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どうやら月見は大事な行事のようです【3】

 それからしばらく獣道を歩き続けると前を行くたぬきが振り向いた。


「さぁ! 着きましたよ!!」


 たぬきの後ろから明るい光がさしている。

 最後の坂道を登りきると、そこは開けた場所になっていた。そしてその光景に思わず声が漏れた。



「わーすごい!! 市内が一望できる!!」


 ここに来るまで長い登り坂の獣道を通ってきた。だいぶ登っている感覚はあったが、こうして開けた場所に来るとよくわかる。

 京都の市内が一望でき、奥の山々まで見える。この場所だけ遮る木がないので、気持ちの良い日差しが差し込み、風も流れていて心地がいい。



「良い場所でしょう?」


 私の様子にたぬき達も嬉しそうに自慢げに話す。


「そうですね! こんな場所でピクニックでもすると気持ち良さそう」


「そうなのです! まさにここは私たちの宴会場所なのです! 私たちは毎月満月の夜に宴をしています。月に一度の月見が楽しみなのです! ですが……」


 それまで楽しそうに話していたたぬきがしょんぼりと項垂れる。私と鞍馬さんが目を合わせて首を傾げると、奥の茂みがガサガサと揺れた。



「そのお話は私からいたしましょう」


 そう言って茂みから出てきたのは、おそらく今まで見た中で一番のお年寄りだと思えるたぬきだった。長い毛並みのほとんどが白い毛になっている。そしてゆっくりとふらつきながらこちらに歩いてくる。


「「「長老!」」」


 たぬき達皆が道を開け、中には支えるように寄り添うたぬきもいる。



「私はこの界隈に住むたぬき達をまとめておる者でございます。どうぞお見知りおきを。若様もお久しゅうございます」


 頭を下げた長老に私もどうもと頭を下げる。

 すると鞍馬さんが腕を組んで尋ねた。



「それで話はなんだ?」


「はい。先程そちらのたぬきが月見の話をしておりましたが、我々はその宴の前に先祖に感謝し、(さかずき)に酒を入れ、それを捧げたうえで宴を始めます。これは昔から続く仕来りにございます。その盃は名工が作ったもので我が一族が代々大切に保管していたのですが、先日その盃が盗まれてしまったのです……」


「盗まれたのですか? 一体誰が盗んだんですか?」


「犯人はわかっているのです!」


「じゃあ取り返しゃいいだろう?」


「無理です! 相手は蛇の神使なんです……我らが対抗できる相手ではないんです……」


「じゃあ諦めな」


 鞍馬さんの素気無い言葉にたぬき達はしょんぼりと耳と尻尾を垂らして、項垂れる。それを見た鞍馬さんはため息をついた。



「あのな、そんなもん別の盃を調達すりゃあ済むだろ?」


「あれは先祖代々受け継いできたものです……あれでなければ……」


 たぬき達はウルウルと涙ぐむものや意気消沈して俯いてしまっているものもいる。なんだか見ていると可哀想になってくる。



「鞍馬さん……」


 私が鞍馬さんを見上げると、眉を寄せ、目を逸らされる。


「……とても困ってるみたいですよ?」


 私がそれでもじっと見上げていると、鞍馬さんがイライラしたように髪をかき上げた。



「……クソッ……あんたまでそんな目で見るな! ……うっ……あーもう!! わかったよ! 俺が行って話をつけてくりゃいいんだろ? でも取り戻せるかはわからないからな!」


 鞍馬さんはそう言うとふんっとそっぽを向く。

 たぬき達は嬉しそうに目をキラキラさせ、万歳してたりお互い手を合わせて喜んでいる。


「よかったね」


 私が隣にいたたぬきに微笑むと「はい!」と元気に返事をし、嬉しそうに尻尾を振っていた。



「若様、ありがとうございます! 蛇の神使ですが奴は神使として仕える社とは別に自分の住処を持っています。そこに盃を置いているはずです。道案内として一太(いちた)をお連れください。」


 長老がそう言うと最初に私たちを案内してくれたたぬきが前に進み出た。



「申し遅れました。私の名前は一太(いちた)と申します。道案内しかと務めさしていだだきます!よろしくお願いします!」


「私は幸神優希です。道案内よろしくね!」


「えっ!? あんたも来るのか?」


 私の言葉にびっくりしたように鞍馬さんが振り向く。


「ダメですか?」


「危ないかもしれないんだぞ?」


(うーん……でも私もたぬきたちと一緒に鞍馬さんに無理矢理お願いしたみたいな感じだし……)


