どうやら月見は大事な行事のようです【2】
「何これ?……」
気になって近づいて見てみようと私が足を踏み出すと鞍馬さんに腕を掴まれる。
そして鞍馬さんはとても不機嫌そうな顔で茶色い毛玉を見下ろす。
「鞍馬さん?」
私がもう一度茶色い毛玉に目を向けるとそれがモゾモゾと動き出す。
(え!? 動いた!!)
驚いてじっと見ているとゆっくりとこちらに半転する。するとフカフカな尻尾と小さな丸い耳が現れる。そしてぴょんと飛び上がると勢いよく手と足を出した。
「お久しゅうございます! 若様!!」
「いや〜若様の気配がいたしましたので、急ぎこちらに参りました!!」
その2匹のハイテンションな挨拶に呆然とする。
(……これって……たぬき!? しかも喋ってる!!)
私がじっと見つめていると鞍馬さんが私の手を取るとたぬきを無視して歩き出す。その表情はさらに機嫌が悪くなったようで眉間に深い皺が刻まれている。
「なっ!! 若様、若様! お、お待ちください!」
たぬき達は必死に後ろをついてくる。
「えっと……鞍馬さん? あのたぬき達呼んでるみたいですよ?」
「気にするな。関わると碌なことがねぇ」
すたすたと歩く鞍馬さんをたぬき達は必死に追いかけ、急いで前に周りこむと短い手を精一杯広げて通せんぼうをする。
「お、お待ちください!! ご相談があるのです!」
「俺は忙しい。お前たちの世話する義理もねぇ!」
鞍馬さんがスパッと断り、たぬきを跨いでまた歩き出す。
「そんな〜お願いです! お願いいたします。どうか、どうかお話だけでも……」
なんだかここまで必死だと可哀想になってくる。しかも短い手を必死に振り、気を引こうとする姿が可愛らしい。
「あの……鞍馬さんお話だけなら聞いてあげてはどうでしょうか?」
「あのな……あんたはあの姿に騙されてんだ。聞いちまったら最後、巻き込まれるんだよ!」
「でも……」
私がたぬき達をチラリと見つめるとこちらをウルウルとした瞳で見つめてくる。その姿はなんとも可愛らしく、なんとかしてあげたいという気持ちが膨らむ。私が窺うように鞍馬さんを見上げるとはーっと深いため息をついた。
「わかったよ……話を聞くだけだからな」
たぬき達はその言葉に顔を見合わすと嬉しそうに飛び跳ねる。
「それでは我らの住処に案内いたします! どうぞこちらへ!」
「それにしても若様が若い女性といるとは驚きました! ついに若様にも良いお相手ができたのですね!」
「それもとても優しい方のようですね! この際種族は問いません!! 我らは歓迎いたします!!」
たぬき達は上機嫌でそんなことを言う。私が否定しようと口を開いたとき鞍馬さんが一匹のたぬきの頭を鷲掴む。
「こいつはそんなんじゃねぇ! あんま調子乗ってると痛い目見るぞ」
その不機嫌全開の不穏な笑顔にたぬき達はぶるりと震え上がる。私がなんとか宥めると鞍馬さんは舌打ちをしてたぬきを解放した。
(種族って……まぁ、たぬきからしたら人間って別の種族だけど、それを言ったら鞍馬さんも人間だし……たぬきからしたら別の種族だよね?……そういえばなんで鞍馬さんが若様なんだろ? もしかして鞍馬さんて良いところの坊ちゃんとか?)
私がそんなことを考えつつ見つめていると鞍馬さんがなんだ?というようにこちらを見る。
「あっ! いえ……なんで若様って呼ばれているのかなって思いまして」
「そりゃ若様はこの京都を代表する大っ……!!!」
そこで鞍馬さんがたぬきの口を塞ぐように掴みかかる。
「いらんこと言うな。わかったな」
そのすごい威圧の含まれた表情に捕まれたたぬきは顔を真っ青にし、必死で頭を縦に振る。
「親父がちょっと有名なんだよ。あんたが気にすることじゃない」
鞍馬さんは目を逸らすように前を向いて歩き出す。誰にでも聞かれたくないことはある。私はそれ以上聞くのを諦め、そうなんですねと軽く相槌を打った。
たぬき達の案内に従い長い坂道を登って行く。少しずつ木々が多くなり、細めの道を進みしばらく進むと鳥居が見えてきた。鳥居付近にはたくさんのたぬきの置物が見える。
(なんだかすごい置物の数ね……もしかして、このたぬきの置物が気に入ってここに住んでいるのかな?)
