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どうやら月見は大事な行事のようです【8】

「優希さん大丈夫? 疲れちゃった?」


 二郎くんが心配そうな顔でこちらを覗き込む。


「大丈夫大丈夫! ただ少し心配で……真人さん大丈夫かなって……」


 先程、北の神と会っている時の真人さんはいつもの落ち着いた冷静な感じではなかった。まさか真人さんに限って神様相手に何か粗相をするとは思えないが、少し心配になってしまう。


「真人なら大丈夫だ。対応の仕方はわかってる。それよりも今からまた蛇の神使の住処に本当に行くのか? 明日にしたらどうだ?」


「でもどうせ帰りに近くを通るなら今日のうちに渡したほうがいいかなって思うんです」


 確かに今からまたあの山道を登ることを考えると気が重いが、せっかく盃が戻ってきたのなら早く返してあげたいと思うのだ。

 すると少し考えるように智風くんが空を見る。


「飛ぶか?」


「え? 飛ぶって?」


 私がそう言葉を返すと同時に智風くんの姿が天狗へと変わる。そしてそのまま私を両手で抱え上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください! 歩きます! 歩きますよ、私!」


「でもな……行きも結構へばってただろ? それに今からあんたの足で歩いたら夜になっちまうぞ。それならここから飛んだほうが早いだろ」


 確かにそうかもしれないが、抱えてもらうのも申し訳ないし、このように抱き上げられて密着した状態で運ばれるのかと思うと心臓に悪い。

 昼間は蛇の神使から守ってもらうため、仕方なかった。それに智風くんが天狗に突然変わったことで、そんなことを考える余裕もなかった。


 私がなんとか降ろしてもらおうと考えていると、そうだねと隣から同意する声が聞こえた。


「優希さんもだいぶ疲れてそうだし、抱えて飛んでもらえるならその方がずっと早いし、楽だと思うよ!」


「で、でもじゃあ二郎くんはどうするの?」


「僕は真人さんを待って一緒にカフェに帰ろうかな? もう盃を返すだけなら危険も無いだろうし。でも心配だから一応返し終えたら連絡ちょうだいね!」


「おう!」


 智風くんが返事を返し、二郎くんが笑顔で手を振ると私が止める間も無く体が浮かぶ。


「うわっ!」


 私が思わず智風くんに掴まると、智風くんがふっと笑う気配がした。


「そのまましっかり掴まっとけよ」


 そのままみるみる高度が上がり、先程蛇の神使から助けてくれた時とは比べ物にならないくらいの高さになる。


「こんなに高く飛ぶの……?」


「街の上を移動するからな。低い位置を飛んで他の奴らに見つかったら厄介だ」


 それはそうだとは思うものの、生身の体でこんな高さにいると思うと怖くなる。怖さを感じると、もはや先程までの近い距離という羞恥はどこかに消えていた。

 私は目を瞑って智風くんに必死にしがみつく。



「そんなにしがみつかなくても落とさねーから安心しろ」


 智風くんが呆れたように言うが、この高さだ。もし落ちたらと思うと緊張で冷や汗が流れる。


「だって私重いでしょう? もし智風くんの手が痺れてきたら……こんなとこから落ちたらひとたまりもないし」


「あのな……信用ねーな……別に優希は重たくねーよ。俺の力の強さは知ってるだろ? それにこの景色を見ないのはもったいねーぞ」


(景色?)


 そう言われてそろりと目を開けると、綺麗な夕日が西の空に浮かんでいた。高さがあるため遮るものは何もなく、夕日に照らされた雲がオレンジ色に染まり、空が紺色からオレンジに綺麗なグラデーションになっている。眼下に見える京都の街並みもオレンジ色に照らされ、通常であれば決して見られない美しい光景に思わず目が釘付けになる。


「綺麗だろ?」


「はい……とっても!」


 先程の怖さも忘れて、景色に夢中になっていると、智風くんが楽しそうに笑う。


「智風くんはいつもでもこんな綺麗な景色を見られるなんて羨ましいです」


 すると智風くんはきょとんとした顔をし、それからおかしそうに笑い出す。


「さっきまで怖がってたくせに現金なやつだな。別に見たければまた抱えて飛んでやるよ」


「本当ですか? ありがとうございます!」


 私がにっこり笑ってお礼を言うと智風くんはじっとこちらを見る。そしてはっとしてそっぽを向く。


「気が向いたらだけどな」


 その天邪鬼な返事に私が笑うと「何笑ってるんだ」と怒られた。


 そうして景色を堪能しているうちに蛇の神使の住処にあっという間に着いてしまった。飛んだら早いと言われていたが、確かに遮るものもなく一直線で来れるため思っていたよりずっと早く着いた。



