どうやら変われなくなる時もあるようです【4】
私たちがカフェまで戻ると、焦ったように上着を羽織り、カフェの扉に鍵をかけようとしている真人さんと会った。
「あ! 真人さん!」
私の声に振り返った真人さんは二郎くんを見ると、この状況を察したようで手で顔を覆い、大きなため息を吐いた。
「とりあえず中に入りましょうか?」
真人さんは苦笑し、カフェの扉を開いてくれた。
私は無事店に着いたことに安堵の息を吐いた。
(ここまで誰にも会わなくてよかった〜!)
「二郎くんはとりあえず更衣室で待っていてください。私は自宅から何か服を取ってきますので。優希さんもいろいろとご迷惑をおかけしました。ゆっくり座って待っていてください」
真人さんは申し訳なさそうに眉を下げると、すぐにカフェを出て2階の自宅のほうに向かった。
二郎くんはその間もソワソワしたようにこちらを窺っており、口を開いては閉じるを繰り返していた。
私はそんな様子に苦笑をもらす。
「二郎くん、後でゆっくりお話を聞かせて。そんな心配しなくても大丈夫だよ。さっきはびっくりしちゃったけど、ちゃんと話を聞くから」
私がそう言って微笑むと、二郎くんは安心したのか泣きそうな顔になり、静かに頷くと更衣室のほうに向かった。
しばらくして真人さんが戻り、二郎くんが着替えを終えて戻ってきた。
真人さんが二郎くんを呼び、三人でテーブル席に腰かける。
「それでは優希さん、ジロくんのことなのですが……ジロくんは実は……猫又の妖なんです。」
なんとなく二郎くんは人では無く、猫と関係がある何かなのだろうと察しのついていた私はすんなりと受け入れ頷いた。
それまで俯いて、チラチラこちらを窺っていた二郎くんは決意したようにばっと顔を上げる。
「ごめんなさい!! 僕、優希さんを騙す気はなくて! ちゃんと言わなきゃいけないって思ってたんだけど……でも、でも嫌われたらどうしようって……だってその……気持ち悪いでしょう? 人間ではない得体のしれない妖なんて…………」
二郎くんの声は震えていて、どんどん尻すぼみに小さくなっていく。そして最後は目に涙を溜めて俯いてしまった。
「優希さん、私も黙っていてすみませんでした。でも本当にジロくんは優希さんに伝えるつもりだったんです。自分の口から話したいと……」
真人さんは二郎くんを心配そうに見つめ、こちらを向くと申し訳なさそうに頭を下げる。
私は椅子を立つと、対面に座る二郎くんの横に移動した。
その音に二郎くんはビクッと体を震わせる。私はそっと頭に触れると、いつも二郎くんを褒める時のように優しく頭を撫でた。
二郎くんはびっくりしたように肩を跳ねさせ、恐る恐るというように私のほうに視線を向ける。
やっとこちらに視線を向けてくれたことに安心しつつ、私は二郎くん顔をそっと両手で包み込み、にっこり微笑んだ。
「二郎くんは二郎くんでしょう? 確かにびっくりしたけど、実際に見ないと信じられなかったと思う。それに私に言おうとしてくれてたんでしょう? 猫の姿の時も私を守ろうとしてくれた。たとえ妖でも、姿が変わってもいつもの可愛くて優しい二郎くんは変わらないでしょう? 私が二郎くんを嫌うわけないじゃない! 気持ち悪くなんてないよ。私は二郎くんのこと大好きだもん!」
二郎くんは目を見張り、しばらくこちらを見つめると、くしゃっと顔を歪まし、ボロボロ涙を流し出した。こんな可愛いらしい優しい子を嫌いになんてなるわけがない。
私はしゃくりあげながら涙を流す二郎くんを慰めるため、優しく頭を撫でる。
「ほら、もう泣かないで。」
二郎くんは首をコクコク縦に振り、手で涙を拭う。
「ぼ、僕も優希さんのこと大好き! 黙っていてごめんね……それから……ありがとう!!」
二郎くんの安心したような笑顔に私も自然と笑みが深くなる。やっぱり二郎くんは元気なのが一番だ。
二郎くんの隣に座っていた真人さんも安心したように表情をゆるめ、私と目が合うとにっこりと微笑んだ。
私もその笑顔に応えるように頷き笑みを浮かべた。
しばらくして二郎くんが落ち着きを取り戻したことで、私は気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば二郎くんあの時やっと人間になれたって言ってたけど、いつでも姿を変えられるわけではないの?」
「えっと……僕まだ力が安定してなくて、たまに猫になったまま人間になれない時があるんだ」
「そうなんだ……」
妖は妖で大変なんだなと思っていると真人さんがそういえばと尋ねた。
