしてくる奴がいないとも言い切れないぞ」
智風くんが困ったように眉を寄せると、真人さんは飄々とした顔で話しだす。
「私は穢れに強いほうですし、自分とは違うものに対して注目するのは仕方がないことでしょう。それぐらいは大丈夫ですよ。今まで智風くんには色々手伝ってもらいましたし、今回は私に手伝わせてください」
真人さんが微笑んでそう答えると、智風くんは申し訳なさそうにしながらもふっと笑う。
「じゃあ真人の言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとうな」
真人さんはにっこり頷くと、こちらを向く。
「こういうことですので、しばらくカフェはお休みということでお願いします」
「わかりました。そうですね。カフェはお休みするしかないですよね。それですぐに行きますか?」
私のその返答に真人さんと智風くん、そして二郎くんまでが、まさかという顔をしながらこちらを向く。
「なぁ、優希……まさかと思うが一緒に来ようとしてないか?」
「はい。そのつもりです!」
私の言葉にみんなが頭を抱え、口々に言い募る。
「さっきちーくんや真人さんも言ってたじゃない! 危ないんだよ?」
「でも浄化の力があれば私だいぶ役に立てると思うよ?」
「里は穢れで溢れているんだから、優希みたいな人間が入ったら危ないんだぞ!」
「でも私座敷わらしさんからお守りもらってるし、あれがあれば大丈夫だと思う。以前の桜の木の時も動けたし」
「好奇の目に晒されたり、何かされる可能性もあるのですよ?」
「でもそれは真人さんにも言えることですよね? それに智風くんから説明してもらえれば納得してくれる人もいるのではないでしょうか? 真人さんも人手は一人でも多いほうがいいと言ってたじゃないですか」
私の言葉に三人がうっと押し黙る。そして静かな睨み合いの末、三人が大きく息を吐き出した。
「優希さんはこうと決めたらこちらが頷くまで動きませんからね……」
「そうだね……優希さん見た目に反して頑固だから……」
何だかとても失礼なことを言われた気がするが、智風くんが最後の確認とばかりに聞いてくる。
「本当に一緒に来る気か? 俺も真人も手一杯で優希のこと守れないかもしれないぞ」
「わかってます! でもきっと浄化の力があれば、体調の悪い里の人を少しでも癒すことができると思うんです!」
智風くんはしばらく私の目をじっと見つめると、小さくため息を吐く。そして降参だというように頷いた。
「確かにその力はありがたい。俺が危険なことに首を突っ込むなって言ってたくせに巻き込んじまって悪いが、力を貸してくれ」
智風の言葉に力強く頷くと、後ろで「もう!」と声が上がる。
「仕方ないな! 優希さんが行くなら僕も行くよ! 僕でも少しは優希さんを守る力にはなれるはずだから。真人さんとちーくんが発生源を探してる間は僕が優希さんを守るから、優希さんのことは僕に任して!」
智風くんはその言葉にきょとんとした顔をし、ふっと笑った。
「みんなありがとうな。よろしく頼む」