 私が鞍馬さんをじーっと見ていると鞍馬さんが疲れたように頭に手を当てる。



「目で訴えるなよ……わかった。でも俺の指示に従ってもらうからな……あんたは結構自分から危ないことに突っ込んでいくよな……」


 鞍馬さんはやれやれと言うようにこちらを見る。私としては自分でお願いした手前、一緒に行こうとしていただけなのだが、はたから見るとそう見えてしまったようだ。全くそんな気は無いのだが……


 私が首を傾げていると鞍馬さんがため息をついた。





 たくさんのたぬき達に見送られ私たちは山を降りて来た。流石にたぬきが人が多く通る場所で堂々と私たちの前を歩いていては目立ってしまうので、今は小さく化けて私の鞄からぬいぐるみのように顔を出している。


「その蛇の神使の住処って近いの?」


「はい! ここから少し北に行ったところです。途中でまた山手の方に入っていきます」


「そうなんだね。でもなんで一太くんたちの盃を奪ったんだろ?」


「私もそこまでは……」


「まぁ会って確かめてみるしかないだろ?」



 しばらく大通りを北へ歩き、途中で細い道にそれて進んでいく。段々と坂になっていき、ついには山道に入ってきた。



「あんた大丈夫か?」


「はい。先程の道より歩きやすいので!」


 私が返事をするとそうかと前を進みながらも時々こちらを振り返り、私の様子を気にかけてくれる。

 やはりぶっきらぼうだが鞍馬さんも優しい。



 しばらく山道を黙々と歩くと少し開けた場所に出た。すると私のカバンの中から一太くんが飛び出し、元のたぬきの姿に戻る。


「確か奴の住処がこのあたりのはずです。どうかお二人ともお気をつけください」



 周囲を警戒し見回すが蛇の神使の姿は見えない。

 奥のほうに今にも崩れそうな、四つの柱に屋根がついただけのような小さな木の建物が見える。

 近づいてみるとそこには色々な物が転がっていた。もしかするとその蛇の神使が気に入った物を集めて置いている場所なのかもしれない。その中に綺麗な朱色の盃が転がっている。


「こ、これは!! 我らの盃に違いありません!」


 一太くんが目をキラキラとさせ、嬉しそうに近づこうとした時、それを止める声が私たちの後ろから響いた。



「お前たち我の縄張りで何をしておる!!」


 その声に一太くんはビクッと体を揺らし足を止める。

 声のしたほうへと振り返るとそこには真っ白な蛇がいた。

 体長は30cmほどで目が赤く染まっている。光に当たるとキラキラと体が光って見え、その姿は知性と神々しさを感じる。



「お話があります。話を聞いていただけませんか?」


 私が盃について話そうとすると一太くんが私の話を遮るように叫んだ。


「盃を返してください! あれは私たちのものです!」


「盃? 何を言っている。あれは我のものだ。もう誰にも渡さぬ」


(もう? もう誰にも渡さないって……)


 その言い方に違和感を覚え心の中で繰り返す。



「我の縄張りを荒らすつもりであれば容赦せん!」


 白蛇は怒りを露わにし、その体がどんどん大きくなっていく。遂には鞍馬さんの身長を超えるまでに大きくる。こうなるともうただの蛇には見えない。

 いつこちらに襲いかかってくるかわからない緊迫した状況に私が一歩後ずさると、鞍馬さんが横でため息をつく。



「話しをしに来たってさっきこいつが言っただろ? その盃のことで話に来たんだ。ちったぁこっちの話も聞けよ!」


「うるさい! うるさい! あれは我のものだ!!」


 白蛇はそう言うと体をうねらせ尻尾を鞭のように振るう。

 尻尾が当たった地面が大きく(えぐ)れ、近くにあった木は一撃で太い幹が折れてしまった。



「チッ! こっちの言うことは何も聞かない気かよ!」


 トンっと鞍馬さんに体を押され左によろけると今まで私が立っていた場所に尻尾が振り下ろされた。鞍馬さんが押してくれなければ私の体はどうなっていたか……そう考えると背筋が凍り、体が緊張で固まる。


「おい! 何してるさっさとこっちに来い!」


 鞍馬さんが私を呼ぶ声が聞こえるが体がこわばって咄嗟に動けない。すると目前に白蛇の尻尾が迫っていた。


(あ、ダメだ……避けられない……)


 私は思わずぎゅっと目を閉じた。



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