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どうやら守ってくれているようです【1】

「わー! おいしそう! お腹空いてるときに見ちゃうとどれも買いたくなるんだよね……」


 私は錦市場(にしきいちば)に来ていた。

 おいしそうな匂いに目移りしながら歩いて行く。


 たくさんのお店が並び、食べ歩きもできれば、生活の品を揃えることもできる。

 平日ではあるがここの通りはいつも人が多い。少し通りを下ると大通りがあり、この一帯はたくさんの店で賑わっているため、人気の観光地の一つでもある。


「まあ、久々に来たし、たまにはいろいろ買ってみようかな?」


 いつもはバイトがあり、ここへは少し距離があるので、なかなか来れないが、今日は急にバイトが休みになったのだ。





カランカラン


「「いらっしゃいませ」」


「あ! 鞍馬さんこんにちは」


「な〜んだ。ちーくんか」


「おっ! 二郎、お前やっと戻れたのか」


 鞍馬さんは私に挨拶代わりに手をあげ、二郎くんには指をさし、揶揄(からか)うようにニヤッと笑った。どうやら鞍馬さんも二郎くんの正体を知っていたようだ。

 二郎くんはフンっと怒ったようにそっぽを向く。

 私は苦笑しながら、鞍馬さんが座ったカウンター席に水を置いた。


「あまり揶揄わないであげてくださいね」


 私がそう言うと、きょとんとした表情になり、そして意外そうな顔をする。


「あんた二郎に聞いたのか?」


「そうですね……というかその場に居合わせたので」


「ふ〜ん。てかあんた怖くはねーのか?」


 鞍馬さんはカウンターに頬杖をつき、まるで真意を見極めようとするかのように、こちらをじっと見つめる。


(揶揄っていたけど、鞍馬さんも二郎くんのことを私が本当はどう思っているのか心配してるんだ……)



 それならばはっきり答えなくてはと思い、鞍馬さんの目を見つめ返す。そして口を開いたとき、二郎くんが私を抱き込むように腰に手を回し、後ろから顔を出す。


「優希さんはちーくんと違って優しいし、僕のことだって大好きって言ってくれたんだから!」


 突然のことで驚いたが、私がふっと笑って二郎くんの頭を撫でると、鞍馬さんが興味深そうに見つめ、表情を柔らかくした。どうやら私が二郎くんのことを怖がっていないことが伝わったらしい。


 二郎くんは私に猫又だとばれてからスキンシップが激しくなった気がする。私も私で二郎くんは猫という感覚があるので、あまり動揺もせずについ可愛がって頭を撫でてしまっている。

 しかし普通の人が見たら、高校生くらいの美形の男の子なのでそれもどうなのかという気はするのだ……


(やっぱり一度あまり激しいスキンシップは控えるように言ったほうがいいのかしら……? でもつい甘くなっちゃうのよね……)



 そんなことを考えていると休憩室にいた真人さんがちょうど部屋から出てきた。そして私たちのほうを見ると、満面の笑みを貼り付けて、低い声で二郎くんを呼ぶ。


「………ジロくん?」



 二郎くんはビクッと体を震わせると、そーっと私から離れ、後ずさる。

 真人さんは困ったように息を吐き出した。



「ジロくん、あなたは猫又ではありますが、年頃の男の子です。あまり女性に無闇に触れるものではありません。優希さんもあまりジロくんを甘やかしてはいけませんよ」


 二郎くんと私は「はい……」と視線を逸らし返事をした。

 それを見た鞍馬さんはひとりでククッと笑い、ひとしきり笑ったあと真人さんに真面目な顔で切り出した。



「この前の依頼の件だがな、やっぱり俺ひとりで追うのは正直言って厳しい。明日は真人も一緒に出れないか?」


「明日ですか……? それにあの依頼でしたら、おそらく丸一日はかかりますよね?」


「そうだな。でもこのままずるずる長引くくらいなら一日使ってぱっぱと終わらしたほうがいいだろ?」


「それはそうですが……明日の朝に足りない食材を買い出しに行こうかと思っていたので……仕方ないですね。優希さん、ジロくん突然で申し訳ないのですが、明日はお店お休みにしても大丈夫ですか?」


「私は大丈夫ですよ」


「僕も大丈夫です!」



 そんなこんなで急にバイトが休みになり、私は市場まで買い物に来ていたのだった。





「あれ〜おかしいな? 家を出る時にカバンに入れたと思ったんだけど……」


 聞き覚えのある声にふと声のほうに視線を向ける。そこに意外な人物を見つけ、つい声をかけた。



(かおる)先輩……?」


「え? あれ? 優希ちゃん?」


 驚いてお互い数秒見つめ合ったあと、駆け寄ると同時に手を取った。


「わー! 久しぶりだね! 元気だった?」


「お久しぶりです! 香先輩こそお元気でしたか!?」


「元気元気! あれ? そっか! 優希ちゃんの実家京都って言ってたね。私も結婚してから京都に移り住んだんだ! すごい偶然だね! もしかしてお休みとって京都に帰省中だったのかな?」


