どうやらずっと待っているようです【1】
ブーブー
ポケットに入れた携帯のバイブがなる。携帯を確認すると久々に目にする名前が表示されている。
(あっ! 久しぶりに晶子さんからメールがきてる)
盃の件からまた少し季節が流れ、今は夏の真っ只中である。お店の中は涼しいが外は焼けるように暑い。
座敷わらしさんから依頼があってから以降ずっと連絡をとっていなかったので一体どうしたのだろうとメールを開いてみる。
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優希さん。
お久しぶりです。お元気でしょうか?
優希さんと大江さんにお願いがあり、また都合の良い日にこちらに来ていただきたいのですが、ご都合は
いかがでしょうか?
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私と真人さんにお願いとはまた何かあったのだろうか?
「優希さん、どうかされたのですか?」
真人さんがこちらを心配そうな表情で見つめている。
「あ、いえ。晶子さんから久しぶりにメールが届いたんです。それで私と真人さんに晶子さんの家に来て欲しいと書かれていたものですから……何かあったのかと思いまして……」
「そうなんですか? しかしそういった問題であればまず先に座敷わらしさんがこちらに報告に来ていそうですし、そんな心配はされなくて大丈夫だと思いますよ」
「あっ! 確かにそうですね」
私は真人さんの言葉に安心して頷く。
しかしそれでは一体なぜ呼ばれたのだろうか?
不思議に思いながらもとりあえずメールを返さなければと真人さんに尋ねた。
「真人さんは都合の良い日はありますか?」
「そうですね……直近にはなってしまうのですが、明後日はお店お休みですから、その日の午後なら大丈夫ですよ。優希さんはもう予定入れられてますか?」
「私も特に予定いないので大丈夫です。一度晶子さんに明後日は大丈夫かメールしてみますね」
晶子さんに返信をすると、すぐまたメールが返ってきた。
晶子さんも明後日は空いているということで明後日に真人さんと一緒にお宅に行くことになった。
「優希さん、お待たせしました!」
「いえ! 私も今来たところですから」
私たちは晶子さんの自宅近くの駅で待ち合わせしていた。真人さんが午前中に用事があり、カフェで待ち合わせではなく駅での待ち合わせになったのだ。
いつもはお店で会うことがほとんどで、どこかに外出する時もお店で待ち合わせするため、駅で待ち合わせするのは新鮮な感じだ。
しかもほとんどが二郎くんか智風くんも一緒なので、こうして二人で出かけることも滅多にない。
お店でよく見るカッターシャツではなくTシャツにジャケット姿の真人さんの服装も相まって、なんだかデートにでも来ているような妙にムズムズした感じがする。
(いやいや! これは晶子さんに呼ばれたからなんだから!)
自分の中でそう言い聞かせていると真人さんがこちらを見て少し恥ずかしげにふっと笑う。
「こうして駅で待ち合わせて出かけるなんて、なんだかデートみたいですね」
その言葉にピシッと固まる。
(違う! これは違うぞ! 勘違いしちゃダメ! 真人さんは特に深い意味もなく言ってるだけなんだから!)
