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どうやら変われなくなる時もあるようです【2】

(う〜ん……真人さんってやっぱり猫苦手なのかな?)


 休憩室でお昼ご飯を食べながら、私の足元にいるタローくんを見つめる。その視線に気付いたのか、タローくんが上を向きこちらを見つめる。

 私がにっこり笑顔を向けるとまるでその笑顔に返事を返すように小さく鳴き声を上げた。




 私がカフェに着いたとき、今朝は珍しく、まだ真人さんは来ていなかった。いつも真人さんが先にいるので私が鍵を開けることはない。私は以前もらっていた合鍵で扉を開けた。


 開店の準備を一人で進めていると扉の開く音がする。



カランカラン


「優希さん、おはようございます。遅くなってしまいすみません……」


「真人さん、おはようございます! 大丈夫ですよ。私もちょっと前に来たばかりですから」


 真人さんは少し疲れたような顔で笑うと、真人さんの足元からタローくんが顔を出し、おはようと返事でもするかのように元気な声で鳴いた。


「にゃーーーーー」


 真人さんは困ったような疲れの見える顔で微笑み、頬を掻く。


「どうやら優希さんに会いたかったようで、私の家でお留守番させようと思っていたのですが、ついて来てしまって……」


 タローくんは私の足元まで歩いてくると「にゃー」ともう一度可愛らしく鳴く。


「そうなの?」


 その愛らしい姿に顔が勝手に緩む。

 私はしゃがみ込むと満面の笑顔でタローくんを撫でた。気持ち良さそうに手に目を細め、されるがままに撫でられている。


(あー可愛い!! こんなに懐いてくれるなんて!! 前は嫌がられちゃったけど今ならいける気がする!)


 私はそっと腕を伸ばすと、タローくんを抱え上げ、そっと撫でる。

 最初はバタバタと腕の中から逃れようとしていたが、しばらくすると大人しくなり、顔を擦り付け気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

 仕事中ということも忘れて、毛並みを堪能していると、横から伸びてきた真人さんの手がタローくんの背を掴み、そっと私の腕から取り上げた。


「そろそろ開店の準備をしなければいけないので、タローくんにはまた休憩室にいてもらいましょう」


「す、すみません! つい……」


「いえいえ。いつも知り合いから預かる時は私の家で大人しくお留守番しているのですがね……ね〜タローくん?」


 真人さんの私に向ける笑顔はとても優しい。

 しかし、そのあとタローくんに向けた表情は笑顔ではあるのだが、何だか目の奥が笑っていないような気がした……

 タローくんも何かを感じとったのか一瞬ブルリと震える。



 タローくんは休憩室に運ばれ、とても静かに休憩室で過ごしていた。


 私が昼休憩に入ると、床に寝そべっていた。こちらに気づくとトコトコと近付いて来て、お疲れ様と言うように、小さく「にゃー」と声を上げた。

 本当に賢い子である。



 それから昼食を終え、残りの休憩時間をタローくんと戯れて過ごす。心が癒されホクホクとした気持ちで休憩を終えた。



(明日も休憩時間だけでもタローくんに会えないかな?)


 私は休憩から戻ると、真人さんに期待を胸に聞いてみた。



「あの、真人さん! 明日もタローくんこちらに連れて来ますか?」


 真人さんは私の期待に満ちた顔を見ると、仕方ないというように微笑んだ。


「そうですね。きっとタローくんもこっちに来たいと言うでしょうし、連れて来ましょうかね」


(やったーー!!)


 私は心の中でこっそり拳を振り上げた。

 しかし、思いっきり表情に出ていたようで、真人さんに笑われてしまった。




 あれから数日、タローくんは毎日真人さんと一緒にカフェに来ていた。

 私の休憩時間には一緒にご飯を食べ、そのあと残りの時間で遊ぶのが日課になりつつある。


 タローくんの首元を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえた。


「ふふ! 気持ちいい?」



 そしてふと二郎くんのことを思い出す。ここ数日二郎くんはずっと休みをとっていて会えていない。二郎くんはいつも元気で、それを見ているとこちらまで元気がもらえるのだ。やっぱり会えないと寂しく感じる。


「にゃーー」


 まるで「大丈夫?」とでも言うようにタローくんが心配そうにこちらを見上げる。



「あ…ごめんね! 大丈夫だよ! 本当はこのカフェにはもう一人、二郎くんっていう人も働いているんだよ。でもしばらくお休みみたいなんだ……いつも元気をもらっているから、会えないと寂しいなって……」