「そうだったんですね! えっと……先輩にはとってもお世話になったのに言いにくいんですが……実は私、あの会社を辞めて、実家に帰ってきたんです……」


「そうだったんだ……まあ、でも人生いろいろだし、私に対して負い目を感じる必要はないよ。私も自分が寿退社するなんて思ってもいなかったし! 自分で決めた道ならそれでいいんだよ!」


「ありがとうございます! そういえば今は苗字変わられて、伏見香(ふしみかおる)さんでしたっけ?」


「ふふ! そうなの。積もる話もあるし、もし優希ちゃんの時間が大丈夫なら、あのカフェで少しお話しでもしない?」


「はい! ぜひ!!」


 私は一も二もなく頷くと先輩とともに近くのカフェに向かった。


 香先輩は以前私が勤めていた会社でお世話になった先輩だ。とっても仕事ができ、気配りのできる優しい人でこの人のおかげで仕事がまわっていたと言っても過言ではない。先輩が寿退社してから残業地獄になったことを考えるとやはり先輩は凄い人だったと思い知らされる。


「本当に久しぶりですね! すごい偶然でしたけど、会えて嬉しいです! 香先輩にはまた連絡しようと思っていたのですが、なかなか連絡できなかったので……」


「私も会えて嬉しいよ! 私のほうこそまた会いたいとは思ってたんだけど、京都のほうに越して来ちゃったから私も引っ越しとか家庭のこととかバタバタしてて……」


 お互い笑顔で再開の挨拶をしつつ、私は先輩の足元にいる気になるものをチラチラと見ていた。



「そういえば香先輩さっき何か探されてませんでした?」


「あーそれね。お気に入りのハンカチをね、カバンに入れたと思ってたんだけど、入ってなくて……最近よくあるんだよね〜置いてたものが突然消えたり」


 私はその話を聞きながら先輩の足元のそれをじっと見つめる。



「えっと……先輩のそのお気に入りのハンカチって、紺から水色にグラデーションの入った、小さな白い小花が散っているハンカチですか?」


「え? そうだけど……?」


 先輩が不思議そうに私を見つめる。


(そりゃあ久しぶりに再開した後輩にお気に入りのハンカチ当てられるなんて謎だよね……)



 私は先輩の足元にいるハンカチを(くわ)えているそれへと視線を向けると、それはこちらにゆっくりと近づいて来た。そして私が先輩からは見えないテーブルの下で手を差し出すと手の上にハンカチを乗せてくる。



『ハッ、ハッ、ハッ!』


 とても誇らしげにキラキラとした瞳で先輩の足元にいたそれはドヤ顔でこちらを見つめてきた。


(うーん……これは……)


 私はとりあえず受け取ったハンカチを先輩に差し出す。


「先輩のハンカチってこれですか?」


「あれ!? そう! これ! 私落としてた? 拾ってくれたの? ありがとう!」


(いや……拾ったというか受け取ったというか……)


 私は苦笑を浮かべ、先輩の足元に戻ったそれをチラッと見る。


「あの……つかぬことをお聞きしますが、先輩って犬飼ってました?」


「あれ? 私犬飼ってるって昔話したっけ?」


「もしかしてその犬って柴犬で茶色の毛並みだけど、目の上だけ眉毛みたいに黒い丸の毛並みになってます?」


「そうだけど……あれ〜? 私写真見せたことあったっけ? 珍しいでしょう? でも愛嬌があって可愛いの!」


(うん……確かにあのキラキラした瞳と眉は愛嬌があって可愛いけど……)


 私はもう一度先輩の足元にいるその犬に目を向けると、キラキラした目で見つめ返された。


「でもニ年くらい前に亡くなっちゃったんだけどね……」


(うん……やっぱりそうですよね……だって透けてるもんね!)



 私は頭を抱えたくなる気持ちを何とか抑えて「そうなんですね……」と苦笑いで返す。

 この前も思ったが、どうやら私は見えやすくなっているらしい。


「あの先輩さっき最近よく置いてたものが突然消えたりすることがあるって言われてましたよね?」


「うん。そうだけど……え? 何? 何か疑問に思うことでもあった?」


 私の何とも言えない表情に先輩は不思議そうに首を傾げる。


(絶対変に思われるよね……突然先輩の昔飼ってた犬が見えるなんて言ったら……でももしかしたらこの子が原因かもしれないし、先輩も困ってるみたいだし……)


「あの……その、最近ものが消える話、詳しく聞かせてもらえますか?」


 先輩はきょとんとして私を見つめる。


「別にいいけど、そんなたいしたことではないよ」


 そう言うと先輩は思い出すように、そのことについて話し出した。

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