どうやらただのカフェではないようです【2】
あれから三、四日私は近くを通るごとにお店を覗いていた。しかしカフェにはやはりclosedのプレートがかけられている。
数日通っただけだが、最近の日課になりつつあったカフェ通いが無くなってしまうと物足りなく感じる。それに目の保養であるオーナーの姿も見れないのだから尚更だ。
そしてちょうど一週間たった日、待ちに待ったopenのプレートがかけられていた。
(やった!今日はあいてる!)
心待ちにしていたopenのプレートに私は少しソワソワしつつも、早速中に入った。
カランカラン
「いらっしゃいませ! おはようございます、幸神さん。一週間ぶりですね」
「あっ!優希さんいらっしゃい!」
オーナーの落ち着いた優しい声と、二郎くんの元気な声で、にっこり笑って迎えてくれた。
最近通い詰めている自覚があったので、あまりに行きすぎていて、歓迎されてなかったらと少し不安があったのだ。
「こんにちは!」
私は安心して、ふっと息をつくとほぼ自分の定位置になりつつあるカウンターの席に向かう。するといつもの場所に座る前にオーナーが水とお手拭きを席に置いてくれた。
「こちらの席でよろしかったですか?」
「はい。ありがとうございます!」
たったそれだけのことだが覚えてくれていたのだと嬉しくなる。
「今日もコーヒーとモーニングセットでお願いします」
「かしこまりました。いつものセットですね。少々お待ちください」
オーナーは微笑みながら頷き、厨房に移動した二郎くんに注文を告げに行く。そのオーナーの姿を目で追っていると、腕に大きめな絆創膏を数枚貼っているのに気が付いた。
(この前まで無かったのに……この休みに怪我しちゃったのかな?)
オーナーは私の視線に気づいたようで、恥ずかしそうにふっと笑って困ったように頬を指で掻いた。
「ちょっと擦ってしまって。これじゃあジロくんをそそっかしいなんて言えませんね……」
「そうなんですね……化膿したら大変ですし、気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。でもそんなに酷くないですし、大丈夫ですよ。ご心配していただき、ありがとうございます」
どうして怪我をしたのか気にはなったが、プライベートにあまり突っ込むべきではないかと思い、それ以上聞くのはやめた。
二郎くんは先ほどの会話が聞こえたのか、モーニングセットを私の前に置くと、オーナーを振り返り、右の頬をぷくっと膨らます。
「僕そんなにそそっかしくないですよ。怪我はあんまりしないし、むしろ擦り傷とか真人さんのほうがもう一つの仕事絡みで多くないですか?」
(もう一つの仕事? この一週間休んでいたのは別の仕事があったってことね。でもカフェのオーナーと掛け持ちとか大変そう……しかも怪我までする仕事とかどんな仕事なんだろ?)
ここまで聞いたからにはと、私はオーナーに聞こうと口を開いた。
「もう一つの仕事って……」
カランカラン
「「いらっしゃいませ」」
私がちょうど聞こうとした時にカフェの扉が開き、オーナーと二郎くんが体の向きを変え、挨拶する。
しかし、すぐに二郎くんの表情が気の抜けたものに変わる。
「な〜んだ、ちーくんか」
「おや、智風くん。こんな時間に珍しいですね」
どうやら二人の顔馴染みのようで、顔を見ると、途端に砕けた態度になる。
私も何となくそちらに目を向け、一瞬固まる。
(……こ、これはまた……)
そこにいたのはワイルド系のカッコいい男性だった。二十代半ばくらいで、キリッとした目元は少しいかつい印象を与える。身長はオーナーとほぼ同じくらいだろうか。体はしっかり鍛えられているのか、ガッチリした印象だ。ツンツンとした肩より少し長めの黒髪を上だけ括り、Tシャツにジーパンというラフな格好だ。しかし、それでも絵になるようなカッコ良さがある。
「なんだとはなんだ! この前の件の報告書わざわざ持ってきてやったのに」
形の綺麗な眉を不機嫌そうに歪め、右手に持った封筒をひらひら振る。
そしてふと私のほうに視線を向けると首をひねる。
「こんな時間に若い女性客がいるなんて珍しいな。いつものおばちゃん達はどうしたよ?」
「こらこら。お客様に失礼でしょう? それによく来てくださるお客様達はおばちゃんでは無くお姉様達ですよ」
「いやいや。さすがにお姉様は無理があるだろ!」
こちらをジロリと見られた時は居心地の悪さを感じたが、オーナーとの軽口を見る限りそんなに恐い人ではないのかもしれない。
「すみません、幸神さん。恐がらせてしまいましたね。目つきは悪いですが、悪い人ではないんですよ」
オーナーが安心させるように、優しく微笑む。
「誰が目つきが悪いだ!このまま帰るぞ!」
イライラした男性をまあまあと宥めながら、オーナーは二郎くんのほうを向く。
「ジロくん、すみません。私は少し奥で智風くんとお話しがあるので、こちらお任せして大丈夫ですか?」
二郎くんは気合を入れて、元気よく返事をした。
「うん! お店は任せて!」
「何かあればすぐ呼んでくださいね」
オーナーは心配そうに二郎くんを見るが、二郎くんのやる気満々な表情に苦笑を浮かべる。
私のほうにも視線を向け、「すこし外しますね」と言い残し、先程の男性と共にstaff onlyと書かれた奥の部屋に入って行った。
私がじっと扉を見つめていると、二郎くんがこちらに顔を寄せる。
「あのね、さっきの人は鞍馬智風くんって言うんだ。真人さんのもう一つの仕事を手伝っているんだよ!」
二郎くんは先程の男性のことを簡単に教えてくれた。
しかし私としてはその男性のことより、オーナーのもう一つの仕事のほうが気になる。
「そうなんだ……」
私は気になっていたもう一の仕事について二郎くんに聞いてみようと口を開きかけたとき、またもカランカランという扉の開く音で遮られてしまった。