どうやら月見は大事な行事のようです【5】
来た時と同じようにバイクに乗り、しばらく経った頃鞍馬さんがボソッと呟いた。
「あんた本当に気持ち悪く無いのか?」
「え?」
「だから! 俺のこと気持ち悪く無いのか……?」
「さっきも言ったじゃないですか。私は気持ち悪いとは思わないって。それに鞍馬さんは鞍馬さんでしょう? 前に二郎くんにも言ったんです。姿が違っても本質は変わらないでしょって。鞍馬さんだってそうですよね?」
「それは……そうだが」
「鞍馬さんはなんだかんだいつも不機嫌そうにしながらも私のこと心配して守ってくれています。本質は優しい人なんだってわかります。そんな人が気持ち悪いとか怖いとか思わないです」
私がそう言うと鞍馬さんは黙ってしまった。そしてしばらくすると小さな声で話し出す。
「俺さ、昔人間の友達がいたんだよ……。俺たち天狗の一族は昔から人間の中に馴染んで過ごすんだ。天狗は成人になればあまり見た目に年は取らないが、子供の頃はだいたい人間と同じくらいのスピードで成長する。そいつは俺と同じくらいの歳の奴でさ。毎日そいつと遊んでた」
鞍馬さんは懐かしむように言葉を切る。
「毎日楽しかったよ。悪いことしてめちゃくちゃ怒られることもあったけど」
こちらから鞍馬さんの顔は見えないが、その優しげな声から、とてもその子と仲が良かったのだろうということが伝わってくる。
「その友達とは今も会ってるんですか?」
「いや……あの日以来会ってないな」
「あの日?」
「ああ。あの日もいつもの同じようにそいつと遊んでたら妖が現れたんだ。弱い妖だったけど、人間は脆いから……その妖があいつに怪我させてさ、俺は怒って感情が抑えられなかった。ずっと隠してたのにその時に天狗の姿になっちまって……その妖は俺が倒したが、俺の姿を見たそいつが泣き叫んで化け物って言われてさ」
今までずっと仲良く遊んでいた子がいきなり姿が変わり、それも妖に襲われたあとなら小さな子が泣き叫んでしまうのも仕方がないことなのだろう。
しかしその子を守ろうとした鞍馬さんまで化け物と罵られるのはやりきれない。
「俺が落ち着かせようと話しかけても、もう全然ダメで……やっぱり人間にとって妖はどんな奴でも危険な妖にしか見えないんだなってその時わかったんだ。人間にとって俺たちは恐怖の対象でしかねぇって……」
鞍馬さんはそれきり黙ってしまった。
いきなり仲良くしていた子に恐れられ、拒絶されれば幼い心はさぞ傷ついたことだろう。
「鞍馬さんはその日以来その子と会っていないんですよね?」
「ああ」
私は以前、妖や幽霊がいるということに半信半疑だった。
しかし真人さんや二郎くん、鞍馬さんと関わって妖や幽霊が実際にいることを知った。そして確かに危険で怖いものもいるが、二郎くんや鞍馬さんのように優しい妖がいることも知った。
(だからこそ……)
「それじゃあ今はわからないじゃないですか」
私がそう言うと鞍馬さんが不思議そうにチラッと視線をこちらに流した。
「その時は怪我をしたから怖くて何も考えられなかったのかもしれませんよ。鞍馬さんだって知ってるじゃないですか。人間みんなが妖を受け入れないわけじゃないって。座敷わらしさんと晶子さんだって仲直りできました。妖ではないけど香先輩だって大福くんが側にいてくれて嬉しいって思ってます。私も真人さんや二郎くん、鞍馬さんといると楽しいです! だからもう一度会いに行ったらまた一緒に遊べてたかもしれません!」
私がそう言いきるとふっと鞍馬さんが笑う。
「あんたは本当に変わってるな。変な奴……」
「そんなことないですよ。さっきも言いましたけど私以外にも仲良くしている人がいるって言ってるじゃないですか!」
「そうじゃねーよ……なんかあんたに言われるとそうなのかもなって思えてくる」
「きっとそうです!!」
私がそう力強く答えると鞍馬さんが「そうだな」といつもの元気が戻ったような声で答えた。
「優希」
「え?」
聞き違えたのかと思いつい疑問系になる。初めて鞍馬さんに名前で呼ばれてびっくりしていると耳を赤くした鞍馬さんがボソボソと呟く。
「智風だ……」
「へ?」
「だから俺もそう呼べばいいだろって言ってんだよ。真人も二郎も名前で呼んでんだろ?」
鞍馬さんは首まで真っ赤に染めて早口に捲し立てる。
私はその様子におかしくなりふふっと笑い出すと鞍馬さんが「何笑ってんだ!」とこちらを降り向こうとする。
「ダメですよ!! 智風くん!! 前、前向いてください!」
「っ!! お、おう……」
智風くんは少し恥ずかしそうに答えると大人しく前を向く。表情は見えないがなんとなく嬉しそうな雰囲気に私も前よりも仲良くなれた気がして嬉しくなった。
カランカラン
「おかえり!」
「おかえりなさい。お疲れ様でした。道混んでましたか? 随分かかりましたね?」
私と智風くんが帰ると二人が笑顔で迎えてくれた。
私達は顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。
「遅くなってすみません。実は…………」