私の反応がないことに真人さんは首を傾げるとあっと焦り出した。
「すみません! 変なことを言ってしまって……嫌でしたよね? 優希さんと二人でこうして外出することがないので少し浮かれてしまいました……」
真人さんの落ち込んだような顔を見て、私は咄嗟に否定する。
「嫌だなんて! そんなこと絶対に無いです! 私も一緒に出かけられて嬉しいですし、同じようなことを思ってました……」
ついぽろっと要らない事まで言ってしまい。私は熱くなる顔に視線を逸らし、俯いて顔を隠す。
「よかった。それでは行きましょうか?」
真人さんの声にそろりと顔を上げると、少し頬を染めとても嬉しそうににっこりと笑顔を浮かべている。その笑顔に私はさらに顔が熱くなる。
真っ赤になってしまっている顔を隠さなければと思うものの、その嬉しそうな真人さんの笑顔から目が逸らせない。
(その笑顔は反則だよ……)
私は何とか「はい」と呟き頷いた。
ピンポーン
「いらっしゃい。優希さん、大江さんお待ちしてました。お久しぶりです」
「晶子さん、お久しぶりですい」
「お久しぶりです」
私は元気そうな晶子さんの様子に安堵の息をつき、元気よく返事をする。
やはり自分の目で晶子さんの様子を見るまで安心できなかったのだ。
しかし安心すると今度はお願いのほうが気になってくる。
「ところでお願いというのは?」
「ここで立ち話もなんだからどうぞ中に入って」
「「お邪魔します」」
晶子さんはふっと柔らかく笑うと中へ私たちを招き入れる。
奥に進み一つの部屋の前で晶子さんは立ち止まり、ゆっくりと襖を開く。部屋の中には色とりどりの綺麗な浴衣が何着か並んでいた。
「わー! すごい綺麗な浴衣ですね!」
私がそう言うと晶子さんがにっこり笑う。
「そう言ってもらえてよかったわ。実は優希さんにこの浴衣を貰ってもらいたくて」
「え!? いただけません! こんな綺麗な浴衣私にはもったいないです!」
それはどう見ても質の良さそうで高価な浴衣とわかるようなもので、それをもらうなんて申し訳ない。
「私が優希さんに着てもらいたいの! 流石にこの色味は私には若くて着れないから、気に入ってくれたなら貰ってもらいたいのよ。ダメかしら?」
晶子さんが困ったようにこちらを見つめてくる。私はうっと言葉に詰まると晶子さんが言い募る。
「私あの時本当に助かったわ。今は考えられないほど体調もいいし、何かお礼がしたかったの」
「でもあれは座敷わらしさんから依頼があったからで、すでに座敷わらしさんからお礼もいただいているんです。それに私着付けも出来ないので……」
「それなら私が着付けも教えてあげるから大丈夫よ!」
私がどうしようかと悩んでいると後ろから真人さんがふっと笑う気配がした。
「優希さんせっかくなら一着いただいては? せっかく用意してくださったんですし、こう言ってくださっているのですから。それに私も優希さんの浴衣姿見てみたいです」
「で、でも…………」
真人さんの後押しに晶子さんがうんうんと嬉しそうに頷いている。
私は結局晶子さんのご厚意に甘えることにした。ここにあるものは全部貰ってほしいと言われたが、流石に全部はいただけないと断り、一着だけいただくことになった。
「どれがいいかしら? 優希さんにならこれも似合うと思うのよね〜」
「どれも素敵で迷いますね……確かにこれも素敵です! でもこっちも綺麗ですね!」
結局晶子さんときゃっきゃと楽しみつつ浴衣を選んでいると廊下から小さな足音が聞こえてきた。
そしてひょっこり襖から顔を出す。
「優希ちゃん、こんにちは!」
透くんが恥ずかしそうにしながらにっこり笑ってこちらを見つめている。
「こんにちは! 透くん元気だった?」
私がにっと笑って尋ねると「うん!」と元気良く頷く。そしてモジモジとゆっくりこちらに近づいてくる。しばらく会っていなかったのでまた人見知りが少し出てきてしまったようだ。
「あれ? 透くん少し見ない間に背が伸びたね?」
「本当?」
身長を確認してもらおうと思ったのか嬉しそうにこちらに駆け寄る。
他に気になることができると恥ずかしさはどこかに行ってしまったようだ。そんな可愛らしい様子ににっこり笑い頭を撫でていると、透くんがくすぐったそう首をすくめる。
「あのねママの浴衣を優希ちゃんにあげるのはどうかなって言ったの花ちゃんなんだよ! 僕がママに伝えたの!」
「え!? そうなの?」
どうやら今回の件の起案者は座敷わらしさんだったらしい。
「そうだよ。花ちゃんも優希ちゃんと会いたいって言ってたから後で僕のお部屋にきてね!」
透くんは嬉しそうにそれだけ言うと手を振って、また自分の部屋に帰って行った。私が笑って見送ると晶子さんがふふっと笑う。
「あの子すっかり優希さんのこと大好きになっちゃって、今度いつ会えるってよく私に聞くのよ」
「そうなんですか?」
短い間だったがそんなに懐いてくれたのだと思うと嬉しくなる。私はほっこりした気持ちのまま、また晶子さんとの浴衣選びを再開した。