鳥居をくぐると長い階段が続き、やっと開けた道に出る。着いたかと息をつくと、たぬき達はさらに細い山道のほうに入って行く。まさに獣道である。
私が息を切らしながら歩いていると鞍馬さんがこちらを振り返った。
「大丈夫か?」
「なんとか大丈夫です……でもすごいですね。鞍馬さん全然息切れてない」
私はぜえぜえと呼吸をしているというのに鞍馬さんは涼しげな表情で、しかもお店で買った重たい荷物も軽々と片手で抱えている。
「まあ体力はあるからな」
そう言うと少し考える素振りを見せ、こちらをじっと見つめる。
「おぶろうか?」
「いやいや、そんな! 私重いんですよ! 大丈夫です!」
私が相当しんどそうに見えたらしい。鞍馬さんの提案にぶんぶんと頭を振り断ると、鞍馬さんはそれならばと私の腕を取った。
私が首を傾げると前を向いて進み出し、腕を引っ張ってくれる。どうやら少しでも私が歩きやすいように引っ張ってくれるようだ。
「ありがとうございます」
「おう」
私がお礼を言うと照れ隠しのように小さな声が返ってくる。
鞍馬さんはなんだかんだでよく人の事を見て助けてくれる。しかしあまりそれを堂々とは表に出さない。私はその様子にふふっと小さく笑って、また気合を入れて坂道を登り続けた。
だいぶ登り続けているが、なかなか目的地に着かない。はーと息をつき一旦休憩と足を止める。
そしてふと道の端に置かれた置物見る。鳥居からこの獣道にもずっとたぬきの置物が一定間隔で置かれている。わざわざこんな奥深くの獣道にまで置物を置くとは……こんなところまで人が入ってくることがあるということだろうか?
そんなことを考えつつ何気なく後ろを振り返り、びっくりして思わず声が漏れた。
「うわっ!! いつの間に!?」
「どうした?」
私の声に鞍馬さんが驚いて振り向く。
なんと私たちの後ろにはいつの間にやらたぬき達の行列ができていた。
たぬき達は「若様!若様!」と目をキラキラさせているものや「若様が女の子連れて来たみたいだ」「しかも女の子をおぶろうとしていたぞ!」などとみんなそれぞれ興味津々という体でこちらを見つめている。
一体いつの間にこんなことになっていたのかと混乱していると前を歩いていたたぬきが振り返る。
「あれ? 気づいておられなかったのですか? 目の前を通りすぎておりましたのに?」
「目の前?」
確かに先程から置物はたくさんあったが、たぬきの目の前を通った覚えはない。そしてふと周りに目を向けて気づく。先程までたぬきの置物があった場所から置物が消えている。今まで来た道を振り返り確かめると見える範囲だけでも全ての置物が消えていた。
「……もしかして……あの置物って……」
「そうでございます! たぬきは化かすことこそ本分にございますから! みな久しぶりに若様にお会いできたので化けるのをやめて後ろを着いて来たようですね。さぁ、もう少しで着きますよ!」
たぬきはそういうとさらに先へと進み出す。
あの置物達が全て本物のたぬきだったのかという衝撃もあるが、鞍馬さんがこれほどたぬきの間でアイドル並の人気があることにも驚かされる。
私がじっと鞍馬さんを見ていると鞍馬さんが何かを感じとったのか疲れたようにため息をつく。
「あんたが考えているようなものじゃねぇ。こいつらは俺たち一族の傘下だからな。敬うように教育されてんだよ」
それだけ言うとまた私の手を引っ張って歩き出す。
(傘下……鞍馬さんの一族を敬う? わからないことだらけだけど……あんまり聞かれたく無さそうだし……いったい鞍馬さんって何者なんだろ?)
私は結局詳しいことは聞けないまま、鞍馬さんに手を引かれ歩き続けた。