 私達がゆっくり蛇の神使の住処に降り立つと、こちらに気づいた蛇の神使が近づいて来た。私は早速交換した盃を蛇の神使の前に差し出す。


「こちらがあなたの盃で間違いありませんか?」


「!! ああ! 我のもので間違いない!」


 私から盃を受け取ると蛇の神使は嬉しそうに体をくねらせる。その様子によかったと安堵していると、蛇の神使が心配気に尋ねてくる。



「でもこの盃をどうやって北の神から返してもらったのですか?…………まさか!? また力づくで……」


 蛇の神使ははっとして体をぶるぶると震わせる。相当昼間のことがトラウマになっているようだ。


「ちげーよ! 流石に神様相手にそんなことするわけないだろ!」


 智風くんの言葉に信用できないと言うような胡乱(うろん)げな目でこちらを見つめる。神の使いである神使に対して力を使ったのだ。信用できないのも無理はないかもしれない。

 私は苦笑を浮かべて盃を交換してもらったことを伝えた。


「本当に違いますよ。実は西の神から譲り受けた盃と交換してもらったんです」


「なんと!? 西の神の盃と交換してくださったのですか? そんな貴重なものと……あ、ありがとうございます……」


 蛇の神使はそれを聞くとポロポロと涙を流し出す。


「えっ!? どうされたんですか?」


「いえ、申し訳ありません……我はどうせ我の盃のことなど所詮言葉だけでそのまま見て見ぬふりをされると思っておりました。それをそのような貴重なものと交換してまで取り返していただけるとは……あなた方のことを誤解し、そんなふうに思っていた自分が情けなく……」


 私はその純粋な涙にそっと視線を逸らす。その盃を手に入れた経緯が経緯だけにそんなにありがたがられると少し後ろめたい気持ちになる。



「あ、あの。そんなに気にしないでください。本当に偶々いただいたものだったので……」


 おそらくあの時大神様が酔っ払って西の神の社に入り浸っていなければ、そして西の神の堪忍袋の緒が切れかかっていなければそう簡単に手に入れられなかったものだろう。

 私は心の中で大神様の尊い犠牲に手を合わせた。



「ああ……なんと心の広い方々でしょうか。もし今後我で力になれることがありましたら遠慮なく訪ねてください!……そうだ! あなたの手を貸していただけますか?」


 私が首を傾げて手を出すと蛇の神使が私の手のひらにそっと頭を乗っける。そして蛇の神使の体が光出すと私の体まで一緒に光出す。びっくりして目を見開くと先程北の神の社で感じた何かに包まれるような不思議な感覚が広がる。

 そしてしばらくすると光が収まった。


「これは一体……?」


 私が驚いて尋ねると蛇の神使も驚いたようにこちらを見つめる。


「まさか、あなたは北の神から何か力を授けられたのですか?」


「あ! そういえば祝福をいただきました。私自身よくわからないのですが……」


「なんと! あの北の神から祝福を受けられていたとは! それはすごい! 我があなたに施したものは小さな穢れを祓うものでした。小さな穢れを祓えるだけでも体にかかる負担は違いますから。しかし北の神から祝福を受けられていたため我の施した穢れを祓う力も増幅されたようです。おそらく相当大きな穢れも祓うことができると思いますよ。もともと北の神の力は水を媒介とする力です。水というのは清めるものですから、穢れを祓う力と相性が良いのです」


「そうなんですか? ありがとうございます」


 穢れを祓えるということは黒い靄なども祓えるということだろうか? 確かにそれはとてもありがたい。これで真人さんに心配をかけず、一人で家まで帰れる。

 私がお礼を言うと蛇の神使はいやいやと首を振る。


「このような力は本来であれば瑣末(さまつ)なものです。あなたが祝福を受けられていたからこそですし、それこそ西の神の盃とは比べ物にもならぬもの。本当に盃を取り戻していただきありがとうございました」


 その後、何度もお礼を言う蛇の神使に別れを告げ、私はまた智風くんに抱えられ山を降りた。


「それにしても……やっぱ普通じゃねーな。神に気に入られる性質でもあるのか……? いろいろと加護をもらいすぎだろ……?」


 私は夕日が沈みきりキラキラと星が輝く夜空を堪能していて、智風くんの疑問に満ちた呟きは風に流され聞こえなかった。



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