 私がそう言うとまるで励ましてくれているかのように体をすり寄せ、鳴き声をあげる。


「ふふ! 励ましてくれてるの? ありがとう! 二郎くんはすっごく優しくて、とても良い子なの! きっとタローくんとも仲良くなれると思うんだ!」




コンコン


 それからしばらくして、そろそろ仕事に戻ろうと立ち上がったとき、休憩室の扉をノックする音が聞こえた。


「はい!」


 私が返事をすると真人さんが休憩室の扉を開く。


「優希さん、すみません。あちらの仕事で今すぐ出なければいけなくなってしまって……一、二時間かかると思うのですが、お一人でも大丈夫でしょうか?」


 真人さんは申し訳なさそうにこちらを窺う。

 しかし、元々はそういう時のために私を雇ってもらったのだ。私はにっこり笑って手を振る。


「一、二時間なら大丈夫ですよ。こちらのことは気になさらないでください。真人さんこそ怪我しないように気をつけてくださいね」



 真人さんはホッとしたように息を吐き、苦笑する。


「ありがとうございます。いつも危険があるわけではないので大丈夫ですよ。それより優希さんこそ何かあれば私の携帯に連絡してくださいね」


「わかりました」


「それでは後をお願いします。タローくんも何かあれば優希さんを守ってくださいね」


「にゃーーー」


 タローくんは「任せて!」と言うように力強く返事をする。

 その後私は真人さんを見送り、仕事に戻った。


 


「遅いな〜……」


 真人さんは一、二時間と言っていたが、すでに三時間が経とうとしていた。


「真人さん、大丈夫かな?」


 危険がないとは聞いていたが、それでも予定の時間よりだいぶ経っているし、遅れる時には連絡をくれる真人さんから何も連絡が無いとなると心配になる。

 私はため息を吐き、ふとエプロンのポケットに触れた時、携帯のバイブが鳴っていることに気づく。

 取り出して確認してみると、真人さんの名前が表示されていた。私は慌てて通話ボタンを押す。



「もしもし。真人さん?」


「すみません、優希さん。ちょっと思っていた以上に時間がかかってまして……まだ時間がかかると思うんです。なので今日はもうお店を閉じてもらえますか?」


「わかりました。あ、あの、真人さん大丈夫ですか?」


 先程から電話の向こうから風のゴウゴウという音が聞こえてくるのだ。それと何故か鳥が羽ばたくような音も。

 私は状況が読めず、いったい何をしているのか不安になってくる。



「あ〜ちょっと今移動中なんです。ですが心配ないですよ!」


「おい! 真人とっとと電話切れ。両手で持たねーと落ちちまうぞ!」


 奥から鞍馬さんの声も聞こえて来て、より状況が分からなくなる。


(え? 車で移動中とかじゃないの? 手をしっかり持たないと落ちるってどういう状況!?)



「すみません。ちょっと今バタバタしているので、電話切りますね。片付け任せてしまってすみません! 終わったら帰ってくださいね。遅くなると思うのでいつもの時間まで店にいなくても大丈夫ですから。よろしくお願いします」


 それだけ言うと真人さんは電話を切ってしまった。

 私は頭に疑問符を浮かべながら電話をしばらく見つめ、考えても仕方ないとため息をつく。


 以前の経験で身に染みたが、きっとこの世界には私の知らないことがたくさんあるのだ。あまり真人さんの仕事ことは深入りしないでおこうと気持ちを切り替え、片付けに集中する。


 店の片付けを終え、そろそろ帰ろうとしたところで、はたと気づく。


「そういえばタローくん休憩室にいるけど、真人さん何時ごろに帰って来るんだろ?」



 私は休憩室の扉を開けると、そこにはタローくんが「お疲れ様」とでも言うように、扉の前で座って待っていた。

 私はにっこり笑ってしゃがみ込むと、タローくんの頭を撫でる。


「どうしよ? 真人さん何時ごろに帰って来るんだろうね?」



 タローくんのご飯のこともあるし、忙しそうではあったが一度確認してみるべきだろう。私は携帯を取り出し、真人さんに電話をかける。


「うーん……やっぱり出ないか……」


 このまま置いて帰るのも真人さんが何時に帰って来れるかわからないのでは可哀想だ。



「………うん! やっぱり今日は家に連れて帰ろう! 真人さんにはメールしておけばいいし!」


 私は真人さんに早速メールを送った。

 そしてタローくんを見ると、まるで警戒するかのように部屋の隅に移動し、こちらを困ったように見つめていた。


(あれ? なんでこんな警戒されてるんだろう? 今まですごく懐いてくれてたのに……)


「タローくん、今日は真人さん帰るの遅くなるそうだから、私の家に行こう」


 私はタローくんにゆっくり近づくが、タローくんはより警戒するように身を縮める。そして手が届く範囲まで近付くと隙間から逃げ出し、反対側の部屋の隅へ移動する。

 いつもあんなに気持ち良さそうに撫でさしてくれるのに、実は嫌われているのだろうかとちょっと凹んでしまう。


(でもこのまま置いて帰るわけにはいかないもんね!)



 私は気合を入れ直すと、一気に距離をつめ、なんとかタローくんを抱え上げた。

 しかし、タローくんはバタバタと逃げようとする。


「わ! 待って! 危ない危ない!」


 私がそう言うとピタっと動きを止め、こちらを窺うように見上げる。本当に賢い子だ。


「それじゃ私の家に行こうね!」


 私がニコニコ笑ってそう言うと、諦めたようにタローくんは静かになった。私はロッカーからカバンと上着を取り出し、上機嫌でタローくんを抱え帰路についた。


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