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どうやら月見は大事な行事のようです【4】

 次に瞬間フワッと体が浮いた感覚がして私は何が起こっているのか分からず、びっくりして目を開ける。

 すると私の体が中に浮き、白蛇を上空から見下ろしていた。びっくりして手足をばたつかせ、私はそこでやっと自分が抱きかかえられていることに気づく。


「おい! あんまりバタバタするな!」


 少し視線を上げると、すぐ隣に鞍馬さんの顔があった。しかしその姿はいつもの鞍馬さんの姿ではなかった。私は驚いて小さな声で問いかける。



「……本当に鞍馬さんですか?」


 声は間違いなく鞍馬さんのものだが、髪が腰丈ぐらいまで伸び、背中に漆黒の翼が生え、瞳の色が金色になり白目の部分が真っ暗に染まっている。じっと見つめていると鞍馬さんが視線を逸らす。


「怖いなら、そんなにジロジロ見るな。こんな姿だ。怖いだろうが今は我慢してくれ」


「……綺麗な目……」


「は……?」


 私は手を伸ばすと鞍馬さんの頬にそっと触れる。確かに人間とは違う姿に少しの怖さを感じるが、しかしその姿は神秘的にも見え、金色に輝く瞳はとても美しく惹き込まれる。まるで宝石でも埋まっているかのようだ。光の加減でキラキラと輝いて見える。

 鞍馬さんはそんな私の様子にびっくりしたように目を見開きこちらを見つめていたが、はっとして言いづらそうに尋ねる。


「こんな人間とは違う姿……気持ち悪いだろ? 無理しなくていい」


「無理なんてしてません! 本当に綺麗だと思ったんです! 全く怖くないとは言えませんが、それは人間とは違う不思議な存在だと思うからです。だから気持ち悪いとかは全く思いません!」


 私はそう言い切ると信じてもらえるようににっこり笑い、じっと目を見つめる。


「…………あんたやっぱ変わってるな。普通こんな人外の妖に抱えられてりゃ怖くて声も出ないだろ」


 鞍馬さんは素気なく言いつつも少し頬を染め、照れたように視線を逸らす。



「それより今はあの白蛇だな。何とかしねーと。一度下に降りる。危ねーからしっかり捕まっとけよ」


 確かにこの高さから落ちたらと思うと途端に怖くなり、ぎゅっと鞍馬さんの首に腕を回して捕まる。


「なっ!! こっちも一応持っているからそんなに引っ付かなくても大丈夫だ! お前慎みはねーのか!?」


 鞍馬さんがしっかり持てと言ったのにと不満を込めて見つめると顔を逸らされてしまった。


「と、とにかくあいつの前に降りるぞ」



 私たちが白蛇の前に降りると白蛇は鞍馬さんの姿に驚いたように目を見開き、見極めるように目を細める。


「たぬき共と一緒にいたのだ。どうせその姿もたぬきが化けているのだろう?」


 白蛇は尾を振りこちら目がけて振り落とす。


「く、鞍馬さん!」


 しかし鞍馬さんは避けようともせずじっと白蛇を見つめている。今度こそ当たると思い目を閉じると、聞き覚えのあるシャランという音が聞こえた。


 しばらくたっても襲って来ない衝撃にゆっくりと目を開くと、鞍馬さんが先日の錫杖を持ち白蛇の尻尾を防いでいた。


「ま、まさか……本物か!?」


 白蛇が驚いたようにそう呟くと鞍馬さんがニヤッと笑った。


「そうだ。俺は全国の天狗達をまとめる鞍馬の大天狗の息子、智風だ! 今度はこっちの番だな!!」


 鞍馬さんは錫杖で尾を振り払い、錫杖をクルクル回すと地面に叩きつける。するとその圧で地面が凹みすごい風が巻き起こる。


「うわぁっ!」


強い風に体が持っていかれそうになり、足元がふらつくと鞍馬さんが肩を抱きとめ支えてくれた。


「おい! しっかり俺に掴まっとけ」


 先日の嵐山の桜の時はだいぶ手加減をしていたようだ。

 風が全てを薙ぎ払うように吹き荒れ、奥にあった木の建物も崩壊し、白蛇が風に巻き上げられて吹き飛んだ。私もあまりの風の強さに必死に鞍馬さんに掴まる。

 しばらくして風がおさまると、周囲が台風でも通った後のように荒れていた。


 私はその光景にしばらく呆然として、はっと意識を取り戻すと一太くんと白蛇の神使を探す。


「一太くーん!! 白蛇さーん!!」


「こ、こちらです……」


 小さな声が聞こえ近寄ると葉っぱに埋もれた一太くんが顔を出す。毛並みがボサボサになり、疲れた様子ではあったが怪我はないようだった。その様子に私は安堵の息を吐く。


「一太くん無事でよかったよ。ところで白蛇さんはどこだろ?」


「……あ! あちらにおります!」


 一太くんが差した方向を見ると木の枝に白蛇がぶら下がっていた。こちらも何とか怪我はないようだ。

 私が白蛇のほうに近づくと、ヒッ!とこちらを世にも恐ろしいものを見るような目で見つめてくる。


(いや……これをしたのは鞍馬さんなんですが……)


