どうやら危険なこともあるようです【1】
私は悩んでいた。
本当にこのままこのカフェでバイトを続けていいのかと……
(だってやっぱ怪しいよね……)
オーナーはかっこよくて、とても優しい人だ。バイト仲間の二郎くんもよく気遣ってくれて話していても気疲れせず、楽しく働ける。
重い物を持とうとすると二郎くんやオーナーが代わってくれるし、疲れていそうなら休憩に入るよう気遣ってくれる。
しかし……
(本当にオーナーの仕事って怪しい仕事じゃないのかな……?)
こんなによくしてもらっているのに疑うのは気が引けるが確実に怪しい。
(断ち切り屋って何なの? 別れさせ屋みたいな? 浮気調査みたいなことするのかな? それとも考えたく無いけど……悪縁を断ち切るっていうのを謳った詐欺とか!?)
「幸神さん、大丈夫ですか? お疲れのようですし、休憩行かれます?」
目の前にオーナーのかっこいい顔があり、ギョッとして後ずさる。
(だめだ……まだこのかっこいい顔になれない……)
「だ、大丈夫です!」
まさか「あなたのもう一つの仕事を疑っていました」なんて口が裂けても言えない。
私が口元を引き攣らせながら何とか笑顔を浮かべる。
オーナーは「そうですか?」と首を傾げはしたが、何とか納得してくれた。
(そうよ! まだ怪しい仕事と決まったわけじゃ無いし、こんなかっこよくて優しいオーナーが詐欺なんてするわけない!……と思う……多分……とりあえずは様子見して本当にやばそうならすぐに辞めてしまえばいいんだから!きっと大丈夫!)
私は無理矢理納得させるように大丈夫大丈夫と心の中で繰り返す。
オーナーはふっと優しく微笑むと、思い出したように話し出した。
「そういえば履歴書ありがとうございました。幸神優希さんって漢字はこう書くのですね。実は幸神さんとそっくりな人を知っていて、その人がユキって名前だったんです。読み方によってはこの漢字もユキって読めるので、すごい偶然だなってびっくりしたんですよ。名前まで似てるって」
昔を懐かしむように微笑んでいたオーナーだが、一瞬寂し気な表情を浮かべた。
(もしかして今はもう会えない人なのかな?)
オーナー表情であまり深く聞かないほうがいいかもしてないと思い、私は「そうなんですか」とだけ返した。
「そういえば優希さんって真人さんのことオーナーって呼んでるよね?」
厨房のほうから二郎くんがひょっこり顔を出す。
「僕もちーくんも真人さんって名前で呼んでるし、優希さんも名前で呼べばいいのに。なんだかオーナーって呼ぶとすっごく他人行儀な気がしない?」
先程の話が聞こえたのか、二郎くんはうーんと首を傾げる。
(そうなのかな? でもバイトとオーナーって普通そんなものじゃない? 二郎くんとオーナーは仲良さそうだけど、いきなり名前呼びって馴れ馴れしいって思われるんじゃ……?)
私が窺うようにオーナーを見ると、オーナーが「そうですね!」と明るい声で返す。
「確かにジロくんと智風くんからそう呼ばれてますし、幸神さんも良ければ名前で呼んでください」
本人がそう言うのならいいかと私は頷いた。
「オーナーがそうおっしゃるなら名前で呼ばせてもらいますね! それじゃあ……私のこともよければ名前で呼んでください」
「それでは私も優希さんと呼ばしてもらいますね」
いきなりの名前呼びと美しい微笑に、咄嗟に顔を隠すように逸らした。
(ゆ、油断してたわ……名前呼びにその笑顔はやばい!)