「今回は優希さんも店にいるしジロくんは猫の姿の間は来ないと思ってました」
「あ〜それは迷ったんですけど……人間の姿の時にいきなり猫になっちゃって、びっくりして着地を失敗して手を怪我したんです。真人さんに治療してもらおうと思って、真人さんが出てこないかな〜って店の前をうろついている時に優希さんと会っちゃって」
だから二郎くんは店の前にいたのかと納得する。
「人間になれなくなる期間ってわからないんだよね?」
「うん、そうなんだ。でも優希さんが襲われそうになってたから必死で助けなきゃって思ってたら、変化できたんだ!」
「え? また優希さん何か危ない目にあったんですか?」
真人さんが驚いてこちらを見つめ、不安そうに私の全身を観察する。
そういえば真人さんにはまだ先ほどのことを伝えていなかった。
「大丈夫ですか? 怪我してないですか?」
「二郎くんが助けてくれたので、全然大丈夫です!」
真人さんは安心したように息をつく。
「やっぱり夕方にひとりで帰るのは危険かもしれませんね……今度からできるだけ誰かが送るようにした方がいいかもしれませんね……」
真人さんの小さな呟きはこちらには聞こえず、まさかそんな過保護なことを考えているとは思いもよらなかった。
「そうだ! 私あの時はいっぱいいっぱいでお礼言えてなかったね。二郎くん助けてくれてありがとう!」
「そんな! 優希さんが無事でよかった!」
私はふとあの時ことを思い出し、二郎くんの筋肉のついた柔やかい肌の感触を思い出して赤面する。
(二郎くんも意外に筋肉あるんだな……って何考えてるの忘れるのよ! 忘れるの!!)
「優希さん顔赤いみたいだけど大丈夫?」
私が顔を隠すよう頬に手を当て首を振っていると、二郎くんと真人さんが不思議そうに首を傾げる。
「だ、大丈夫大丈夫!」
「あ! そうだ優希さんに上着返さなきゃだけど、そのまま返すわけにはいかないから、またクリーニングに出してから返したいんだけど……それだと上着無くなっちゃうよね……今日は外寒いし……」
「それなら少し大きいかもしれませんが、私の上着を取ってくるので、優希さんはそれを使ってください」
「え? そんなの気にしなくて大丈夫だよ」
私は気にしなかったが、二郎くんにすごい勢いで止められ、真人さんに借りるよう勧められた。
真人さんも二郎くんもこう言ってますしと苦笑を浮かべつつ促されたので、私は大人しく真人さんに上着を借りることにした。
「でもいきなり猫になっちゃうなんて大変だよね。もし何か困ったことがあれば私のところにもいつ来てもらっても大丈夫だからね!」
「優希さん、ありがとう!! じゃあ今度猫になって困ったときは………」
二郎くんは目をキラキラさせながら、ふと真人さんのほうを向くとピシリと固まった。真人さんは満面の笑顔で二郎くんを見つめている。
二郎くんは引き攣った笑顔で私のほうに首を向ける。
「う、うん、ありがとう。でも優希さんに迷惑かけちゃ悪いし、できる限り自分でどうにかするよ………」
「そう? でも無理はせずに何か有れば頼ってくれていいからね」
二郎くんは引き攣った笑顔のまま頷いた。
「もうこんな時間ですね。優希さん今日はいろいろとすみませんでした」
私は真人さんに借りた上着を羽織り、外に出ると、真人さんも私と一緒に外まで出てきた。
「真人さん今から出かけるんですか?」
上着を羽織りながら出てきた真人さんに問いかける。
「いえ、遅くなったので優希さんを家までお送りしようと思いまして」
「そんな!私は大丈夫ですよ!」
私が断ると、真人さんは寂しそうに目を伏せる。
「私がついて行ってはやはり迷惑でしょうか?」
もともと大人の色気がありカッコいい真人さんが目を伏せ悲しそうな表情を浮かべると、色気が倍増する。
私は赤くなりそうになる頬を誤魔化すようにブンブンと頭を左右に振る。
「いえ、そんな! 迷惑だなんて! ただ近い距離ですし、時間をとってしまうのが申し訳ないだけで……」
「でしたら送らせてください! その方が私も安心できますし」
満面の笑みでそう言われてしまっては断ることはできない。私は半ば押し切られるように家まで送ってもらうことになった。
借りた上着からは真人さんの香りがして、時々こちらを気にするように見られ、目が合うたびに満面の笑みを向けられる。私は自分の心臓がもつをことを祈りながら家に帰るのだった。
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