 私は苦笑して、白蛇に前に行くと話しかけた。


「あの……大丈夫ですか?」


「ど、どうか命だけは…………」


「そんな! 別に私たちは元々あなたに危害を加える気はなくて……こんなことの後じゃ説得力ないけど、話し合いに来ただけなんです」


 白蛇は信じられないというように疑わしげにこちらを見つめてくる。



「はー……そもそもそっちが先に攻撃してきたんだろうが?」


 その声に鞍馬さんの方を向くと、すでにいつもの姿に戻ってた。肩をコキコキと回して、こちらに近づくと、白蛇はさらに体を固くした。



「そんなに怖がらなくても大丈夫です。鞍馬さんだってもう何もしないですよ。あの盃は元々一太くん達のものでしたよね? それを返してほしいだけなんです」


「……わ、わかりました……」


 白蛇さんは落ち込んだように頷いた。なんだか相手に恐怖を与えることで無理やり取り上げて虐めているような気分になる。これではたぬき達が盃を取り上げられたのと同じなのではと考えてしまう。もともと先に盗んだのはこの白蛇ではあるのだが……



「あの、よろしければどうしてあなたが一太くん達の盃を奪ったのか教えてくれませんか?」


 白蛇は少し躊躇(ためら)った後、ゆっくり話し出した。



「我は以前、そのたぬき達が持っていた盃と同じ名工が作った盃を持っていたんです」


「持っていたってことは今は手元に無いってことですよね。それにさっきもう誰にも渡さないと言われてましたよね? もしかしてあなたの盃は誰かに奪われてしまったのですか?」


 白蛇は言いづらそうに目を逸らす。


「奪われたと言いますか……我の仕えている神は北の神と仲が良いんです。先日北の神が来られた時に我の盃が気に入ったからそれを譲ってほしいと言われました。仲が良い言えど我が神のほうが神格が低いのです。ですので断ることは出来ず、我が盃を差し出すことになりました……そしてその時に北の神が言っておられたのです。以前このたぬき達が似たような盃を持っているのを見たことがあると」


「それじゃあやっぱり無理やり取られたようなものじゃないですか!?」


 私がそう言うと後ろから大きなため息が聞こえた。


「そういうことか……また北の神かよ。おい、お前の話はこっちで預かる。とりあえずたぬき共の盃は返してやってくれ」


「はい」


 白蛇は鞍馬さんの声にビクッとして盃を差し出した。

 一太くんは嬉しそうに盃を受け取り、私たちは一度店に戻ることにした。




「また北の神とさっき言われておられましたが、何か若様とご関係があるのですか?」


 一太くんの質問に鞍馬さんが不機嫌そうに答える。


「まあ、ちょっとな。俺と言うより真人とだが…………」


「さすが若様! 神様にまで周知されているとは!」


 一太くんは鞍馬さんの最後の呟きを聞いていなかったのかそれとも自分の聞きたいことだけしか聞く気がないのか誇らしげに頷いていた。



「ところで鞍馬さんって全国の天狗をまとめる大天狗の息子さんなんですか?」


 私が問いかけると嫌なことを聞かれたというように顔を(しか)める。すると鞍馬さんが答える前に一太くんが話し出す。



「はい! ですから若様はとてもお強い力をお持ちなんです! 妖の中でも鬼や妖狐は神にも分類されるほど強い力を持っているものがおりますが、天狗はそれに次ぐ力を持っています。それも大天狗の直系となれば天狗の中でもトップクラスです!」


 一太くんは自分のことのように自慢げに胸を張る。すると鞍馬さんはもういいからと頭を抱え、手でしっしと追い払う仕草をする。


「とりあえずお前らの盃は取り戻せたし、お前はとっとと住処に帰れ」


 鞍馬さんのつっけんどんな言葉にも怯んだ様子はなく、一太くんは尊敬の眼差しを鞍馬さんに向け、何度も頭を下げると大通りで私たちと別れ帰って行った。



「私たちも帰りましょうか? あっ! でも鞍馬さんの用事は?」


「それは急ぎじゃねーし別に良いよ。それより今は真人に早くこのこと伝えねーと」


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