「優希さんどうしたの大丈夫?」
二郎くんの心配そうな声にはっとして、深呼吸をしすると気持ちを落ち着かせる。
「大丈夫、大丈夫! ちょっと目に何か入ったような感じがして…」
私の少し無理のある言い訳にも二人は素直に心配してくれる。
「大丈夫ですか? 更衣室の手前の休憩室にも水道ありますし、そこで洗ってきますか?」
「大丈夫? 擦ったりしないほうがいいよ!」
「ほ、本当に大丈夫ですから!!」
咄嗟についた嘘をこのように心配されると申し訳ない気持ちになる。私は顔を左右にぶんぶん振り、力強く告げると仕事に戻った。
カランカラン
「「「いらっしゃいませ」」」
「あっ、鞍馬さんこんにちは」
「ああ。そういえばあんたここで働き出したんだったな。真人、この前、頼まれてたものだ」
鞍馬さんは手に持っていた袋を真人さんに渡すと、カウンターに腰掛けた。
「それでは奥で確認してくるので、少し待っててください。優希さん、ジロくん少し席をはずすのでよろしくお願いします」
私と二郎くんにそう告げると、真人さんはstaff onlyの奥の扉に入っていった。
「鞍馬さん何か食べられますか?」
私が水とお手拭きを出すと鞍馬さんは「そうだな」とメニュー表を見る。
「優希さん、鞍馬くんには水とか出さなくていいのに。どーせいつもコーヒー頼むんだし」
「お前はいつもそういう態度だからいつまで経っても接客うまくいかねーんだよ」
鞍馬さんが二郎くんの軽口にイラッとしたように返す。
「そ、そんなことないもん!」
二郎くんがぷくっと可愛く頬を膨らませるが、鞍馬さんはふっと息を吐くと二郎くんを無視する。
「ホットコーヒー頼む」
「かしこまりました」
私は二人の様子に苦笑を浮かべながら注文を取った。
「お待たせしました」
コーヒーを鞍馬さんの前に置き、鞍馬さんが一口啜ったところで、真人さんが戻ってきた。
「智風くん確認しました。ありがとうございます」
鞍馬さんはコーヒーを飲みながら「おう」と手を上げる。
しかし、突然ぎょっとしたように目を見開き、店の扉を凝視する。なんだか少し顔色も悪い。
「うわっ!ありゃひでーな」
鞍馬さんはパッと立ち上がるとstaff onlyの部屋の扉を開ける。
「俺、あーいうタイプ無理だから。真人だけで頼むわ」
それだけ言うと扉を閉めて中からガチャっと鍵を閉める音がした。
(あーいうのって何? 店の外に誰かいるの? しかもそっちstaff onlyの部屋なんですが……)
勝手知ったるというように奥の部屋に閉じこもってしまった鞍馬さんに私は呆然とし、奥の扉を見つめる。
「あー気にしないでください。智風くんは気配に敏感なので……おそらくもう少しで『断ち切り屋』のほうのお客さんが来るはずです。智風くん奥に閉じこもっちゃったんで、どうせそろそろ閉店の時間ですし、その人が来たらカフェのほうは閉店して、そこのテーブルでお話ししますね」
「はーい」
「わかりました」
オーナーの言葉に返事をするとすぐ、店の扉のベルが鳴った。
カランカラン
(本当に人が来た! 鞍馬さんすごい……というかあーいうの無理ってどういうことなんだろ?)
「「「いらっしゃいませ」」」
店に入ってきた女性は中をさっと確認するように視線を動かす。
綺麗な子だ。しっかりとした化粧に髪を結い上げ、膝上までのスカートに可愛いらしい薄いピンクのブラウス、まさに女子という感じの格好。身長は低めで何とも庇護欲をそそる。
私がじっと見つめていると彼女と目が合った。
彼女はこちらを値踏みするような視線を向ける。
そして、ふっとこちらを下に見たような嫌味な笑みを浮かべると私を素通りし、私の隣にいた二郎くんに話しかけた。
(うわ〜可愛いいけど性格悪そう!!)
私は頬をぴくつかせる。
お客様である以上、仕方なく笑顔で見守った。
「すみません! わたし、友達に紹介されて〜断ち切り屋さんのこと聞いたんですけど……このカフェで合ってますか?」
可愛いらしく首を傾げ、乗り出すように二郎くんに話しかける。二郎くんも苦手なタイプなのか、彼女から距離を取るように一歩下がると強張った表情で「そうです」と返した。そして助けを求めるように真人さんを見る。
「ま、真人さんお客様です!」
真人さんは二郎くんの助けを求めるよな声に苦笑をもらし、すっと表情を引き締めるとテーブル席のほうに女性を案内した。
「こちらにどうぞ。ここのオーナーであり、断ち切り屋をしております大江と申します」
女性は真人さんのほうに視線を向けると、薄ら頬を染め惚けたように眺めたあと、にんまりと微笑んだ。
(あれぞ獲物を見定めた肉食獣って感じね……)
「私、前之かなって言います!悪縁の断ち切りをお願いしたいんです!」