私が先程のことを説明し始めると二人はどんどん心配気な表情になり、話終わるとため息をついた。
「……優希さん危険なとこに自分から行ったらダメだよ」
「そうですよ。それと智風くんもそんな何があるかわからないところに優希さんを連れて行ってはいけないでしょう?」
「まぁそれは、ちゃんと止めなかったのは悪かった……」
智風くんが申し訳無さそうに頭を下げるので、私は慌てて否定する。
「あの! 違うんです! 私が無理矢理お願いしたんです。なので智風くんは悪くありません。心配をおかけしてすみません……」
私の言葉に真人さんと二郎くんはびっくりしたようにこちらを見つめる。そしてしばらくこちらを見つめた後、智風くんのほうに視線を移す。
「へ〜……ちーくんが認めるなんて珍しすぎてなんか怖い……」
二郎くんが胡散臭そうにそう言うと智風くんが軽く頭を叩いた。
「お前はいつも一言多いんだよ!」
「ふふ!…………少しの間に二人とも随分仲良くなったようですね……」
真人さんがにっこり笑ってこちらを見つめる。
私が「はい!」と返事をし、智風くんが真人さんの顔を見ると途端に焦り出す。
「おい! 真人誤解するな。ただ名前で呼んでるだけだ。お前と二郎だってそうだろ? だからその裏で何考えてるかわからない笑顔やめろよ!!」
「……何を言うのですか? 仲良くなることは微笑ましくていいことですよ?」
智風くんはさらに焦り出し、顔色も悪くなってくる。そして壁のほうに後ずさる。
「真人、落ち着けよ! 絶対その顔は違うだろ! 別に本当に話した以外何もねーよ!! そんなんじゃ嫌われるぞ!」
真人さんはにっこり笑顔のままゆっくりと智風くんに近づいて行く。
「何を言っているのかわかりませんね……智風くんのほうが落ち着いたほうがよろしいですよ?」
私が首を傾げて二人の様子を見ていると二郎くんが呆れたようにやれやれと頭を振る。
「優希さん、こっち」
二郎くんは私を呼ぶと休憩室のほうに手を引いていく。
「どうしたの?」
「うーん……ちょっと真人さんとちーくんのお話が長くなりそうだから休憩室で待っとこう」
「え? でもさっきの話のことが……それに店番は?」
「いいからいいから。山道歩いたなら疲れたでしょう? 僕がコーヒー入れてあげるね!」
私はそのまま二郎くんと休憩室でしばらくお茶をすることになった。
しばらく経って真人さんの呼ぶ声に私たちが休憩室から出ると、疲れた表情の智風くんがカウンターに座り遠くを見つめていた。
先程まで、まるであの山道を歩いたとは思えないほど元気そうだったのにどうしたのだろうと私が聞こうとすると二郎くんに止められた。
「優希さん、きっとちーくんは力を使い切って疲れちゃっただけだから気にしないであげて」
本当にそうなのだろうか?
私は首を傾げて智風くんを見つめると智風くんも気にするなというようにヒラヒラと手を振る。
私は実は山登りと蛇の神使との戦いで相当疲れていたのだろうかと納得することにした。
「ですが北の神、本当に厄介ですね。絶対わざとですよ」
「わざとですか? 何でそう思うんですか?」
私が尋ねると真人さんが困った顔で話し出す。
「私と北の神は既知なんです。もちろん智風くんのことも知っています。おそらく蛇の神使にたぬき達の盃の話をしたのも、たぬき達が盃を取られたら智風くん泣きつくこと、さらにその話が私のところに流れることも予想した上での行動でしょうね」
「えっと……真人さんと北の神様とはどういうご関係なのですか?」
「そうですね……強いて言うなら興味を引くオモチャでしょうか? 私がどんな行動に出るか面白がって見ているんでしょうね。本当に悪趣味です。大福くんが北の神の神使になったこともきっと私たちが関係しているんだと思います」
「えっ!? 大福くんもですか?」
まさか大福くんのことまでとは驚きだ。真人さんは険しい顔で考え込んでいる。
「だとすると今回はやっぱり蛇の神使の盃は諦めてもらうしかねーな」
「そうですね。わざわざあの神の遊びに付き合う義理はありませんし」
真人さんがすっぱりとそう言うが、私はとても悲しそうな白蛇の神使の様子が頭に浮かぶ。
「あの……北の神様は他の盃があれば白蛇さんの盃を返してくれるでしょうか?」
「……あんな目にあったのに優希は本当にお人好しだな。それとも厄介ごとが好きなのか?」
智風くんの言葉に真人さんが軽く頭を叩く。智風くんがうっと呻き恨めしそうに真人さんを見つめる。
「優希さん、北の神は関わると厄介なんです」
「でも私たちのせいで白蛇さんは巻き込まれたようなものですよね?」
「……それはそうかもしれませんが……でも他に神が気に入りそうな盃なんて……」
「それならお酒好きの神様に聞いてみてはいかがでしょう? お酒を飲むのにぴったりな盃を!」
私がにっこり笑ってそう言うとみんながハッと思い出したという顔をする。しかしすぐに関わりたくないという表情に変わる。
それでも私が必死に何度も頼み込むと仕方がないなというように真人さんと鞍馬さんが頷いた。